マニキュア2 〜ビースト・ウォーズ〜

24.二人目の魔女


 「それは……」 

 そう言うと麻美は大きく息を吸い込んだ。 そうしないと、胸の鼓動がやかましくて何も聞こえそうになかったからだ。 そして、

『先生もミレーヌで買ったの?』と言おうとし、寸前で思いとどまった。

 「それをどこで?」

 フン……

 鷹火車保険医は胸を逸らし、上から目線で麻美をねめつけ、麻美はその態度に、頭に血が上るのを感じた。

 「どこでと言うことはないわ。 この『マニキュア』が選んでくれたのよ、私を」

 「『マニキュア』が選んだ?」

 口に出して応えながら、麻美は自分と『マニキュア』の出会いを思い出していた。 あの日、何かに呼ばれるように『妖品店

ミレーヌ』に足を踏み入れ、『マニキュア』を手に取った日の事を。

 (あの時……なぜ私はあんなに『マニキュア』が欲しくなったのか……今まで考えてこなかったけど)

 「そう……もっとも貴方が先に選ばれたらしいけど、『マニキュア』の期待に応えられなかった。 だから私が選ばれた」

 『マニキュア』の瓶を振って見せる鷹火車保険医は、侮蔑の態度を隠そうともしない。

 「何を言っているのか判りませんけど……どうやら、その『マニキュア』は私の買ったものみたいですね」

 麻美は『マニキュア』を手に入れた後、人が変わったようになり、いくつかの事件を起こしてしまった。 その事件が収まった後、

『マニキュア』はどこかに消えてしまったのだった。

 「その『マニキュア』は私のものです、返してください。 そして、みんなを解放してください」

 自分では毅然とした態度のつもりだったが、高校生の麻美では貫禄がまるで足りない。 言葉の端々が震えているのがその

証拠だろう。

 「返せ? 解放? まぁ、貴方は何様のおつもりかしら?」

 まるっきり小馬鹿にした口ぶりに、麻美の顔が真っ赤になる。

 「先生は『マニキュア』の力をご存じなのでしょう? 私もそれを使いました。 だから先生に何が起こったのか判ります」

 「あらそう?」

 「私も、そして先生も『魔女』になったんです。 そうでしょう、先生」

 鷹火車保険医は、応えなかった。 そして手を上げると、周りに控えていた少年の一人を招く。 招かれた少年は、恍惚の笑み

を浮かべると、夢遊病者のようなおぼつかない足取りで、彼女のほうに歩いていく。

 「先生!?」

 「あなたも『マニキュア』の力で魔女になったというなら、男から力を得ているのでしょう?」

 言われて麻美は真っ赤になった。

 「そ、そんなこと……か、仮にも教職の立場あ、ある人が、せ、生徒に向かって言うことですか」

 動揺しまくり麻美に、鷹火車保険医は不思議そうな視線を送った。

 「随分と初心ね? 私より先に『魔女』の力を得たのなら、男の10や20人は侍らしていそうなものにのに」

 「わ、私はそこまでふ、ふしだらでは、あ、ありません!! 彼氏一筋です!」

 保健室に奇妙な沈黙が下りた。


 「ぶっ、あははははははははははははは……」

 鷹火車保険医が笑い始めた。 いつもの高笑いではないが、腹を抱えて笑っている。

 「な、何が……」

 「だ、だっておかしいじゃない。 貴方も魔女の力を得たのなら判るでしょう」

 笑いを抑えきれずに、涙まで流しながら鷹火車保険医が言う。

 「この『マニキュア』で魔女になった者にとって、力は男性の精。 でも、一人の男の精が有限。 だから、何人男を作れるかで

魔女の力は決まってくる……あっははは」

 ようやく笑いを収め、鷹火車保険医が麻美をねめつけた。

 「それが何? 彼氏一筋? だから見限られたのよ、貴方は」

 「み、見限られた!? いったい何の……」

 「気が付かなかったの? 魔女になったとき、声が聞こえたでしょう。 魔法を使う方法を、魔力を集める方法を、そして己を

高める方法を教える声が」

 「あ……」

 麻美は、自分の身に起こったことを思い返していた。 『マニキュア』誓い始めた頃、囁くように魔法の使い方を教えてくれる声が

あった。 『マニキュア』の力で、自分の中に魔法を使う知識が刻まれた為だと思い込んでいたが……。

 「あれはね、魔法のインストラクターとでも言うべき存在だったのよ」

 「インストラクター? そんなものは……居ませんでした。 私が買ったのはマニキュアだけです。 力の使い方が判るのは、

てっきり『魔女』なったから自然に自然に判るようになったのだと」

 鷹火車保険医はくすくすと笑いながら、羽織っていた白衣の袖からうでを抜く。 

 「不勉強ね、貴方。 でも『マニキュア』が一度は選んだのだから、素質はあるんでしょうね」

 「随分な言い方ですね」

 ぷすっとと応える麻美の前で、白衣の前がはだけら、はっとするほど整った乳房が彼女の視線にさらされる。

 「服、ちゃんと着てください」

 文句を言う麻美に手を振って見せる鷹火車保険医。 何を言いたいのか意味が分からない。 そう思ってみていると、彼女は

青い筋の浮き出た乳房に、青い爪を食い込ませた。

 ア……ハァ……

 「先生、あのねぇ……」

 麻美が何か言おうとした時、一人の少年が前に進み出た。 さっき鷹火車保険医に招かれた彼だ。 途中で彼女が笑い出した

ところ足が止まり、そのまま突っ立ていたのだ。

 「人の言うことを……」

 さらに何か言おうとした時、鷹火車保険医の乳房が目に飛び込んできた。 白い地肌に無数の青い筋が絡み付き、白い果実が

揺れるごとに、青い筋がうねって動いているように見える。

 「……?」

 不意に麻美は、彼女の動きを凝視している自分に気が付いた。 眼を逸らそうとしたが、彼女の動きに視線が吸いつけられる。

 (こ、これは……『呪紋』を使っての催眠術みたいな技!? いけない、このままじゃ)

 視界の隅では、獣娘達やその相手にされた少年たちがふらふらと立ち上がるのが見える。

 ”ハハッ……シンパイナイデ……同じ『魔女』ドウシ。 歓迎スルハヨ”

 鷹火車保険医の眼が麻美を見る。

 「ひっ!?」

 鷹火車保険医の瞳が、蛇の眼の様に縦にさけている。 自分も獣娘になるつもりなのだろうか。 いや、それよりも……

 「や、やめて。 こないで」

 体が動かない麻美に、獣娘たちがしずしずと近寄ってくる。 そして麻美に手をかけようとしている。

 ”オマエタチ、丁重に奉仕ナサイ……その子が『魔女』トシテ、メザメル手助けをシテアゲルノヨ”

 「や、やめて。 目覚めなくていいですから。

 麻美の声に危機感がこもっていく。 貞操の危機……とは少し違うが、『魔女』の力を手にしてから、最大のピンチであった。

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