マニキュア2 〜ビースト・ウォーズ〜

4.予兆の検討


 因幡少年が黒バニーと会った翌日、『妖品店ミレーヌ』を麻美が訪れた。

 「……」

 カウンターの向こう側のミレーヌが、頭を上げて麻美の方を見た。 麻美は、ためらいがちにカウンターに歩み寄り、腕に

抱いていた物をカウンターに置く。

 「……それは?」

 「見ての通り、猫よ……です」

 カウンターに置かれた黒猫は、大きくあくびをするとそのままうずくまる。

 「この猫は、ミミと言う名で……人間、いえ猫少女に化けたことがあるの……『マニキュア』の力で」

 ミレーヌは静かにうなずき、麻美に先を促す。

 「この猫を……使い魔として使う方法を、教えてください」

 ミレーヌは、麻美から視線を外しミミを見つめる。


 『マニキュア』、それは悪魔ミストレスと一代前の魔女『ミレーヌ』が作り出したアイテムだった。 『マニキュア』を塗った爪で

皮膚を掻くと、『呪紋』と呼ばれる模様が皮膚に刻まれる。 『呪紋』を皮膚に刻んだだけならば化粧や刺青と変わらない。 

しかし、これに『精気』を流すと恐るべき事が起きる。 『呪紋』が刻まれた生き物を、様々に変貌させるのだ。 例えば動物を

人に、または逆に人を動物へと…… 


 「……この猫を……使い魔に……いままでも……試してみたのでしょう?」 

 「ええ……でも」

 「ぜーんぶ、失敗だったんだよね〜」

 言いよどむ麻美の背後から、やたらに軽い女の声が聞こえてきた。 振り返ればこの店の常連客が勢ぞろいしている。 

ピンク色の肌の(電脳)小悪魔ミスティ、その使い魔緑色のスライム少女スーチャン、そして漆黒の服を纏うサキュバス・エミ。 

皆、自称であり本物の魔物、悪魔なのかは定かではないが、麻美は彼女たちが何度となく人外の技を振るうのを見ている。 

 「ええ、そうよ」 麻美は固い口調で応えた。

 「だよね〜」 馬鹿にした様にミスティは言うと、麻美の脇を抜けてカウンターに腰かけた。

 「使い魔を見習い魔女がコントロール、できるわけないもの。 反対に、使い魔に振り回されて、右往左往するのが落ちだもの」

 あはははーと笑うミスティに麻美が何か言いかけた。 が、その前にスーチャンが会話に割り込んできた。

 「ネーネー、『右往左往』ッテナンダ?」

 「それはね、中国の古い故事に基づく言葉なのよ。 昔、中国に双子の王様、右王と左王と言う王様がいたの。 

この王様たちはとーっても仲が悪くてね、お互いに反対の命令を家来たち出したの。 かわいそうな家臣たちは、

『右王様の命令だ』『左王様の命令だ』とお城の中を一日じゅう駆けるためになったの。 この故事から転じて、人々が

慌てふためいて駆け回る様を『右往左往』と言うようになったのよ」

 「ヘー」

 感心しているスーチャンの背後で、エミが額を抑えて呟いた。 

 「あまりでたらめ並べないで。 言葉の意味自体は間違っていないけど」

 エミは辺りに注意しながら、手近にあったパイプ椅子に腰かけ、優雅に足を組んだ。

 「スーチャン、あんまり一緒にいると、頭の悪いのがうつるわよ」

 「ウン、キヲツケテル」

 「だわっ!!」

 ミスティは、カウンターでのけ反った。

  
 「なんで、申し合わせたように集まったの?」

 麻美がやや迷惑そうに言った。 察するところ、ミスティやエミには聞かれたくなかったらしい。

 「申し合わせたつもりはないけど、何かお悩み?」

 「……べつに」

 「そう。 ま、他人だものね」

 エミは、ミレーヌに視線を移した。

 「何か変わったことはないかしら」

 「……質問が……漠然すぎるかと……」

 エミは、少しの間考えていた。

 「悪魔やら魔物やらが起こすような騒ぎが起こっている気配はないかしら? あと魔法のアイテムが発掘されたとか、ミイラが

目覚めたとか」

 「……何か……心当たりでも?……」

 「そうね、例によって……」 エミは頭を人差し指でたたいた。 「ここに、感じるものがあったのよ」

 エミの頭には角がある。 これまで、この角に何か妙なものを感じたとき、いろいろと不可思議な事件が起こってきた(または、

