ミルク

33.決戦


翌朝、討伐隊は予定通り出発した。
全身鎧を装着した騎士達はさすがに迫力である。
小回りは効かないものの、彼らの持つ馬上槍は恐るべき破壊力を生む。

日が木のこずえを越える頃、討伐隊は森の入り口に差し掛かった。
「団長、また霧です」「見れば判る!」
不安そうに言う兵士をルトールが一喝した。 しかし、すぐに彼も不安そうな口ぶりになった。
「何か…様子が変だな」

討伐隊は森に入り、異変を間近で見ることとなった。
「これは…」「木が枯れている!?」
正確には、全ての樹木の葉が無くなっていた。 
葉が落ちて間もないのか、残った幹や枝は枯れ木という雰囲気ではない。
皆木を見上げ、異様な光景に声が出ない。
「ガフ…葉がない」
「見れば判る」
「違う。葉が残ってないんだよ」
「あん?アマレット、何を言ってるんだ。だから枝に葉が残っていない…」
「だ・か・ら・! 枝から消えた葉はどこへいったんだよ!」
アマレットが大声を出し、何人かがアマレットの指摘に気がついた。
枝から葉が落ちたのなら、辺りは大量の木の葉で埋め尽くされているはずだ。 だが木の葉は落ちていない…一枚も…
討伐隊を沈黙が覆った。 得体の知れない不気味さが辺りに漂っているようだ。

キャハハ…
唐突に笑い声がし、皆がそちらを見た。
道の真中、彼らが向おうとしていた方向に、白い少女が立って笑っていた。
「いつの間に!」「昨日の奴とそっくりだぞ!?」
慌てる兵士達をルトールが一喝する。
「馬鹿者!体の色が白いから見分けがつかないだけだ!」
と、少女が身を翻し飛ぶように走って逃げだした。
先頭の騎士が、馬に鞭を当てようとする。 それをまたルトールが制した。
「あれが奴らの手だ。そうだな、え?」最後の方は、ガフ達に向けられたもので、ガフは頷いた。
「ああそうだ」
「ふん、古臭い手だ。仕掛ける奴もそうだが、引っかかる奴も知恵が足りん」
ルトールは言い捨てて、進軍の指示を出した。
討伐隊は整然と森の中を進んでいく。

しばらくして、霞の向こうに水面が見え隠れし出した。
ガフ達にとって苦い思い出…あの小屋に通じる道は、湖の辺から伸びていた…そしてタコの通った痕も。
「団長さんよ…あれだ」
「ふん…あの湖に隠れているのか…その『おっぱい』とやらは」
辺りで失笑が漏れるが、もはやガフは怒る気もしない。
ルトールが荷駄隊に指示を出と、なにやら人夫が樽を下ろし始めた。
ガフはその正体に気がついた。
「…毒か…」
「何ぃ!?」 叫んだのはドグだった。
「正気か!?この湖は村の水源なんだぞ!」
「奴らのやった事をやり返すだけだ。第一、村にはもう誰もおらんではないか」言い放つルトール。

と、その時…
ボコボコボコ…霧の向こうから激しく水の泡立つ音が聞こえてきた。
皆そちらを見る。
「ほう、慌てて出てきおったか」
霧のベールに影が落ち、それが人の形になった。
…可哀想…
「何?」ルトールが訝しげな表情になる。
…ツマラナイ身分ニシバラレテ可哀想…ユラリと波が押し寄せ、岸辺を打つ。
…意味ノ無イ名誉ニ囚ワレテ可哀想… 影が濃くなる…
…年ヲ取ル、血ヲ流ス、病ニ苦シム… 腰から上を水面に出した女の形が見えてきた…荷駄隊が弓に矢をつがえ、騎士達が槍を構える。
…ソノ弱イ肉体ガ…         波を起こしつつ、カルーアが船首女神像のように迫って来る。
…可哀想!!…           ドドーン!!

大波が押し寄せてきて、水辺に集まっていた騎士を、そしてその後に控えていたルトール達までを押し流そうとした。
兵士や騎士達は槍を地面に突き立てたり、木にしがみついたりして水の襲撃に耐えた。
波がおさまると、皆起き上がって湖から上がってきたカルーアに向き直り…硬直した。
「ガフ…」
「なんだ…」
「あたし葉っぱが何処にいったのかわかった…」
「俺もだ…」
『カルーア姐さんが…食べたんだ』
湖から全身を表したカルーアは、城の尖塔に手が届くまでの巨人となり、足の代わりに乳房つきの触手をうねらせていた。
だが白く染まったその巨体…醜い化け物の筈なのに、何故か嫌悪を感じさせない。 むしろ、優しさと安らぎを感じる。
『異形の女神』
そんな言葉がアマレットの脳裏を横切った。

カルーアはこちら側の触手を持ち上げ、討伐隊目掛けて『ミルク』のシャワーを浴びせ掛けた。 だが。
「ナニ!?」
討伐隊は、『ミルク』を浴びても意に介した様子も無い。
「馬鹿め、貴様の手の内なぞわかっておる!全員体にたっぷりと油を塗ってきたのよ」
ルトールはほくそえんだ。
「突撃!」
ミルク交じりの水しぶきを上げて、騎士達がカルーアに突進する。
しかし、弾力のある触手と『乳房』に阻まれ効果がない。
「射弓!」
続いて、カルーアの顔目掛けて無数の矢が放たれた。
カルーアは悲鳴を上げて仰け反る。
泥しぶきを上げて水際をのたうった。
すかさず騎士達がカルーアの上半身に突進する。

カルーアは、騎士達の攻撃に耐えかねたのか、湖から森へと逃げ込む。
葉のなくなった木をなぎ倒し、馬が十頭も並んで走れそうな道を残しながら逃げていく。
「逃がすな!」ルトールに命じられるまでも無く、騎士達が、兵士達がカルーアの後を追った。

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