マニキュア2 〜ビースト・ウォーズ〜

2.深夜の訪問者


 エミが『ミレーヌ』を後にしてから数時間後、酔天宮町の一角にある住宅の二階で、一人の高校生がPC(パソコン)相手に

格闘していた。

 「……んー、これでどうだっ」

 ポチポチポチ……カチッ

 「だめかぁ」

 彼の名は因幡白一郎、マジステール大学付属高校一年生である。 勉学を本分とする学生がPCに向かう理由はただ一つ

……父親がPCにかけたセキュリティロックを解除して、アダルトサイトを閲覧しようと目論んでいたのだ。

 「うーん……何を設定したのかなぁ」

 因幡は、眉間にしわを作ってしばらく考え込んでいたが、大きく伸びをしながら立ち上がった。

 「わっかんないや」

 因幡は淡白な性格で、今日も見込みが無さそうだと思うや、あっさりと諦めてしまった。

 「寝よ寝よ」

 寝巻に着替え、ベッドにもぐりこむ。 秒針が一回りするころには、もう寝息を立て始めていた。


 キシッ

 家が微かに軋み、同時に因幡の寝息が止まる。 何事も淡白な彼は、睡眠も浅いらしい。

 (家鳴りか……)

 キシッ、キシッ、

 (いや、猫か……)

 ギシギシッ

 (でかいな……)

 ガタッ、カラカラカラ……

 (……ま、まさか)

 スタッ、トッ、トッ

 (……ど、泥棒……)

 ゴソッ、ゴソッ……

 (……ええっ?……毛皮?……)

 スリスリスリ……

 (……えーと……音と感触から判断すると、窓を開けた何かが布団にもぐりこんで来て、僕にすり寄っている……?)

 スリスリ、ゴソゴソ……

 「えーと……どちら様です?」

 因幡は、場違いな質問を発しながら布団をめくり、電気をつけた。 布団の中には……黒い毛皮のバニーガールが彼に

抱きついていた。


 「あの……」

 「フミィ……」

 黒バニーは、甘えるような声を出すと、スリスリと頭を摺り寄せ、ぐいぐいと彼を押し、ベッドに押し倒した。

 「……なんなんですか、貴方は」

 「ミィ」

 黒バニーは、名のったのか甘えたのかわからない答えを返してきた。 そして彼にのしかかり、しきりに体を摺り寄せる。 

因幡は思いっきり困惑した。

 「どうしよう……お父さんを呼んでこようか」

 因幡は、階下で寝ているはずの両親を呼ぶことを考え、どうなるかシミュレーションする。

 ”なんだ、その女は!?”

 ’……’

 (だめだ、説明できない……こうなったら)

 因幡は、黒バニーの頭に手をかけて、自分から押し離した。 そして、彼女をベッドから床の上におろして。じっと顔を見る。

 「ミ?」

 黒バニーは、きょとんとした顔で因幡を見返している。 頭の上に着いている耳が、パタパタと動いているのは、何か仕掛け

でもあるのだろう。

 「おやすみ」

 因幡は布団をかぶって寝てしまった。 どうやら、『現実逃避』を選択したらしい。

  
 「……ミィ」

 黒バニーは、ベッドに這いよると、ごそごそと布団にもぐりこむ。 

 「ミィ」

 黒バニーは、寝たふりをしている因幡に抱きつき、盛んに体を摺り寄せる。 しかし、因幡はひたすら寝たふりを続けていた。

 「ムー……」

 黒バニーは唸り声をあげると、ずりっと体をずらし、胸で因幡の顔を圧迫した。

 「むっぷ」

 黒い毛皮の塊に顔を包み込まれた因幡は、息苦しさにじたばたともがき出した。

 「ミィ、ミィ」

 黒バニーがうれしそうな声を上げ、因幡は跳ね起きた。

 「なんなんですか、貴方は」

 さっきと同じ質問をする因幡に、黒バニーは小首をかしげた。 続いて、ポンと手を叩くと、ベッドの上に足を投げだす様にして

座りなおした。

 「?」

 「ミィ」

 一声なくと、黒バニーは自分の胸を触り始めた。 同時に足の間のある毛皮のショーツ(?)の辺りにも手を這わせる。

 (うっわー、まさかと思ったけど。 これは本物のアレかなぁ)

 因幡とて、このバニーが夜這いをかけてきた可能性を考えなかったわけではない。 だが、見知らぬ相手に夜這いをかける

など、まともでないか、犯罪者のいずれかであろう。

 「あのー、僕だって男の子ですけど、さすがにこの状況でお誘い頂いても、困るんですけど」

 因幡は馬鹿丁寧な口調で断りを入れた。

 「ミィ……ミィー……」

 しかし、黒バニーはトロンとした眼つきになり、因幡の声など聞こえない風で、指を大胆に動かし始めている。

 (しょうがないなぁー……)

 因幡は、黒バニーをベッドから降ろそうと、彼女の体に手をかけた。 ふわっと甘酸っぱい匂いが鼻腔をくすぐる。

 (あ……いい匂い……)

 思わず、その匂いを深く吸い込んでしまう因幡。

 (……あ……)

 なにか、ふわりとした暖かなものに包まれたような気がした。 黒バニーに目をやると、動きがややゆっくりになり、代わりに

足の間を弄っていた指が、神秘の門を開くようにゆっくりと円を描いている。 因幡の眼が薄いピンク色の照り返しに吸いつけ

られる様だ。

 「……ネェ……キテ……」

 黒バニーがそう言ったような気がし、因幡は身を寄せた。 黒バニーは、両手を広げて因幡を受け止める。

 キシッ

 家が大きく軋んだ。

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