マニキュア

15.過去の悪魔と現在の悪魔


そこは洋風の館だった…場所はわからない…日本ではなさそうだった…
そこに、一人の女の魔物が住んでいた。
彼女は人間の魂を糧とし、犠牲者の体や魂の欠片を利用する力を持っていた。
ある時、彼女の館に一人の戦士がやって来た…彼は彼女に戦いを挑む。
(髷…侍?…)
彼女の使役する肉人形達は、彼に太刀打ち出来なかった…危ないところであったが、彼も結局彼女の糧となった…
しかし、肉人形達が護衛として役に立たなかった事に懸念を感じた…

彼女は考えた…肉人形達に『力』を持たせれば…
彼女には、人の心を惑わす力、魂を抜き取る力、人の体を換えてしまう力があった…その力を、他者に与える為の魔法薬を作り出した。
(…『マニキュア』…)
だが、失敗だった…魂を持たない肉人形には魔法の力が使えなかった…
今度は魔法薬に、使い方の『知識』と使う為の『意志』を封じてみた…
これも失敗だった…今度は肉人形が『意志』に乗っ取られ…魔物となって何処かにいってしまった…

彼女はこの現象に興味を持った…これを普通の人間や、動物に試してみたらどうなるだろう…
結果はなかなか面白かった…人は己が欲望に身を滅ぼし…動物は魔獣と化した…
(はた迷惑な…)
結局、目的は果たせず、薬はお蔵入りとなる…ここまでの経緯を封じた上で…

「ふぅ…」麻美はため息をついた…
『マニキュア』の正体はわかった…しかし自分の知りたい事はまだ…
目の前で渦を巻く『マニキュアの意志』に尋ねる…
「ミミは隆に何をしたの」
『意志』が『知識』から答えを引き出す。
(人を変える力…人を猫に…魂を抜き取る力…人の魂を抜き取った…)
「隆を戻せるの…人に」
(人を変える力は動物にも有効…猫を人にする事も…魂を抜き取る力は反転できる…魂があれば戻せる…)
「魂があれば…」麻美は考え込む…
「隆の魂はどこに…多分ミミね…あいつから隆を取り戻さないと…」
もし違っていたら…どうしようもない…

麻美はミミを捕まえる方法を考える…幾つも疑問が浮かんできた…
ミミはマニキュアの力で魔獣となったのだろう…しかし何故ミミにマニキュアが塗られたのか?…
「隆ね…前にミミにペイントして引っかかれてたし…全く…?」
さらに疑問が浮かぶ…ミミは魔獣となり隆を弄んだ…そして逃げた…何故?…
「何か…企んでいる?…」
何か…ミミが…いやさっきの自分も何かに操られていたような気がする…
「誰が…『ミレーヌ』?…」
考えるが答えが出ない…

いずれにしても、魔獣と化したミミに対抗するには『マニキュア』を使うしかない…
「?…そういえば、私は効き目が切れたけど…ミミはずっと魔獣のまま…獣だったから?…」
(時間が立てば猫に戻るかも…いや、そうなったら隆の魂はどうなるか…)
(ミミを探すのも人のままでは難しい…)
麻美は決意する…もう一度、『マニキュア』で…

「…でもミミも『マニキュア』をつけている…」
そう、ミミにも『マニキュア』の力がある…元が人間と猫の違いがあるとはいえ、勝てるのだろうか?…

「…さっきはHな事を考えたから…淫らな魔物になったわけだから…今度は戦う事を念じれば…」
麻美は黙考する。
(下手をすると怪物になってしまうかも知れない…先に『設定』を考えないと…)
(ミミは素早かった…するとスピード重視…ミミより素早く動けて…力もミミより強ければ…ついでにかっこよく…)
むしのいい事を考えていると、『マニキュアの意志』が反応した。
(変貌後の力は、元の体の力に左右される…あまり極端な力の増大はできない…)
「…スーパーマンは無理ってこと?…」麻美は『意志』に尋ねる。
(人の心を操る力…魂を抜き取る力…人を変える力…『爪』の力こそが本来の力…体の変貌はあくまで二次的なもの…)
「…ふぅ…そうするとミミを圧倒するのは無理か…うーん…『爪』…」
不意に麻美が顔を上げる、何か思いついたようだ…
「思いつきでもやらないよりましか…」

大体の方針は決まった…あとは実行…『マニキュア』のビンに手を伸ばし…学の事を思い出した…
携帯を開く…電話すべきか迷い…結局電話しない…「ごめんなさい…でも他に方法がないの…もし…」
後は口に出来なかった…
キリ…麻美は『マニキュア』の蓋を開ける…

…一方、学は夜の町を走って…いやよろめきながら歩いていた…
「ぜぇぜぇ…」息が切れる…
麻美の前では平気なふりをしていたが、淫魔と化していた麻美に精気を根こそぎ吸い取られていたのだ…
走り出したら途端に足に来た…
とにかく、全ての元凶にたどり着かねば…だが…

「そんな…」
商店街の外れ…通称『お化け屋』と呼ばれた売店舗…記憶に間違いは無い。
「花屋と薬屋の間…なにもない…」
店が無いのではない、花屋の隣が薬屋になっていた。
「ばかな…」
うろうろ辺りを行ったり来たり…だが、『妖品店ミレーヌ』は無い。
カッ…カラカラ…フッ…
「?…」
うっかり空き缶を蹴飛ばした…それが消えた…
学は、薬屋の前に立ち…隣の花屋を見る。
歩道の上で、もう一つ空き缶を転がす…カラカラ…フッ……カラカラ
空き缶は、花屋との境界で消え…しばらくして消えた直ぐ先に現れ転がっていく…丁度店一件分を転がった時間だけ消えていた…
「…そんな…」背筋を冷たい物が走る…ありえない…いや今夜はありえない事を体験し、目撃したではないか…でも…
ゴクリ…つばを飲み込む…店ごと姿を消す、今までの事とはレベルが違う…ここに居るのは正真正銘の…
締め上げる? とんでもない。 機嫌を損ねたら、その場でこの世から消されかねない…
「でも…会わなければ…どうする?…大声で呼びだすか…」
学は見えない『妖品店』に注意を奪われ、背後の人影に気がついていなかった。

「ここは、あなたのような人の来るところではないわ…坊や…」
学の背後から女の声がした。
振り向くと…長い髪、黒いワンピース…黒一色のファションの若い女が立っていた。

この状況で学の思いつく名前は一つしかない。
「『ミレーヌ』さんですね…」(先輩に聞いていたのとイメージが違うな…)
女が微かに顔をしかめる。
「人違いされるのはいい気分じゃないわね」
「違う?…」(人違いか…でも何か事情を知っているみたいな?…)
「すみません、てっきり…でもあなたは?…」

女が軽く笑う…雰囲気がいきなり妖しくなった…
「私は…こういう者よ…」
女の瞳が金色に輝く…頭に角が、背中から翼が…
学は驚かなかった…代わりに、ため息をつきたくなった(何となくそうじゃないかと…こういう予感は当たってもうれしくないな…)
女悪魔(?)は淫靡な笑みを浮かべ、歩み寄ってくる…
学は覚悟を決める…(これで今日は3人目…明日からは、女には注意する事にしよう…明日があれば…)
麻美の事が心残りだった…(先輩…麻美…)

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