ミルク

43.最後「を」選択


(どうしちまったんだ…あいつまでいかれちまったのかよぉ…)
ガフは自分が一人になってしまったような気がした。 そして歯軋りをする。
(生き残るんだ。 とにかく、アマレットの気を変えさせないと。)
ガフは彼女を説得する為に無い知恵を振り絞った。 こんなに頭を使うのは生まれて初めて…そしておそらく最後だろうが…
しかしこの牢に入れられた時点で、自分達に待っているのは『死』あるのみだと言う事は間違いない。 ならばいっそ…と思ったのはガフとて同じなのだ。
つまり、生きる希望があるとアマレットに思わせないといけないのだが…
ピチャーン…どこかで水の落ちる音がして、ドグのぶつぶつ言う声が聞こえて来る。 
(これでどこに希望を見つけろってんだ…)

ガフすっかり落ち込んでしまった。 そうなると、先に逝ってしまった仲間に愚痴が出てきた。
(隊長よぉ…ずるいぜ。 マリブゥ…今こそ手前の出番だろうが…)
心の中で呼びかけながら仲間の事を思い出す。 そうやっているうちに、ある言葉を思い出した
(…死ぬべき時を間違えるな…)
それはオルバンと始めて会った時に言われた言葉だった。
”まあ、死ぬべき時を間違えないのが傭兵の…いや、剣を取ったものの心得かな…”
”おい、隊長さんよ。 逃げ出す時の間違いだろう”
”全くだ…騎士じゃあるまいし…”
皆苦笑したものだ、オルバンの次の言葉を聞くまでは。
”逃げられるうちは逃げるさ。 だがな殺し合いをしてれば何時かは自分の番が回ってくる…それが嫌なら最初から剣なんか握るもんじゃない。 違うか?”
”…かもな…しかしよ…”
”まあ聞け。 おれの言いたいのはだ、覚悟は先に決めておけってことさ。そうすれば…”
”そうすれば?”
”死んだ後で『あいつはいい奴だった』ぐらいは言ってもらえるぞ。”
(カイゼルは鼻で笑い、スラッシュは少し考え込んでいた。 他の連中…年季の入った奴ほど考え込んでいたな…)
ガフはその時は何を言ってるんだと思ったものだ。だが、何度か死線をくぐるうちに判ってきた。
どうしても仲間が失われるの避けられない。 そして生き残った者は、生き残ったという事実だけで後ろめたさを感じる。 それを感じないような奴は…次に死ぬ番が回ってくるのだと。
(………)
死ぬべきときを間違えない。 それは仲間の為、そして矛盾するようだが自分自身の為でもあった。

ガフは体を起こした。 まず、自分が助かる事は計算に入れない。 アマレットを生き延びさせる事を最優先する…そう思って考え出すと不思議なくらい冷静に状況が分析できる。
(…俺達が必要になると考え直して…いや、ここに入れたという事は間違いなく始末する気だ…)
つまり、此処から出るには牢破りをする必要があると言う事だ。
(…まず外からの助け…宛は無いな。 カルーア達が攻めてきてそのどさくさ…出てこられないんだった。 隣国が攻め込んでくる…ないとは言えんが…あったとしても、ここから俺達が解放されるとは思えん…)
ガフは外からの助けは在り得ないと考えた。
(…となると自力…しかし警備の様子も牢の構造も判らない。 牢の扉を破れても外に出るまでに後何枚の扉があるか…第一警備の連中は容赦しないだろうな。)
どれほど楽観的に考えても、脱獄を100回試みれば100回とも失敗するだろう。 ここまではいままでも考えた。
(だが…アマレットには『ミルク』がある。)
アマレット自身が使わなくてもいい、見張りに何とかして呑ませれば…
ガフはスラッシュの最後から、『ミルク』を飲んだ人間…男は最後には溶けてしまうのではないかと考た。 『ミルク』を使って脱獄できないか考え出した。
(駄目だ…見張りの一人や二人がどうかなってもここからは逃げられない。 かければ痺れさせられるかもしれないが…量が足りなさそうだ…)
後は、アマレットが言っていた『最後の手段』しか思いつかないが…
(…しかしカルーア達は…最初は俺達から逃げていた…つまり…)
武器を持ってない『白い女』達はそれほど強くは無い…一対一ならばともかく『人間』の数が多ければ勝ち目は薄い。
(誰かを誘惑して…アレに持ち込んでも…時間が掛かるしなぁ…)
よろしくやっている最中に見つかれば、切りかかられておしまいである。
ガフはさらにしばらく思案し、アマレットに声を掛けた。
「アマレット」
…ん…
「その…それを飲むと途端にカルーアみたいになるのか?」
…いや…最初は見た目は変わらないらしい…それに量が少ないから時間も掛かるって…三日ぐらいじゃないかって言ってた…
「そうなのか、三日も。…ありゃ? でも、確かカルーアの奴が宿に泊まったその日のうちに全員が…先に飲んで宿に泊まったのかな?」
…さあ…ああ、そう言えば誰かに最初の『ミルク』を半分飲んでもらったとか言ってた…
「…半分…」
ガフは考えこんだ。 
(…俺達に残された時間がわからねぇ…三日も待てるのか?…)
ガフの口もとが歪む。 笑おうとしたがうまくいかなかった。
(…三日後でも結果は同じか?…なら…今死ぬしかねぇか…)

「アマレット」
…あぁ?…
「半分よこせ…」
………
「アマレット?」
…あんた…どういう…
「聞け。 お前が『ミルク』を飲んで、ほんとに三日でカルーア達みたいになるかどうかわからねぇ。 悪くするとその前に… だけどカルーアは最初に誰かと半分ずつ分け合って、一晩で宿の人間を全部消しちまった。 手順が同じなら結果も同じにできるんじゃねぇか?」
ガフの声は平静を装っているが語尾が震えている。
…ガフ…
アマレットの声も震えている。 二人の選択は狂気の沙汰だ。 それは二人とも判っている。
だが、おとなしく殺される気も無い。
「…しかしな、アマレット。 ここは牢屋だ。 警備の連中は武装している。 お前の勝ち目はほとんどないぞ」
…判ってるよ…最後は井戸にでも身を投げようか…
「へ…そして新しい寝物語にでもなるか…」
最後は軽口の応酬になり、二人とも口を閉ざした。

再び静寂の闇が辺りに満ちた。 そしてドグのつぶやき…「悪くない…俺は悪くない…」
それは二人の思いでもあった。
「さて…はじめるか…いや、終わらせようか…」
…ああ…

ゴクリ…アマレットがミルクを飲む音がした。
(始まった…)
ガフは唾を飲み込んだ。 もう後戻りはできない。
(これから女を抱こうと言うのに、こんなに緊張した事はなかった…いや、初めての時があったな…まあ、今度は間違いなく最後だしな。)

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