マニキュア

22.君はなぜ…


学は、携帯をしまってフラフラと歩き出す。
女悪魔は、すばやくその前に回りこみ、抱き止めた。
学が抵抗するのも構わず、唇を強烈に吸い上げる…バチッ…二人の間で火花が飛ぶ。
「んーんーんー…んんんん…」
最初こそ暴れたものの、すぐに大人しくなる学…が、またジタバタ暴れだした。
(あれ?…強い暗示ね…もっと吸わなきゃだめか…)
女悪魔の瞳が金色に輝く…ズチュゥゥゥゥ…音がするほど激しく吸っていく…
「…モット…モット…クス…クスクスクス…」…本気になり始めたようだ…

「…息ができないのでは?…」『ミレーヌ』が指摘する…はっと正気に戻る女悪魔。
「…いけない…はは、白目剥いてる…大丈夫?…」
「ぜーはーぜーはー…死ぬかと思った…」息を整える学…

「ごめん、ごめん…正気に戻ったみたいね…」
「…ええ…先輩の声が聞こえたと思ったら…行かなきゃって考えで頭がいっぱいになって…」
「端で聞いてても声に強い魔力を感じたわよ…『遠隔催眠強制音声』ってところかしら…」
そう言ってから、女悪魔ははっとなる。
「最初に呼び出された時は、そんな技は使っていなかったんでしょう?…彼女…本物の魔物になったみたいね…」
学の顔から血の気が失せた…
「魔物に…そんな…」
『ミレーヌ』を向いて懇願する
「先輩を助けて!お願いします!」
「生きているようですが…」
「そうじゃなくて!…人間に戻してください!…お願いします!」
歩道に膝をつき、『ミレーヌ』に土下座する学。
「…別に死ぬわけでは…多少残酷になって…魔法で他人を操るようになっただけ…」
「十分問題です! 元に戻せないんですか…」
『ミレーヌ』は首を横に振る…

暗闇にたたずむ黒マント…超然としているかのようなその姿に学は怒りを覚えた…
「…あなたが…あなたのせいでしょう!…こんなことになったのは!…」
激高して掴みかかろうとするが、1mも手前で何かにぶつかり跳ね飛ばされる…
起き上がり、なおも掴みかかろうとする学を『ミレーヌ』は片手で制した。
「…それは…違う…」
学は、振り上げたこぶしをおろし、彼女を睨みつけて怒鳴る「どこが違うんですか!」
「…誘ったのは『マニキュア』…店に入ったのは彼女…『マニキュア』を買ったのも彼女…使ったのも彼女…私は仲介しただけ…」
ぐっと詰まる学。
「…それは…でも、売った方の責任が…」
「…それは…あなた方の社会の取り決め…それに、一度は止めました…」
学はうなだれる。
「僕はどうすれば…何をすれば…先輩…」

女悪魔が話しかける。
「まず、問題点を整理しましょう。 あなたは、彼女の弟を人間に戻す方法ほ聞きに来たのよね」
「ええ…その水晶球に映ったことが本当なら、隆君はもう人間に…」
「そうね、次は猫娘、これはどうなったかわからないけど…でも今の最大の問題は、あなたの彼女が魔物になってあなたを呼んでいる事よね」
学は頷く。
「はい…だから先輩をどうやって助けるか…」
「違うわ」
「え?」
「彼女に起こった事は、彼女の問題…あなたの問題じゃないのよ…あなたは逃げだす事ができるでしょう」
学が目を丸くし、慌てて言い返す。
「そんな事…できるわけないでしょう!」
「どうして?」
「え…だって…」
「全ては彼女自身のまいた種よ…あなたが何かする義務は無いんじゃないの?…」

言われて学は黙り込む…確かに彼は巻き込まれただけ…だが…
「そうかもしれませんが…でも、ほっておけません!」
「…純愛?…」ぼそっと『ミレーヌ』が言う。
学は真っ赤になり、女悪魔は胸元をポリポリ掻いている…
「そんな事…終わってから考えます!」
きっぱり答える学。

女悪魔が微笑する。
心なしか『ミレーヌ』も笑ったような気がする。

学は、二人が助力を申し出るのを期待した…がそこまではしてくれないようだ…
学は決心する…(どうなるかわからないけど…多分どうしようもないけど…悔いの残らないようにやるだけ…)
唐突に、女悪魔に向き直り、ペコリとお辞儀する。
「正気に戻してくれた事は感謝します…多分、この借りは返せないと思いますけど…ありがとうございました…」
学は、踵を返し立ち去ろうとする。

「行くの?…」これは女悪魔。
「助けてはくれないんでしょう?」
「確かに助ける理由は無いわね…でも、このまま見捨てるのもちょっとね…」
女悪魔は、黒いハンドバッグから『何か』を取り出して、学に渡す。
学は『何か』をしげしげと見て…情けない顔をする…
「あの…これをどうしろと?…」
「まぁ…SEXしながら精気を吸われたと言ったわよね。 だったらこういう物が役に立つんじゃない?」
「はぁ…」
学は首を傾げる…いまひとつピンと来ないという顔だ。

「後はあなた次第…頑張りなさい…」
学は、何か釈然としない感じで立ち去ろうとし、気がつく。
「そう言えば、自己紹介してませんでした。 僕は小池学」
「私はエミ、サキュバス・エミ…」

学は、来た時よりも多少軽やかに歩み去って行った。
「さて…さしたる用もなかりせば…」エミもその場を去ろうとする。
『ミレーヌ』が呼び止めた。
「…続き…見ませんか…」
「見る!」
エミは『ミレーヌ』の後について、『妖品店』に入って行く。

「あなたが…エミさんでしたか…ミスティちゃんから…聞いています…」
「ミスティ…ちゃん…あのピンク小悪魔…私もあなたとこの店の事は彼女から聞いたけど。 これほどとは…」
エミの表情が強張っている。
『妖品店』に並べられた品々の放つ妖気や魔の気配が、彼女の角にビリビリと伝わってくる。
(表からはわからなかった…この店の結界は侵入者除けじゃない…これらをまとめて封印してるのね… それに『ミレーヌ』のマント、あれは…)

奥のカウンターに水晶球を置き、二人(?)はそれを見つめる…
おりしも、学が隆の部屋についた所だった…

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