ミルク

37.敗走


「うぁぁぁ…」
最後の兵士が女たちに絡みつかれ、悦楽のうめき声を残して『クリーム』の下に消えた。
「あ…あぁぁぁ!!」
ルトールが意味不明の怒声をあげた。
もっとも、彼の怒りは兵士達の身を案じる心から出たものではなかったろうが。

ここまでカルーアは意外なくらい受身であり、向かってきた者や触手を責めてきた者たちの相手をしていただけであった。
「フム…頃合カ…」
彼女は最後の騎士が自分の中で果てたことを感じると次の行動に出た。
ヌ…ボチャ…ヌボチャ、ヌボチャ…
カルーアの触手が『クリーム』を大きくかき回す。 彼女の周りでかき混ぜられた『クリーム』が泡立ち、山のように盛り上がっていく。
と、触手がひときわ大きくうねり、丘ほどもある泡状の『クリーム』の塊を跳ね飛ばした。
それは宙に舞い上がり、宙で砕けて風に舞いルトールやガフ達のいる岸辺に吹き寄せてきた。
「おおっと!」「ひえっ!」ガフとアマレットはすばやく地面に伏せた。
「ぬぉっ!こ、これは!」
狙いが狂ったのか、ルトールが叫ぶその上を無数の『クリーム』礫が吹雪のように走り抜け、背後に控えた荷駄隊を襲う。
驚いたのは荷駄隊の兵士や人夫達だ。 一部の者を除いて『ミルク』避けの油を塗っていなかったのだ。
「うわっ!!毒ミルクが降ってきた!!」
大混乱に陥った。

一方、『ホイップクリーム』を避けた(と当人は思っている)ルトールはカルーアが自分を狙ってきたと思い激怒した。
「化け物の分際で騎士団長たるこのわしに毒ミルクを吹きかけるとは!許せん!おい、弓の使える奴!それに油を持って来い!!」
荷駄隊に命じるが、人夫や警護担当の兵士は雪のように降ってきた『ホイップクリーム』をよけるのに忙しくてそれどころではない。
「と、取れない」「拭きとれ!」
カルーアは触手をうねらせて、湖面を泡立たせると次々に『ホイップクリーム』を作り出し宙に吹き上げる。 そうしながら、ルトール達のいる岸辺に近づき始めた。
たまらずに、一部の人夫が逃げ出し始めるともう止められない。 皆堰を切ったように一目散に逃げ出した。
「き、貴様ら! 逃げるな!」幾らルトールが怒鳴っても効き目は無い。

(よし、いまだ)
ガフは置き去りになった馬を3頭引いて来ると、アマレットに一頭の手綱を渡し、呆然としているドグを一頭の上に放り上げると馬の尻を叩いた。 馬はドグを乗せたまま、兵士達の後を追って森へ走っていく。
それを見届けると、自分は残った一頭に跨る。
そのまま逃げ出そうとした時、ルトールの直営の兵士の姿が目に入った。 律儀に槍を構えて、近寄ってくるカルーアに対峙して、ちらちらとルトールに視線を送っている。
ルトールは荷駄隊に怒鳴り散らすのに忙しく、カルーアが目に入っていない。
(ちっ、この馬鹿が命令しないとこいつらもやられちまう…仕方ない)
ガフは不本意ながらルトールに声をかける。
「おい、そろそろ逃げないと。 上がって来るぞ」
「なにぃ…くっ…」ルトールの口からすさまじい歯軋りの音が聞こえる。
気がつけば『ホイップクリーム』の雪がやみ、カルーアは池の辺に迫っているではないか。
「撤退!」
ルトールが叫ぶと、兵士達は踵を返して逃げ出した。 馬に乗れる者はガフのように手近な馬に乗り、仲間を引っ張りあげる。
数が不足しているのでガフやアマレットも兵士を乗せ、出来る限りの速度で馬を走らせる。
(しまった…逃げ損ねた…)ガフは内心舌打ちをしたが、ルトールや騎士達ならともかく、背中にしがみ付いているのは只の兵士、立場は自分達と変わらない。
しかし、別方向に逃げようとすれば間違いなく争いになる。 ちらりとアマレットに目をやると、彼女も苦笑いをしている。
(ふっ…貧乏くじを引いちまったな…)
彼らは一団となって森の中を駆け抜けた。

