マニキュア2 〜ビースト・ウォーズ〜

28.現在・決断の時


 「良く聞きなさい! 今貴方達は、余人の知りえない神秘の知識に触れる機会を得ているのよ!!」

 ずいっと身を乗り出すエミに圧倒されるように、ミスティ、麻美、スーちゃんが後ずさる。

 「学究の徒として恥ずかしくないの! 人として情けなくないの!」

 「すーチャン、すらいむ」

 「ミスティは悪魔だも〜ん♪」

 「言い訳するでない!!」

 
 興奮したエミが気を静める頃合いを見計らい、ミレーヌが割って入る。 

 「続けて……よろしいか?」

 「はっ、はい! 失礼しました」


 『二代目ミレーヌ』が、魔法を使うのに必要な薬草を入手できなくなったのを知った女悪魔は、彼女を住処に招き、いくつかの

秘薬を与えた。 これらの薬は、女悪魔の体から生み出されるもので、人の体や心に影響を与える効果があり、薬草の代用が

期待できたのだ。


 「同じ効果……とはいきませんでしたが……」


 新しい秘薬によって、再び『呪紋』が使えるようになった『二代目ミレーヌ』は、その代償として女悪魔の『使い魔』を作るのに

手を貸すことなる。 だが、ここに大きな問題が発生した。


 「新しい秘薬で……魔法の効果が変わってしまった……」


 長い間受け継がれてきた、『ミレーヌ』の知識が役に立たなくなった……とまではいかないが、思うように魔法を振るうことが

できなくなった。 『使い魔』を作る前に、新しい秘薬の力を確かめ、魔女達を集め、後継者を育てなければならない。 しかし、

魔法の研究には時間が必要だったし、悪いことに『ミレーヌ』自身に時間が残されていなかった。


 「焦った二代目は……『ローブ』とは別に……魔女を作り出す方法を……」

 「それが『マニキュア』……」

 「その、半分でしょうか……」


 『マニキュア』は、もとは『呪紋』を指先一つで描けるようにするアイテムであり、熟練した魔女が使うことを前提にしていた。 

しかし、魔法の知識が無いものが使用すれば、ただタトゥーを書くための、風変わりインクに過ぎない。


 「『ローブ』を着せればいいじゃないの?」

 「『ローブ』は知識の源……しかし、魔法の基礎が在ればこそ……」

 「なるほど、理科を知らない学生に、有機化学の知識を丸暗記させても無駄なわけか」


 『マニキュア』を使うには、せめて『呪紋』魔法の基礎が必要だった。 困っていた『ミレーヌ』に、女悪魔がもう一つのアイテムを

くれた。 それは……

 
 「『ラベル』でした……」

 「『ラベル』?」


 『ラベル』、それは人の魂をから作り出した、生きた『本』だった。 ごく小さな羊皮紙の上に、無数の『呪紋』を書き重ね、人間の

魂を羊皮紙の上に再現する。


 「それって……あの女の子に化ける『記念切手』のこと?」

 「同じ……技術ですが……」

 『ラベル』は『記念切手』とは桁が違っていた。 女の子に化けることこそないが、ほぼ完全に人の魂を備え、人と会話できる。 

女悪魔は、『ラベル』に魔女の教師役をやらせることを提案したのだ。

 
 「『ラベル』には……『呪紋』の形で……知識を与える事ができました……」

 「プログラム可能な、魔道知性体とでも言えばいいのかしら? そんな凄いもの、一体どこに?」

 「『マニキュア』の……瓶です」

 「あ!」


 『マニキュア』の瓶に貼られた『ラベル』は、使用者がマニキュアをつけると、その使い方を教え、使用者に魔女の訓練をする。 

ただ、女悪魔もミレーヌも、使用者の意志には無頓着だった。


 「教えると言うより……『洗脳』とでも言うべきでしょうか……」


 『ラベル』の声は、催眠術の様に強制力があり、使用者に対して強引に訓練を行い、魔女に変えてしまう。 だが、その手段が

強引過ぎた。


 「魔女になる過程で……意志の力が弱まります……最悪……ほとんど人形の様になって……」

 「そんな……」

 「そうなると……『ラベル』に体を乗っ取られて……しまうでしょう」


 魔女候補が人形のようになってしまった場合、『ラベル』は訓練を続けるために、魔女候補の額に張り付き、直接、魔女候補の

体を操り始める。 そうなると、次の問題が発生する。


 「まだあるの?」

 
 『ラベル』は、一見して人の様に話をするので、人間かと錯覚してしまう。 だが実際は、『ラベル』は倫理観のない教育装置に

過ぎず、魔女候補に魔法を教えるために、手段を択ばない。


 「結果として……魔女候補が見境なく魔法を使い……周りに多大な被害が……」

 「被害? どの程度の?」

 「最初は、男を手当たり次第に……それが際限なくなり……村や町から男がいなくなり……」

 其処まで聞いて、エミが立ち上がった。

 「つまり、今がその状態じゃないの?」

 「おそらく……」

 「やー、これは大変♪」

 「ヤー、タイヘンタイヘン♪」

 ”地震だ地震だ大変だ〜♪”

 ”なんだ〜これは、ヤシの実だぁ〜”

 「錯乱してるの!? 貴方達は」

 パタパタと走り回りながら、意味不明の歌を歌うミスティとスーちゃんを一括し、エミは立ち上がった麻美を見つめて言った。

 「決めなさい」 

 「決めるって……何をです」

 「この先に進めば。 多分、引き返せない。 『魔女』として、責任を持ってこの騒ぎに関わるか。 それとも、あのドアから出て

人の世に戻るかをよ」

 「い、今すぐに?」

 エミは頷いて、真剣なまなざしで彼女を見る。

 「誰だってね、一生を左右するような決断を、一回や二回、しなきゃならないのよ」

 「で、でも」

 「大人も子供も関係ない、十分に準備ができていないかもしれない、それでも決断の時は容赦なくやってくる」

 微かにエミが笑った。

 「それが人生ってものよ」

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