ミルク

34.逆転


バキバキバキ…凄まじい音を立てて木がなぎ倒される。
カルーアは木をなぎ倒しつつ一直線に逃げる。
「逃がすな!!あれ程の化け物、討ち取れば素晴らしい手柄だぞ!!」『おおーっ!!』
ルトールの叫びに騎士団や兵士達が呼応する。
カルーアは木を左右になぎ倒しながら逃げていくので、多少地面が荒れているものの馬で追うのに不自由は無い。
騎士団、兵士、ルトール達指揮部隊、さらに荷駄隊と続き、木の葉を失った森を突き進む。

ガフはルトールに従って走りながら、勝手の上官のなれの果てを複雑な思いで見ていた。
今のカルーアは巨人だ。 下半身が触手になっているのに頭は城の3階に届く程だ。 もし人間の足の形をしていれば楽に5階に届くだろう。
それが顔を押さえて必死に逃げていく。
走りながら矢は放てないので、今は騎士団の馬上槍が主力となって追いすがり、カルーアが尻尾の様に引きずる触手を時おり突き刺す。
(…哀れだな…)
ガフは思った。 しかし逃げるカルーアの後姿に、妙な既視感を覚えた。
(…はて…なんか前にもこんな展開が…)
ガフが感じたのと、カルーアの姿が地に沈んだように見えたのが同時だった。
「何だ!?」「追い詰めたぞ!!」
前の方で声があがり、騎士団が、そして兵士達が見えなくなった。
少し遅れてルトールやガフ達が追いつく。
森が切れて浅い窪地になっていた。  広さは…そうドグ達の村が入るほどだろうか。
その真中にカルーアがうずくまり。 彼女に騎士達が襲い掛かり、さらに兵士達が駆け寄っていく。

ルトールは残りの隊を窪地の端で止めさせた。
「おお、ここは奴の寝床か? 百姓!ここは何だ?」ルトールがドグに聞いた。
「…ここは…沼地だったはずですが…」
言われてみると窪地と森の間には、はっきりとした境界があり、人の背丈の倍ほどの段差がついている。
こちら側に段差がなく坂になっている部分があり、騎士や兵士達は其処を駆け下りていったらしい。
「ほう沼…水が無いな…」
「へぇ。まぁあんまり人はこねぇところでしたから、知らないうちに涸れたんでしょ」ドグは気の無い返事をする。
「ふむ…おおもう逃げられんな」
ルトールは、カルーアが兵士達に取り巻かれたのを見てにやりと笑う。
(ふ。貧乏くじだと思ったが…これは大手柄だわい。)
一般的に魔物はが大きくなるにつれ、急速に手ごわくなるとされている。
人と同じくらいならぱ武装していれば一対一でも何とか対抗できるが、牛ほどになれば5人がかりでやっというところ。 そして、今のカルーアならば…
(あの大きさなら…騎士百人に兵士千人ぐらいか…それを百人そこそこで倒したとなれば…くっくっくっ…)
と、自分が戦っているわけでもないのに勝手な事を考えていた。

カルーアは触手を巻き込むようにして、騎士達の攻撃に耐えていた。
そして兵士達が彼女の周りに集まったとき、彼女が何か吼えた。
オン!!…
騎士達が一瞬手を止める。 しかしそれ以上何も起こらない。
「断末魔か?」「ふん、往生際の悪い」
そして、兵士達が槍でカルーアを刺し始めた。

「ふ…ここに名前がつくな、『ルトール閣下名誉の地』とか…がはは」とルトールがセンスの欠片も無いセリフを吐く。
「いえ、ちゃんと名前がありますで」とドグ。
「ふん、そうか」と話の腰を折られて不機嫌になるルトール。「『化け物沼』とかなにかか?」
「いえ『魔女の大鍋』と…」ドグがそう言ったとき、ガフが異変に気づいた。
「おい、ありゃなんだ!!」
皆がガフの指差したほうを見た。
「…ス…スライム…か?…」
白いドロリしたものが、向こう側の岸辺…そこだけ低くなっているから、元は川だったのかもしれない…そこから流れ込んできた。
ドボドホドボ…水よりも粘り気のありそうなそれはあっという間に窪地に流れ込み、カルーア諸共に兵士、騎士のみこんでいく。
「うわぁ!!」「なんだ!?」「ど、毒ミルクだぁ!!」
ドボドボドボ…
ルトール達があっけに取られている僅かの間に、白いドロドロは窪地を埋め尽くした。

