マニキュア2 〜ビースト・ウォーズ〜

21.リスク


 『生徒会書記の如月さん、生徒会室に来てください』

 麻美が校内放送で呼び出されたのは、昼休みが終わる寸前だった。 頭の中で、授業との優先度を比較し、堂々とサボれる

方を選択して生徒会室に出頭する。

 「書記の如月です」

 生徒会室に居たのは、生徒会長の大河内女史ただ一人だった。

 (あれ、会長さんだけ?)

 不審に思いつつ、用件を尋ねる。

 「如月さん、貴方に依頼したい事があります」

 生徒会長は、言葉を切って息を吸い込んだ。

 「当高の保険職員である鷹火車女史が、校内で男子生徒を集め、ふしだらな行為に及んでいる節があります」

 「は?」

 その時、自分は間の抜けた顔をしていただろうなと、後で麻美は思った。

 「え、えーと……それは……けしからん事ですね……ですが、それは……そ、そう先生たちにお願いすべきはないでしょうか」

 頭の中がパニックになっている状況で、何とか無難な答えをした麻美だった。 その麻美を、生徒会長はじっと見ている。

 「如月さん、あなたは日記をつけていますか?」

 唐突な話題の切り替えに、麻美は目を白黒させたる。

 「あー、ブログなら……月に一回ぐらい」

 日記でなくて、月記だなと自分に突っ込みを入れる。

 「そう。 私は日記をつけていますの、手書きで」

 「は、そうですか」

 「時々、読み返すのよ。 そうすると、忘れていた事を思い出したり……自分が知らないことが書いてあったりしてね」

 「……」

 「どうも、私はよからぬたくらみをして、大勢の方に迷惑をかけたらしいの。 覚えていないのですけど」

 「……」

 「その時に、どうも貴方とそのお友達にお世話になったらしいの。 いくら感謝してもしきれないぐらい」

 「えーと」

 ……

 
 「と言うわけなんですけど」

 麻美の話を聞いていたエミは、頭を抱えていた。

 「日記に……自分のやったことを書いていたの!?」

 「なかなか……たいした方のようですね……」

 「どんな風に書いていたのか知らないけど……ふつう信じる!? あの顛末を!」

 大河内生徒会長が何をやったかと言うと、現在、鷹火車女史が行っていることと大差ないことだった。 そして彼女は、その時

の記憶を失っているはずだった。

 「最初は、自分でも信じられなかったみたいです。 ですが、大河内さんは日記の記載と入院前後の記憶、行動、周りの人

たちの言動を突き合わせ、日記の内容は事実であると判断したようです」

 「大した人です……信じたくないような事も……書いてあったでしょうに……」

 店内に、微妙な沈黙が訪れた。 おもむろにエミが口を開く。

 「それで? そのことが、何故この依頼につながったの?」

 「大河内さんは、事態が完全に収束したのか、調べてみたようです。 関係者のその後の行動や、校内の噂を収集すると

かして」

 「ほー……」

 「幸い、彼女と関係者は事件の、そう『後遺症』は見られなかったそうです。 その替りと言っては何ですけど、鷹火車女史の

周りで、最近いろいろと妙な噂が絶えない。 詳しく調べてみると、尋常ではない事態になっている様子。 そこでこの依頼を

思いついたとのことです」

 「……」

 エミは黙り込んだまま、何かを考えている風だった。

 「麻美さん、貴方は彼女に『先生に話しては』と言ったのよね」

 「ええ」

 「貴方と彼女の話の中で、その選択肢はそれ以上話題にならなかったの?」

 「いえ、『依頼を受けてもらえなければ、そうするしかないでしょう。 その場合、あ、脅しているわけではないですけど、貴方と

お友達が困るのではないですか』と……」

 「脅し文句の様に聞こえるけど?」

 「言葉だけを取ればそうですけど、そんな態度には見えなかったです。 むしろ『知っている? ヤバいことになっているわよ』

みたいな感じの話し方でした」

 「そう……」

 エミは微かに表情を緩めた。 最初、この依頼は生徒会長からの『脅し』かと思ったが、そういう訳ではないようだ。

 「ああ、こう言っていました。 『依頼状を書いた』意味を考えてください、と。 どういう意味でしょうね?」

 「……多分、証拠となるものをこちらに渡すことで、あちらもリスクを取っていることを示した、と言うことかしらね。 事件が

明るみに出で、その依頼状が公になれば、あの子もいいろいろと困るでしょうから」

 エミは自信なさそうに応えた。

 「まぁ、いいわ。 とにかく異変のもとは判った訳だし。 あとはどうするか、貴方が決めて」

 「え?」

 麻美は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。

 「あ、あたしが?」

 「ええ、彼女が何をしようとしているか、判っていないけど。 この先事態がどう進展するにしても、貴方が一番近い所にいるわ」

 エミは、立ち上がって、大きく伸びをした。

 「彼女を妨害するのか、放置するのか、大河内さんに依頼を投げ返すのか。 決めなさい」

 「で、でも……私は何も知らないし」

 「私もよ」

 エミは、麻美に背を向ける。

 「生徒会長さんの言葉を信じるとすると、鷹火車女史が何かに取りつかれたのかもしれないけど……どうも、事態が進み

すぎているような気がするし」

 「進みすぎている?」

 「周りが騒ぎ始めているし、昨夜も警察が出ばってきていたわ。 うかつに動き回ると、私達自身が疑われる」

 エミはハンドバックを手にした。

 「身の安全を最優先すべきかもしれない……」

 「?」

 麻美の、もの問いたげな視線を振り切るように、エミはミレーヌを後にした。

 「どう言う意味でしょう?」

 麻美の自問に、ミレーヌが答える。

 「町を離れ……二度と会わない……私たちと……でしょうね……」


 その頃、ミスティとスーチャンは。

 「これがゾウだ!」

 「ぞーダ! ぞぞーダ!」

 「これがパンダだ!」

 「ぱんだだ!! ぱんだだダ!!」

 『そこの、お客様!! 動物の檻の中で騒がないでください!! 中に入るなってんただろぉ!! だれかぁ、警察を呼んで

くれぇ!!』

 動物園を満喫していた。

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