マニキュア2 〜ビースト・ウォーズ〜

7.悪魔の思いつき


ミスティが叫ぶと同時に、モップの先がエミめがけて勢いよく伸びた。 エミは右に跳んでモップを避ける。

 「なぁーりゃぁ〜〜!!」

 ミスティの叫びの音程が半音ずれ、同時にモップの先端がエミを追うように右に曲がる。 エミはさらに大きく飛びながら、

腰のポーチを探って何かを取り出す。

 「ふっ、風下に立った、うぬの負けよ」

 言うと同時に、左手を大きく振って黒っぽい粉をまき散らした。 宙に舞った粉が、風に乗ってミスティのほうに飛ぶ。

 「なぁ〜あ?……あっくしょん!!」

 黒い粉はコショウだった。 ミスティが盛大にくしゃみをし、同時にモップの先が下に向けて曲がり、地面に食い込む。

 ブン! 

 あ〜れ〜

 モップの先が地面に突き立ったため、モップの柄の方が伸びる形になり、ミスティが飛ばされてしまった。 ピンク色の悪魔が

地面に転がる。

 
 「秘技、サキュバス・ペッパー。 まず一勝。 お?」

 立ち上がったミスティがを見たエミが、軽い驚きの声を上げた。 ミスティは顔に水中眼鏡をかけ、口元にはマスクをしている。

 『ふっふっふっ、サキュバス・ペッパー破れたり。 行くぞ! なぁーりゃぁ〜〜!!』

 再びモップの先端がエミめがけて伸びた。 エミは慌てず、左手をずいと突き出し、左手に持った黒い小さな箱、ICレコーダを

操作する。

 ”あっくしょん!!”

 ICレコーダからミスティのくしゃみが再生され、続いて先ほどの光景が再現された。

 ブン! 

 あ〜れ〜

 モップに跳ね飛ばされたミスティが宙に舞い、地面に落ちる。


 「何を……遊んでいるのですか……?」

 店の裏口からミレーヌが姿を見せた。 エミとミスティは、体の汚れを拭きながら応える。

 「エーミちゃんが、『なぁーりゃあー棒』返しを考えたって言うから……」

 「いろいろと、試してみたのよ」

 ミレーヌは呆れた様に二人を交合に見ている。 

 「それは……研究熱心なことで……なにか成果が……ありましたか?」

 「エーミちゃんが、ど卑怯だった判った。 『風下に立った、うぬの負けよ』なんて……『うぬ』って何?」

 ミスティの問いにエミが答える。

 「『あなた』と言う意味の古い言葉よ。 映画や何かで忍者がよく使うわ」

 「へ〜忍者……忍者ぁ!?」

 ミスティが頓狂な声を上げた。

 「忍者と言えば、『闇の侍』の異名をとる日本の影の支配者!! エーミちゃん、忍者だったの!?」

 「いや、違うわよ。 忍者の漫画でそういう場面があったのよ。 こう、薬をまいて敵を倒すとか」

 「なーんだ…… でもアレはかっこいい! よーし! ミスティも今日から忍者をやろう!! 忍者ミスティ!!」

 気合を込めて宣言するミスティを、エミが冷ややかな目で見ている。

 「貴方、電脳小悪魔じゃなかったの?」

 「うん!! それもあるから『電脳忍者・小悪魔ミスティ』!! どうだ!!」

 「いや、どうだと言われても……」

 エミが返答に窮している間に、ミスティは『早速修行だ!』とか言いながら、店の裏口に姿を消した。


 「ところで……何故このようなことを?……」

 ミレーヌの問いに、エミが答える。

 「あの『なぁーりゃあー棒』は、私が持っていた時は私の声に反応し、ミスティが持っていた時は彼女の声に反応したわ。 

本当に声に反応するのかを確かめたの」

 「それで……録音装置を……私か……ミスティに尋ねれば……よいのでは?……」

 「そうね」

 さらりと返したエミは、ミレーヌに背を向けると店の裏口に姿を消す。


 「……いま、もどりました」

 因幡少年は、6限目の授業の終わりごろに教室に戻った。 ちょうど授業中だった担任教師が振り返って、因幡少年を見た。

 「因幡か、もう6限目……おい、顔色が悪いぞ、悪化したんじゃないのか」

 つかつかと近寄った担任教師と因幡少年の間に、鷹火車保険医が割り込んだ。 思わず一歩引く担任教師の顎に、鷹火車

保険医の左手の爪が軽く食い込む。

 「!?」

 びくりと身を震わせて硬直する担任教師、そのうなじに鷹火車保険医の右手がするりと伸びて、五本の指がじわりと食い込んだ。

 う……

 わずかなうめき声を上げ、白目をむく担任教師。 その耳に、鷹火車保険医の赤い唇が囁く。

 「心配いりませんよ……」

 「シ……心配いらない……」

 「ただ、無理はさせないように……」

 「ム……無理はさせない……」

 「悪い風邪のようですから、他の人も具合が悪いようでしたら……早めに……ね……」

 「ワ……悪い病気……早めに……」

 鷹火車保険医は、赤い唇を笑みの形に歪め、担任教師から体を離す。 その間、教室の他の生徒達は奇異の目で二人を

見ていたが、鷹火車保険医が視線を投げかけると、みな慌てて目をそらしたり、教科書を読むふりをする。

 「それでは、お大事に」

 因幡少年は、鷹火車保険医に背中を押されるようにして教室にもどった。 白目を剥いていた担任教師も、鷹火車保険医が

手を放すと何事もなかったように授業を再開する。


 フッフッフッ……オーホッホッホッホッホッ

 そして、廊下に鷹火車保険医の高笑いが響き渡り、皆大いに迷惑した。

 
 「スーチャン! 修行よ」

 「シュギョ! シューギョ!」

 そしてミスティは、使い魔と一緒になって怪しげな『修行』を開始していた。

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