マニキュア

14.笑い猫


…そして時は、麻美が学と共に如月家に戻った時に重なる…

ベッドの上の女を見て、麻美の頭が混乱する…
「た、隆!?…」まず、家にいたはずの弟が頭に浮かぶ…当然だろうか…

女が振り向く…野性的な美女、隆とは思えない…
「クスクス…外レ…」女が笑う…かすかに嘲りの色がある…
「あ、あんた…誰?…」麻美は女の嘲りを感じ取り、口調が詰問調になる。

「麻美様、ワカリマセン?…私ハみみ…ウフフ」
「ミミ?…ミミ!…そんな…」予想外の答え、事態が理解できない…そして肝心な事に気がついた…
「隆…隆はどこ!?…」

「ホラ…ココ…」
そう言って、ミミは自分の股間の辺りにいたもの抱き上げる…
お腹と手足の先だけが白い黒猫…雄の…それに自分の女陰を舐めさせていたらしい…

「…うそ…」麻美の顔から血の気が引く…
「隆様ハみみノ『男』ニナッタノ…フフフ…アハハハハハハ…」ミミが嘲笑する…

ミミの笑い声で呪縛が解け、そして激怒する。
「あんた!…あんたが隆を!?…このクソ猫!!…」
麻美は、後先考えずにミミに飛び掛る。
ミミは笑いながら身をかわし、窓を開いて外に飛び出す。

「アハハハハ…キャハハハハハ…」
笑い声を響かせ、ミミは闇に消えた。
麻美は続いて飛び出そうとしたが…「先輩!…駄目、危険です!…」ようやく我に返った学が止めた。

ニャー…
夜風が涼しい部屋の中で、隆の寂しげな声が響く…

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

カリカリカリカリカリカリカリ…
「はぁ…」「ふぅ…」
麻美と学はため息をつく。
二人はこの後どうするかを考えていたのだが…

カリカリカリカリカリカリカリ…
隆は猫になってしまった…ミミの言った事が本当だとしてだが…

カリカリカリカリカリカリカリ…
「だぁー!…のんきにキャットフードかじるなぁ!…」麻美が切れた。
フギャー!…隆が逃げ回る…

「先輩、落ち着いて…」学がいさめる…
「はぁはぁ…」麻美は荒い息をつく…
どう慰められようと、自分の弟がキャットーフード(しかも自分で買ってきた)を食べているかと思うと居たたまれなくなる。
おまけに、いい考えも浮かばない…

「先輩…考えたんですが…」
「ん?」
「やはり、その『マニキュア』に一番詳しいのは…」
「…ミレーヌ…」
「ええ…ですから…」
「今何時だと思うの…」
「午前2時…」
「確かに妖しい店だったけどこんな時間に…」
「でも非常事態です…叩き起こして…」
「……」麻美は考え込む…時間が立てば、隆がどうなるかわからない…一刻も早く手を打たないと…他に手段は…いや、もうひとつ手がある…

「『マニキュア』…これをもう一度…」
「先輩! 危険です!」学は強く反対する。
「…他に猫になった人間を元に戻す方法があるの?…」
「…しかし、それは危険すぎます。 また…その…おかしくなったりしたら…」
「…」いわれて考え込む…自分が学を襲っていてから1時間ほどしか立っていない…

「…そうね、まず『ミレーヌ』に会いましょう。 小池君、悪いけど隆をお願い…」
「先輩、こんな時間に一人で外出する気ですか?…行くなら二人で…」
「隆を残していって、その間にミミが来たら?…連れて行かれたらどうするの…」
「じゃあ、隆君も連れて行きましょう」
「途中で襲われたら?…あるいは、隆が逃げ出すかも」
「う…」言葉に詰まる。
一人が隆を守り、一人が『ミレーヌ』に会いに行く…となると、誰が何をするか…答えは一つしかないのだが。

結局、学が『妖品店ミレーヌ』に一人で行く事になった。
しかし、学は麻美を一人にしたくなかった。
麻美が『マニキュア』を使う気ではないかと疑って…いや確信していた。
麻美は隆がこうなった事に責任を感じている…それに両親が帰ってくれば…焦っているはずだ。

だが、じっとしていても事態は好転しないだろう。
(こうなれば、その『ミレーヌ』とやらを締め上げてでも!!)学は、そう決意していた。

「先輩、何か判ったら電話します。 くれぐれも早まった真似はしないで下さい。 いいですね」
「うん…気をつけて。 『ミレーヌ』はミミより危険かも…」
「はい」
そして、学は『妖品店』に向かう…

麻美は、学を玄関まで見送り、隆の部屋に戻る。
満腹したのか、隆は丸くなって眠っていた。
見ているとまた情けなくなってくる。 何かしていないと、居たたまれない。

『マニキュア』を手にとって眺める…ラベルの字は相変わらず読めない。
「変な文字よね…どこの国の文字かしら…何か人には読めないような…」
麻美は首を傾げる…自分の言った事に引っかかるものを感じた…
(人には読めない…人には…あ…もしかして…魔物の言葉…なら…)

『マニキュア』を開けようとして…ためらい…決意して蓋を開ける…
右の人差し指だけにマニキュアをつけ、強く念じる…
(この文字が読める力を…魔物の言葉が…)
念じるうちに右手が動き出す…爪が目に近づき、麻美は思わず目を閉じる…
瞼の上を爪が走る感触…そして目に熱を感じる…
爪が止まった…手を下ろし、そっと瞼を開く…麻美の目が光っている…赤く…

麻美はその目でラベルを見た…
ラベルの文字が宙に舞い渦を作る…それは文字ではなかった…ある種の思念を焼きこんだ『呪紋』…
文字より遥かに多くの情報が詰め込まれた『何か』だった…
麻美は知った…『マニキュア』が作られた訳を…

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