ミルク

32.討伐隊


ザッザッザッザッ…、ガラガラガラ…、騒がしい音を立てて大勢の人間が進む。
皮鎧を着て槍を持つ歩兵、食料や物資を積んだ馬車を引く小荷駄隊、軽装備の少年従者達、そして彼らの中心に居るのは騎士。
機動力と破壊力の双方を兼ね備えた彼らは、この世界では最強の存在…それが十数人いる。
国王がどれだけ事を重大視しているかの現われであった。

”一国の領土が、例え小なりといえども魔人なぞに奪われるなど!”
”直ちに軍を派遣し、小生意気な者どもを打ち払うべし!”
”さよう、他国への示しがつかんぞ!”
面子や名誉などという益体の無いものをありがたがる者達の討議は、最初から結論が出ていた。
異例の速さで、『白い女魔人』どもを不可侵なるべき王国の土地より打ち払う為、『神聖討伐隊』が編成された。
王都を守る騎士団より選抜された、正騎士十数名と騎士団長ルトール。
騎士団所属の歩兵80名。
彼らの食料等を運搬する為に借り出された人夫他が300名。
騎士達の従者など数十名。
そして…
「なんでだ…なんで俺が…どうして…」
「やかましいぞ百姓」
ぶつぶつ呟くドグを兵士が小突いた。 彼だけではない。 ガフ、アマレットもいた。

折角逃げ延びたはずの彼らが『神聖討伐隊』に参加しているのは、無論自分の意志ではない。
ガフとアマレットはビスコタ伯の所へ、ドグは王都の近くの町の衛視所ヘ行って、それぞれ事の次第を伝えたのだ。
彼らは詳しい話を聞くという名目で禁足され、王都に連れて来られた。
そして、聴聞…というより尋問され、軟禁状態に置かれていた。
そして、『神聖討伐隊』が出発するに当たって無理やり連れて来られたのだった。

「見たことは全部しゃべったじゃねえか…俺まで危ない所に連れて来て…」ドグはまだぶつぶつ言っている。
その直ぐ側をガフとアマレットが歩いている。 こちらもあまり良い扱いは受けていないようだ。
「どう思う」ガフが呟く。
「さて…相手の正体が判然としないからかねぇ」
アマレットが首を傾げる。
「それとも…あたし達が生き残ったのに何か訳でもあると思っているのか…」
「うーむ」ガフが唸る。 ドグがぼやくのも無理は無い。

実のところ彼らが連れて来られたのはたいした理由ではなかった。
騎士団長ルトールはこの任務を喜んで受けたわけではなかった。
”化け物退治に…騎士を向わせるなど! 何という屈辱!”
”黙れルトール!勅命であるぞ! 王命をなんと心得る!”
”…”

傭兵は様々な戦いに赴くが、それでも結構受け持ちがはっきりしている。
例えばオルバン隊は、魔人、魔物退治に駆り出されることが多かったが、他にも町の警備が得意な隊、小規模な人間同士の争いにおいて力を発揮する隊などもあった。
そして正規の騎士団の場合、最も力を発揮するのは中から大規模な人間同士での戦であった。
これは単に専門分野が違うと言うだけの事なのだが、それぞれの組織を構成している人間の身分が関わってくると妙な偏見が生まれる。
曰く、平民中心の傭兵の仕事は卑しく、貴族が中心である騎士団の仕事は高貴にして神聖であると言うようにだ。
騎士の中にもそうした偏見を持たないものがいるが、どちらかというと少数だった。
そして、ルトールは多数派…それも身分とか血筋を重視するようなタイプだった。
それが、卑しい仕事(と当人は考えた)を押し付けられた…が断ることもできない。
せめてもの腹いせとばかりに、彼は武器の追加、兵士の増員とありったけの要求を出した。
もっとも、あまり過大な要求を出すと自分の評判も落ちるのだが。
そして、そのルトールの要求の中に『実際に魔人を見た者を、助言者として討伐隊に参加させろ』というのがあったのだ。
金の掛かる武器や、貴重な熟練兵を出す事に比べれば、農夫一人に傭兵二人を送り出すなど簡単な事である。
こうして自分達の事しか考えていない連中の為に、3人は再び呪われた地に向うことになったのだった。

