マニキュア2 〜ビースト・ウォーズ〜

14.麻美のしくじりとエミの苦悩


「変な人ニャ」

 猫娘ミミが指さす相手を見て、麻美は額を抑えて呻く。

 「確かに変だけど……これは人じゃないでしょ!!」

 ミミが指さしているのは、忍者服姿のミスティで、その背後にはスーチャン、ボンバーが控えている。

 「ずいぶんと変な奴だニャ。 これじゃなかったかニャ?」

 ミミは首をかしげ、手で顔を洗う仕草をしている。 言われたとおりに『変な人』を見つけたつもりなのに叱られたので、かなり

不満そうだ。

 「うー、どう言えばいいのよ……」

 頭を抑えてしゃがみこむ麻美にスーチャンが近寄り、頭を撫でている。

 「変な奴とは失礼ね〜♪」

 「うむ、全くだ」

 ミスティとボンバー他人事のように頷いて、麻美とミミのやり取りを聞いていた。 この間にも、通行人がひっきりなしに、五人の

脇を通り抜けていく。 なにしろ、一行がいるのは繁華街の真ん中なのだ。

 「まー、使い魔は主人に似ると言うから、使い魔が期待通りに働いてくれないのは主(あるじ)の責任よね〜」

 「ソーソー」

 今度は、スーチャンがミスティに同意する。 と、スーチャンが通行人の中に、見知った顔を見つけた。

 「ア、えみオ姉チャン」

 「やぁ、ほんと。 ヤッホ〜。 エ〜ミちゃ〜ん」

 ミスティたちがいる場所と、車道を隔てた歩道を歩いていた黒ずくめのエミは、一瞬そちらに視線を投げかけたように見えた。 

しかし、エミはそのまま素知らぬふりで歩き続け、やがて人ごみの中に消えた。

 「アレ? 人違イ?」

 「いや〜。 あれぞ忍法『他人のふり』さすが〜エミちゃん」

 ミスティの言葉で、麻美は自分たちが注目を集めていることに気が付いた。 それもとんでもない目立ち方だ。

 「あやや……ミミ! 私は家に帰るから、もう一度変な奴を探して」

 「これ以上に変な奴がいるかニャ? もっと具体的な指示が欲しいニャ」

 「……判ったわよ、今日は終わりにするから、家に帰っていいわ」

 麻美がそう言うと、猫娘ミミは踵を返して、路地裏に姿を消した。 一足先に戻るつもりらしい。

 「やーやー。 なかなか見事な使い魔じゃないの〜」

 麻美はミスティを睨み付け、それから肩を落として帰路についた。 悄然とした後姿を見送りつつ、ミスティがぼそりと呟く。

 「褒めたんだけどな〜」


 (なにやってんの、あの子たち)

 エミは心の中で呟くと、人がいない路地に入った。 営業用の服に着替えているが、今夜は営業するつもりはない。 

 (さて)

 とある雑居ビルの裏で立ち止まると、空を見上げ、漆黒の翼を半分開いた。

 フッ……

 脚力だけで数m飛び上がり、そのまま羽を広げ、強く羽ばたいて上を目指す。 数秒の後、彼女の姿は雑居ビルの屋上に

あった。 

 (今夜はどうかしら)

 エミはペントハウスの上に立ち、眼を軽く閉じ、艶やかな黒髪の間から覗く二本の角に意識を集中する。 そのままゆっくりと

頭を巡らしていく。

 オーホホホホホ……

 「……」

 微かに聞こえてきた高笑いに、顔をしかめるエミ。 唇をかみしめて、無理やり高笑いを意識から追い出し、角に意識を集中

しようとする。 しかし、高笑いが耳に付きまとい、どうしてもそっちに意識が行ってしまう。

 「えーい、あのバカ女! あの女が、これほど迷惑だとは思わなかったわ」

 エミは腹立たしげにつぶやくと、ベントハウスの縁にに腰を下ろし、夜空を見上げた。

 (さて、どうしたものかしら)


 エミは、この町で幾つかの『怪事件』に遭遇し、それを終息させる為に働いてきた。 それは、自分を守るためであった。

 (叩けば埃が出てくる体だものね)

 エミには翼があり、角があり、人間の『精気』を吸って生きている。 『精気』を吸われた人間は、衰弱し、場合によっては死に

至る。

 (私は悪魔と言うわけだ)

 エミの存在が明らかになれば、彼女は人にあだなす者として追われることになる。 だから、彼女は自分の存在を隠すため、

『怪事件』が起こるたびに何がしかの手を打ってきた、いままでは。

 (このままだと……打つ手がない)

 エミの角は、何がしかの感覚器官らしく、様々な『怪事件』で役に立ってきた。 犠牲者を呼ぶ『魔の声』を聞き、魔物が活動する

『気配』を感じ、闇に隠れる魔物の『影』を見る。 だが今回は、それが役に立っていない。

 「ふーむ……」

 『蛇女』の出現から考えて、何がしかの怪事件が起こっている事は間違いない。 だが角が使えなければ、怪事件の現場や、

事件を起こしている魔物を探すことは困難だ。 警察の様に見回り、張り込み等しか手がなくなる。

 「……人手がいない」

 警察の捜査方法は、組織力があって初めて効果がある。 たった一人で、しかも手がかりがない状態では、成果は望めない

であろう。

 「使い魔を動員……スライムタンズに……いえ、だめね」

 スライムタンズはエミの使い魔とでもいうべき存在で、スライム上の女の魔物達だった。 『リーダー』役の赤いスライムと、

その他の緑色のスライム達からなる魔物たちで、植物に化けたり、合体してパワーアップしたりと役立つ魔物だが、自分でものを

考えて行動する力に欠ける。 目標が不明確な捜索では、殆ど使えない。

 「うーん……」

 エミはひっくり返って天を見上げる。 青白い月が、夜の街を照らしていた。 

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