マニキュア2 〜ビースト・ウォーズ〜

11.三人目の誘惑


 『エーミちゃーん、教えて』

 「私は、忍者の教科書なんか知りません!!」

 エミは、額を抑えながら電話に応えている。 夜の町中で『立ちんぼ』営業を始めようとしたところに、ミスティから電話があり

『忍術の教科書を教えて♪』と切り出されたのだ。 

 「忍者の漫画でも読んだらどうよ、『伊賀の影丸』とか」

 『へー、そんな本があるんだ。 よーし、やるぞー』

 エミは最後まで聞かずに電話を切り、バッグにしまう。 そのまま歩き出そうとして、立ち止まる。

 「なにか、余計な事を言ったような気がする……」


 「おー、『木の葉火輪』」

 「オー、タタミガエシ……タタミ、ナニ?」

 「……イグサ・マットのことらしいね」

 どこから手に入れてきたのか、ミスティとスーチャンは『伊賀の影丸』を読みふけり、使えそうな忍術を物色している。

 「これは簡単そう、畳を持ち上げればいいんだもの」

 「デモ、タタミガナカッタラ?」

 「……無ければ、持っていけばいいのよ」

 「ナルホド」

 ミスティとスーチャンは、アパートの畳を一枚めくると、それを抱えて表に出た。

 「オ、オモイ」

 「た、確かに……ボンバーちゃん。 手を貸してぇ」

 ミスティがそう言うと、アパートの影から筋肉隆々の黒人女性が現れ、軽々と畳を担ぎ上げた。

 「おーし、行くぞぉ」

 「イクゾォ」

 「行くか」

 大小の忍者姿の二人の女の子の後ろから、畳を担いだ大女がついてくる。 なんとも珍妙な一行は、暮れなずむ町の中、

異変を探して徘徊する。


 「よし。 ダッシュ10本で上がろう」

 マジステール大学付属高校の共用グラウンドで、高校の陸上部3人が部活動に精を出していた。 既に夕日がビルの間に

入ろうとしており、皆の影が長い。

 ゴー!

 掛け声とともに、3人が横一線でスタートダッシュする。 とその時、背後から軽い連続音とともに一つの影が彼らを抜き去った。 

 「おっ!?」

 「速っ!」

 驚いて足を止めた3人の視線の先で、体操服にブルマの女の子が土煙を上げて急停止した。

 「え、女の子!?」

 彼らを抜き去ったのは、ショートカットの色黒の女の子だった。 黒目がやたら大きく、目鼻立ちがはっきりしている。

 「遅っそいなぁ、君ら」

 彼女はからかうように言った。  

 「なに? いきなりなんだよ、君は」

 むっとして、3人の中で一番前にいた駒潟野が女の子に向かって歩き出した。

 「本当のことだろ。 違うって言うなら、捕まえてみなよ」

 挑発的に言うと、女の子は踵を返して走り出した。 駒潟野は、負けじと女の子を追って走り出す。

 「おい、ほっとけよ、駒潟野」

 「全くだ……ところで誰だあの子?」

 残された2人が首をひねっている間に、謎の少女と駒潟野は凄い速さでグラウンドを一周し、2人の前を通り過ぎて行く。

 「すげぇな」

 「ああ、駒潟野も……あれ、外に出ていくぞ」

 少女はトラックから外れると、グラウンドの出口に向かって駆けていき、駒潟野がその後を追っていく。 そのまま2人は姿を

消した。

 「どーする」

 「帰ろう……なんか疲れた」

 残された陸上部二人は、近くに置いてあったタオルを拾い上げると、着替えの為に部室に向かった。


 ハッハッハッハッ

 (悔しいが、本当に速いな、あの子)

 駒潟野は、風の様に走り抜ける白い体操服を見据えたまま思う。 別に陸上部のTOPと言うわけではないが、女子に負ける

ほど足は遅くない。 だが今彼が追いかけている女の子は、明らかに彼より速い。

 (手加減しているのか? くそっ)

 駒潟野は、意識を女の子に向けたまま、全力で走る、走る、走る。

 (……こんな走り方するのは……初めてだな)

 いつもは走る距離に合わせて、ペース配分を考え、隣の選手より早く走るために足を動かす。 ゴールに張られた白いテープを

真っ先に切るために。 だが今の走りにゴールはない、どこまで走るのかもわからない。

 「ほら、がんばれ」

 はっと気が付くと、女の子が走りながら半分顔をこちらに向けていた。 その顔が笑っている。 馬鹿にした笑いではない、

好意的な笑みだ。

 「追いついてごらんよ、ボクに」

 風に乗って、微かに女の子の汗のにおいがした。

 (よし)

 ゴールはあの子だ、そう思ったとたん、足が軽くなった。 体の熱が、風にのって飛んでいく。 駒潟野は、駆けて、駆けて、駆け

続け、そして。

 「捕まえた!」

 女の子の肩に手がかかり、勢い余ってつんのめる。

 「わぁ」

 二人はもつれ合いながら転んだ。 体の下で、草がつぶされて青臭い匂いが広がる。

 ハッハッハッハッハッ……ハーッ

 2人は、しばらく抱き合ったまま目を閉じてじっとし、呼吸を沈め、互いの鼓動に耳を澄ましていた。

 「キミ、速いね」

 女の子の声に我に返る駒潟野。 目を開けると、色黒の女の子の瞳が目の前にあった。 吸い込まれそうな漆黒の瞳に、

見とれてしまう。

 「……」

 女の子は、黙ったまま足を絡めてきた。 張りのある力強い太ももが、彼の足にがっちりと絡みつく。

 「捕まえた」

 クスッと笑う女の子の顔を見て、駒潟野は自分が捕まった事を悟る。

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