自分たちが事件を起こした)。

 「……そうですか……」

 ミレーヌは呟いたが、そこで言葉を切って黙ってしまった。 心当たりがあるとも、何も知らないとも言わない。

 「……」

 エミも黙ったまま、ミレーヌに視線を向けている。 突然、スーチャンがパタパタと手を振って会話に加わってきた。

 「カワッタコト! アッタ! アッタ!」

 「えらい! さすがミスティの使い魔」

 エミは、スーチャン尋ねる。

 「変わったこととは何?」

 「ユーベ、ナゾノ笑イゴエガ、ヒビイテキタ! トーテッモ、カワッテイタ!」

 「ああ、あれね」 エミがげっそりした表情で応じた。 「確かに変わっているわ、あの三姉妹は」

 「知ってるの? あれ」

 聞いてきたのは麻美だ。

 「一部に有名なの、鷹火車三姉妹の高笑いって」

 「鷹火車三姉妹!? あれ、あの声がそうなの!?」

 麻美が驚いた声をだしたが、ミスティ、スーチャンはきょとんとしている。 様子が変わったようには見えないが、ミレーヌも

同じ思いの様だ。

 「何のことなの? それ」

 「鷹火車三姉妹っていうのはね、マジステール大学にいる次女、マジステール大学付属高校保険室勤務の長女、そして、

同じ高校に通っている三女の三姉妹を指しているのよ」

 「その姉妹が何? なんなの?」

 「三人とも成績優秀で、在学中は常にトップクラス。 ただ、性格がどうも……『自分が一番偉い』に手足をつけるとああ

なるんじゃないかという姉妹でね……」

 「……」

 「時々、何かのはずみで高笑いを始めるのよ、昨夜のようにね」

 「……ソレッテ、アレ?」 スーチャンが手を広げて見せた。

 「なら、どんなにいいことか。 とにかく在学中し成績優秀、親は金持ち。 高笑いの癖も、高校卒業のころがピークで、

成人してからは殆ど納まっていたんだけど……」

 「詳しいのね、まるで同じクラスにいたみたいに」 麻美がぽつりと呟いた。

 「……ま、まぁこの辺りだと有名だしね」

 「私、そこまでは知らなかった」

 「秘め事ってのはね、寝物語によく出てくるものなのよ」 

 エミは、やや早口で応じると、スーチャンに向き直った。

 「貴重な情報ありがとう」

 「ウン。 デモ、カワッタコトデナクテ、ヘンナコトダッタ……」

 エミは、スーチャンの口調に残念そうな響きを感じ、心の中で呟く。

 (やっぱりこの子、見かけ以上に賢いわ。 ミスティは使い魔と言っていたけど、本当にそうなのかしら)

 「……そうですか……わたしもあの声には……なにやら只ならぬものを感じたのですが……」

 「え?」

 「……どうやら性格異常者の……異常行動に過ぎないのですね……」

 「あ、まぁそうね。 そうでしょうね」


 その後も情報交換が続いたが、何ら実のある情報は出てこなかった。

 「ふむ、他には何もなしか……気のせいだったのかしら?」

 エミの呟くと、腰を上げた。

 「火種があるなら、小さいうちに消した方が、後々面倒がないと思ったんだけど」

 「そういう理由なの? 貴方の行動基準は」 麻美の口調に、咎めるような響きがあった。

 「そうよ、私は闇の生き物。 叩かれれば埃が山ほど出てくる身だもの。 近くで騒ぎが起こるのは迷惑なのよ」

 「逃げ出せば? 前にそう言っていた様に思ったけど」

 「逃げるのだって楽じゃないのよ。 それに、結構顔が知られちゃったからね。 逃げたすぐ後で騒動が起こると、疑われるの」

 そう言って、エミは妖品店『ミレーヌ』を後にした。


 後にエミは、一つの可能性を見逃した事を悔やむ。 鷹火車の高笑いが、異変の予兆であるという可能性を見逃したことを。 

だが、それを異変の予兆と捕えるには、彼女は鷹火車の癖を知りすぎていたし、何よりも馬鹿馬鹿しかった。

 「夜の夜中に高笑い……全く、あいつは!!」

 忌々しげに吐き捨てるエミであった。

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