はっ…はっ…はっ…
少年は森の中を走る。 息が苦しい。 心臓が破れそうだ。 足がもつれ転びそうになる。 
「もう…駄目…」
とうとう一本の木の根元に座り込んでしまった。
はっ…はっ…はっ…
自分の息以外何も聞こえない。
「はっ…皆…どこぉ…」一緒に逃げた仲間達とはぐれたらしい
見上げれば、葉を失った木が異様な姿を晒している。
心細さに胸が締め上げられ、涙が込み上げてくる。
「えぐ…ひっく…」「ドウシタノ」
背後から声をかけられ、彼は飛び上がった。 
振り向けば木の陰から、白い顔の女が出てくるところだった。 2本の足で歩いている姿は色以外は人と変わらない。 しかし、これは恐ろしい魔人だ。 人を捕まえて食べてしまう。 彼はそう聞かされていた。
「こ…来ないで」地面にへたり込んだまま器用に後ずさる少年を、女は面白そうに見る。
「フフ…情ケナイ騎士見習ネ…」
「ち…違います。僕は騎士セダン様の従者です」
「騎士ノ従者?…ソウ…」心なしか女の顔が曇った。
「貴方…初メテナノ?」
「はい?…は…初めてですけど…戦は…」少年は女の問いかけの意味が判らなかった。
「初メテ…」女の声が憂いを帯びた。 そして呟く「可哀想ニ…」

女が両手を胸元に当てた。 その仕草に少年は戸惑い、次に震える。 この魔人は胸から毒のミルクを出すのだ。
しばらく自分の胸を揉んでいた女は、手をゆっくりと開いた。
そして、いきなり少年に飛び掛ってきた。
「いやぁ!」少年が悲鳴を上げるのと女の手が、ズボンに潜り込むのが同時だった。
ほっそりした手が不潔なところを撫で上げたのを感じる。
「!」その感触に背中が総毛だった。
少年は女を跳ね除け、泣きながら逃げ出した。
女は立ち上がり、逃げる少年の背中を見送った。

えぐっ…ひっく…
泣きながら逃げる少年…今度は屈辱感と得体の知れないショックで心が動揺している。
うっ…うっ…うっ…
走りながら泣くのは結構疲れるものだ、段々歩みが遅くなってきた。
何より走りづらくなってきた…女に触られたところがベタベタした気持ち悪いせいだ。
「…」
少年は走るのをやめ、手近の木陰で立ち止まった。
腰の物入れから手ぬぐいを取り出すと、そっとズボンの前を開いて、アレを引っ張り出す。 
うっ…
出るときに布がすれて変な感じがした。 そして飛び出したものは…
「大変だ…腫れちゃってる!」
女がミルクを塗りつけたのだろう。 真っ白になって…しかも弄った後のようにちょっと膨らんでいる。
少年は手ぬぐいで大事なところを拭き清めようとする。
はぅ…
布が擦れると、なんとも変な感じがして…思わず声が漏れた。
「取れない…ひどいや…」
今度はより強く擦ってみる。
ゾクゾクッ…あん…
布の感触が大事なところにくっきりと残った…ジンジンした感じがいつまでも消えない…
「駄目だぁ…変になっちゃった…」
少年は困惑する。 変は変なのだが…うまく表現できない…もどかしい…
変色しピクピク震えるアレと、そこに感じる変な感触に少年はどうしていいかわからなくなった。
そして、それをぎゅっと握ってみた。
「ふにゃぁぁぁぁぁぁ…」少年の口から情けないような甘えるような声が漏れた。

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