(それにしても…大げさな。)ガフは思った。
村で起こった事は彼も聞かされていたが、村人は100人足らずしかいなかったはずだ。
女…とっくに終わったのも含めて、全員が魔人になったとしても50人そこそこ。
こちらは騎士こそ10数名だが、直接戦える男が100名はいる。 荷駄隊の人夫達も半弓の訓練を受けていて、戦いに参加できる。
(ふむ…となると色仕掛けか…いや、この人数じゃ無理だな。)
ガフはカルーア達がどう攻めてくるか、あれこれ考え出した。
(タコ…あれがいっぱいいたら…いや、それなら俺達の時に使っているな。 となると逃げるか隠れるか…)
ガフはの表情が曇る。
(まずいな。 騎士団長殿は短期決戦しか考えてないぞ…兵糧攻めにでもあったら…)
大軍の場合、補給もそれに応じて必要になる。 総勢で400名を越える討伐隊だ、手持ちの物資では一週間程度しか持たないだろう。
もちろん食料を運ばせればいい訳だが、相手もそれが判っているから補給隊を狙う。 人間同士の戦では当たり前の戦術だが、騎士団長は魔人がそれを使ってくるとは思っていないだろう。
ガフは自分の考えを伝えるべきか迷った。 
とにかく、伝えるだけは伝えようと、馬上の騎士団長に声を掛けようとするが、「傭兵、みだりに団長殿に近づくな」と回りを囲む兵士に乱暴に押し返された。
ガフは内心で舌打ちをし、表面上は愛想笑いを浮かべて団長から離れた。
「ガフ…辛抱だよ」「わかってる」
おかしなものである。 武装した同族な囲まれているのに、ちっとも安心できない。
ガフとアマレットは、自分達が捕虜になったような気がした。

村まで後僅かと言うところで、辺りに霞がかかったようになってきた。
「ちっ、霧がでてきたな」「団長殿、これは山に囲まれた地形では良くある気象です。 そもそも…」
団長の隣にいた、やせぎすの中年男がベラベラしゃべり出す。 団長は不穏な目つきで睨みつけるが、男は気づかずしゃべり続けた。
「…教務師殿。気象の講義はまたの機会にお願いする。おい!斥候を出せ。間もなく村のはずだ」
ルトールは、王都の学院から派遣されてきた教務師を黙らせた。
斥候は霧の中に消え、直ぐに戻ってきた。
「村はすぐ其処でした。しかし人影はありません」
「む…よし村に入る!今日はここで休むぞ!」
歓声をあげる者もいる。 ここまでかなりの強行軍できていたのだ。

討伐隊が村の中心に入ったとき、物見が声を上げた。「前!、左の屋根の上に影!」
皆がそちらを見た。 
「おおっ!」「あれか…子供みたいだぞっ!」
白い裸の少女が二人屋根の上から下を見ていた。
「キタ…イッパイ…」「知ラセナイト…キャッ!!」
誰かが少女達を射た。
二人は屋根から反対側に転がり落ちた。
兵士が素早く建物の向こう側に回りこむ。 と、大きな水音が二つした。
さらに何人かの兵士が走っていき、直ぐに全員戻ってきた。
「どうだ!」「はっ、川に落ちたようです。死体は見つかりません」
ルトールは頷いた。 そして馬上からガフ達をねめつけた。
「たいした相手ではないな」
ガフは拳を握り締めたが、結局何も言わなかった。

ルトールが命じる。
「皆、十分に休んでおけ。 明日は日の出前に出発し、昼前に森に入る。 日暮れ前には魔人どもを一掃する!」
兵士達が雄たけびを上げて応える。
と、誰かが言った。
「団長!奴らが怯えて出てこなかったら!」
ルトールはニタリと笑った。
「その時は…森ごと焼き払うまでだ!」

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