マニキュア2 〜ビースト・ウォーズ〜

17.馬か牛か


「あーそれで? 裸の男の子をのせた裸馬が通り過ぎて……そちらに気を取られたのが事故の原因と?」

 「ええ、そうですとも。 30年間無事故無違反の、この私が、そうでもなければ電信柱に車をぶつけるなんて!」

 電信柱に小型の乗用車がぶつかっているという、絵にかいたような物損事故現場。 そこで、原巡査が事情を聴いている

相手は、50過ぎの化粧が濃い夫人で、『私は悪くないのよ、みんな他のせいなのよ!』を甲高い声でまくし立てている。

 「無事故無違反ねぇ……(これでか?)」

 川上刑事は、傷だらけの車体を見ながら呟く。 『妙な通報』が気になって原巡査に同道してきたのだが、現場についてみると

乗用車の物損事故が発生しており、事情聴取に付き合う羽目になってしまった。

 「それで、その『馬』はどこに?」

 「わたくしが知っているわけがないでしょう! 馬にお聞きあせばせ」

 「その『馬』がいないから聞いているんです! どちらに行きましたか」

 「あちらです、あちら。 ほら、『お祭り大学』の方に」

 夫人が指さしたのは『マジステール大学』の方角だった。

 「あら?」

 原巡査は、夫人の示した方角から誰か歩いてくるのに気が付いた。

 「誰かきますね。 川上さん、あの人に馬を見なかったか確認してください」

 「んまー、なんてことでしょう! 私の言うことを信じないのですか!」

 「そうではなくて……」

 川上刑事は不毛な会話の現場から、半ば逃げるように『通行人』に向かって小走りで駆け寄る。

 「すみません、ちょっとお聞き……え、君か」

 『通行人』はエミだった。 実は、彼女はパトカーを追ってここまで来たのだが、川上刑事はそんなことは知らない。

 「夜遅くまで大変ねぇ」

 「いや、全くだ。 ところで変なことを訊くようだが、『馬』を見かけなかったか?」

 「は? 『馬』? あの、競馬場で走る『馬』?」

 「そう、その『馬』」 

 エミは、しばし沈黙し、おもむろに口を開く。

 「見なかったわよ『馬』は」

 モ〜〜

 二人の横を、白黒の模様のある大きな動物が、口をもぐもぐと動かしながら通り過ぎていった。

 「……『牛』の間違いじゃないの」

 「……ああ、そうかもしれない」

 あっけにとられた二人が見送るうちに、『牛』は事故現場に差し掛かった。

 モ〜〜

 「……あの、見たのはこの牛ではないのですか」

 「んまー、私を馬鹿にしているのですか! 牛と馬の区別ぐらいつきます!」

 「……では、目撃したのはこれではないと」

 混乱した原巡査がの前を通り過ぎた『牛』は、角を曲がって闇に消えた。


 「……なにしてるの、追いかけないと!」 呆然としていたエミが我に返った。

 「そ、そうだ、捕まえないと。 原君! 応援を呼ぶんだ!」

 「は、はい! こちら『酔水天宮2』! 『裸馬』の目撃現場で、徘徊中の『牛』を発見! 至急応援願います」

 『はい? なんですって? 馬? 牛? どっちですか?』

 「通報では『馬』でしたが、現場で見つけたのは『牛』でした!」

 『では、通報の『馬』が誤りなのですね?』

 「んまー、なんてことを!」 夫人が原巡査からマイクをひったくる。 「あたくしが見たのは『馬』です、う!ま!」

 『はい? では『馬』を『牛』と見間違えた?』

 「いえ、牛でした!」

 「馬!」

 「牛!」

 「どっちでもいい!」 川上刑事がマイクを取り上げ、報告を引き継ぐ。 「動物の種類は未確認だが、かなりの大型動物が

道路を徘徊している! 車にぶつかる危険もある、急ぎ応援を頼む!」

 『了解しました、手配します』

 川上刑事はマイクを戻し、エミを振り返る。 しかし、彼女の姿はどこにもない。

 「しまった、目撃者がいなくなっちまった」

 視線を戻せば、原巡査と夫人が牛馬論争を続けている。 川上刑事は額を抑えて呻いた。

 「やっぱり帰るべきだったか」


 「牛……どこ!?」

 エミは牛を探していた。 牛や馬が街中をうろつく、有り得ない話ではない。 しかし、この所感じている妙な感じと合わせて

考えると、無視できない、エミはそう判断していた。

 「……公園か」

 防災場所の立て看板のある小さな公園があった。 植え込みに生えた雑草でも食べているかもと思い、公園の中に足を

踏み入れる。

 「これは……足跡?」

 公園の地面に先の割れた蹄のを見つけ、エミはその跡を辿って、公園の隅の公衆トイレにたどり着いた。

 「あ……?」

 公衆トイレから人が出てきた。 白黒ガラのコートを着たグラマラスな女性だ。

 「驚かせてごめんなさい。 貴方、この辺でう……いえ、大きな動物を見なかった?」

 女性は黙って首を横にふる。

 「そう……変なことを聞いてごめんなさい」

 小さな公園だ、他に隠れる場所はなさそうだ。 エミは公園を後にし、街中の探索に戻った。

 (さっきの人、見かけない顔だったけど『同業者』かしら。 あんな凄いバストの人はいなかったと思うんだけど)

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