「…ぜ…水攻め…」「いや…ミルク攻め…」
と、白い泥沼と化した窪地の真中が盛り上がった。 ドロドロした白いそれを滴らせなが身を起こす。
「フ…フフフ…『女神ノくりーむしちゅー』…タップリト味アワセテアゲル…」
彼女の言葉に応じるように、白い沼のあちこちで白い娘達が姿を表す。 どうやら、一緒に流れ込んできたらしい。
そして、今度は黒や銀色のものが…騎士や兵士達だ。
「たふけて!」「ごほごぼ…(溺れる)」
こうなれば、体に油を塗っていても関係ない。 最初の大波で皆しこたま飲まされてしまったのだから。
端にいた兵士の中には『クリーム』を泳ぎきって岸に這い上がろうとするものいたが…
ヌルッ、ドボツ…ヌルッ、ドボッ…体に塗った油が仇となり滑って落ちてしまう。
「ち、ちくしょ…!」
兵士の手に白く細い手が重ねられた。
背後から甘く熱い息が…そして…
「ネェ…ドコニイクノ…」甘い囁きと共に濡れ細った舌が耳朶をはう…
恐怖に震え、振り向く事ができない…暖かい『クリーム』に包まれた下半身をもう片方の手が弄り…何か絡み付いてくるような…
「ひぃぃ…」恐怖の呻き声が漏れる。 しかし…
「うぐぅ?」
細い指が男性器を握り、数回揉みしだいた…
甘い痺れが男性器を固くする…
「や…やめぇ…」
女の手がそれを揉むほどに、腰から下が溶けてしまいそうな疼きが体の中に送り込まれてくる。
「と…溶けてしまう…」「ウフフ…溶ケルハヨ…恐怖モ…体モ…魂モ…」
彼女の言うように、最初に恐怖が溶け、次に音が消え、最後に理性が溶け去る…もはや彼女を拒む理由はない。
兵士は法悦の表情を浮かべて振り向き、優しく微笑む女神と口づけを交わす。
彼女の下半身もカルーアと同じ形になっているのだろう、『クリーム』の中から数本の触手が現われ、兵士にに絡み付いて器用に皮鎧を剥ぎ取っていく。
やがて、褐色の素肌が顕わになると二人は『クリーム』の中で激しく睦みあう。
「ああ…ああ…」熱い快楽の呻き声を上げつつ兵士は『クリーム』に沈んでいく。
窪地の縁ではあちこちで同じような光景が起こっていた。

一方、カルーアの側に居た兵士達、特に騎士達は『クリーム』に溺れかけていた。
それを見たカルーアは、放射状に触手を伸ばした。
白い蛇のようなそれがうねって姿をあらわす。
溺れかけた騎士や兵士がわらわらとそれに縋りつく。
カルーアは、ゆっくりと触手で白いドロドロをかきまぜながら呟く。
「クスクス…慌テナクテモ、チャントオ相手シテアゲルハ…」

「…」岸辺にいたルトールやガフ、背後に控えた荷駄隊は無事だったが、目の前の光景に言葉を失っていた。
最初に自分を取り戻したのはガフだったが、あまりの事にまともに頭が働いていない。
カルーア、タコの下半身を持った女神の娘達、そして彼女達に鎧を剥かれていく騎士や兵士達の姿がある連想を呼んだ。
「…なんてったけ確か西の国に海の物を煮込む料理が…」
「…『ブイヤベース』?」とこれも正面をみつめたままのアマレットが応える。
「…おうそれだ。差し詰め『悪魔のブイヤベース』だな…」
そう言った途端、ルトールがガフを殴り倒した。

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