ミルク

10.奇襲


その夜、オルバンと傭兵達は教会の一室でティフィン嬢捜索の方針を話し合っていた。
「隊長よぉ、武器の仕度まであの坊やに手伝わせるこたぁねえんじゃねぇか?」とカイゼル。
「おびえていたからな。 やる事があるほうが気が紛れる。 それに少し疲れた方が眠れるだろう」
他の者が頷く。
(お嬢様の顔を知っている奴がいないと話にならん。悪いが付き合ってもらわんとな…)
オルバンは頭の中でルウに詫びる。

一方、傭兵隊の女戦士達、見習いの若い傭兵、そしてルウは納屋で明かりを灯して何かやっていた。
彼らは、村長が持ってきた鍬の柄に短剣を皮ひもでしっかりとくくり付けている。
「これ、槍ですか?」
「そうさ」女戦士が頷く。
若い傭兵…ボブと言った…は短剣の代わりに藁束を鍬の柄に縛り付けている。こちらは柄の長い箒のようだ。
「アマレット姐さん、これは?」ボブが訊く。
「火をつけて威嚇するのさ」
「火…」
「相手によるけどね。 結構使えるのさ」

作業を続けていると、今度は傭兵達がルウに話しかけてくる。
「ね。お嬢様ってどんな人」
「いい人ですよ。時々古い服をくれて『着て御覧なさい。きっと似合うからって』って言ってくれたりします」
一瞬全員の手が止まる、そして盛大に吹き出した。
「笑うことはないでしょ」ルウが口を尖らす。
「い、いや…ぶふふ…」
こうして、夜は更けていった…

翌朝、彼らは夜が明けきらぬうちに出発した。
ルウとドグの話を総合すると、馬車の襲われたのは村から歩いて半日ぐらいらしい。 朝早く出発すれば昼のだいぶ前に到着できるはずだ。
ガラガラガラ…荷馬車の車輪が騒々しい音を立てる。
「隊長…これじゃ見世物の行列ですぜ」カイゼルが渋い顔をする。
「この人数に素人が2人、目立つのは仕方あるまい」
「まぁそうですが…」
オルバンは悠然としているが内心は困惑していた。
(思ったより音が大きい…ボロい馬車だな)
しかし、馬車を置いて行く事はできない。不安を覚えつつ一行は村を出て、街道を進み森に入った。

……ガラガラ…お日様が木々の上に顔を出す頃になって、ルウがキョロキョロ辺りを見回しだした。
「この辺りか?」
「えーと…なんとなく見覚えが…」
「うむ、おいドグ。この辺りの地理はどうなっている?」
「ん、街道からは見えねぇが、大きな湖が一つある。あと小さな泉がそこかしこにあるな。見通しが利くのは湖の周りぐらいで後は一面の森だ」
「洞窟とか…猟師の小屋はないのか?」
「幾つかあった…ああ、そこの枝道の先に一つある」そう言ってドグは枝道を指差す。 道の先は森の中に消えていた。
「大した距離じゃねぇはずだ」

オルバンは、ココモと傷の傭兵に様子を見に行かせた。
ピーッ…ピーッ…少しして甲高い鳥の声のような音が響いた。
「鳥?」とルウ。
「これだよ」とマリブがルウに短い筒を見せた。「鳥笛だよ。夜や見通しの聞かない場所で合図に使うんだ。今のは『異常なし』…ああ帰ってきた」
二人が帰ってくると一行は再び街道を進みだす。
ガラガラガラ…荷馬車の音が木立に小さくなっていく。

一行が去った後、木の上に白い人影が現れた。 樹上で忍び笑いを漏らす。
「ウフ…人ガイッパイ…」「クスクス…」
「ソウネ…デモ、多スギル…」笑い声がやむ。
「…ドウスル…」ひそひそと言葉を交わす白い女達…
やがて、ザッ…ザザッ…白い影が地上に次々に飛び降り、滑るように木々の間に消えていった。

ガラガラガラ…
最初は緊張していた一行だったが、何も出てこない事もあり、気が緩んできて互いに軽口を叩いたりしていた。
ルウは男の傭兵達と女の傭兵達があまり言葉を交わさないのに気がついた。
(…仲が悪いのかな…)
そんな事を考えていると、オルバンが急に足を止め、その背にぶつかりかけた。
「わっ?」
オルバンは顔をひきしめ辺りを伺う。
「隊長?」ココモが怪訝な顔で呼びかけるが、オルバンが手で制する。
見ると、カイゼルや傷の傭兵も同じように辺りを伺っているが、マリブとボブ、女傭兵達は訳が分からないと言った顔だ。
「…鳥…」ルウが呟く。
「え?」とマリブ
「鳥の声がしなくなった…」
ルウの呟きで皆気がついた、森が静まり返っている。 そして、微風にのって微かな香りが…
フワリ… 「この香りは…『ミルク』?…」オルバンが呟く。
風は、彼らの向かう方からきている…と
ザッ…木々が大きく揺れ、街道の真ん中に一人の『白い女』が飛び降りてきた。
「おっ!」「出やがったか!」
すばやくソードを抜き構える傭兵達。 だが『白い女』と彼らの距離は50歩ほどもある。
「キャハハ!…」
女は何がおかしいのか、こちらを指差して笑っている。
「隊長?」マリブは弓に矢をつがえた姿勢でオルバンに対応をきく。 
皆の注意が、正面に向いたその時。
ザッ…ガッシャン…ブヒ−ン!!…「のわわっ!」「きゃっ!」
真上からさらに一人が飛び降りてきた。 
彼女は、慌てる一同には目もくれず、荷馬車を引いていた馬に飛び乗り、手綱をドグからひったくって馬の尻を平手で叩く。
ヒヒーン!!…ガッガッガッ…
馬は混乱し、『白い女』を乗せたまま走り出す。 しかし、荷馬車があるので其れほど早くない。 人が走るのより僅かに早い程度だ。
「待ちやがれ泥棒!!」
ドグが血相変えて馬車を追いかけ、つられてルウ、マリブ、傭兵達も後を追う。
最後に、少し遅れてカイゼルとココモが続く。 

サッ…ストッ…「おっ!?」
しんがりのカイゼルの達の背後に、さらに一人が飛び降りてきた。
カイゼルとココモは振り向いて足を止め、ソードを構えて女と向かい合う。
他の者達は、馬車を追いかけていき、みるみる距離が開いていく。
この女は、じっとカイゼルを見つめ…突然笑い出した。
「プッ…キャハハ。 髭!髭! 変ナ髭!!」
「な!なにぃ!」カイゼルの頭に血が上る。
カイゼルは女に駆け寄って、ソードを突き出す。
『白い女』は体を捻ってこれをよけ、森の中に走り込む。
「髭!…変ナ髭…キャハハ…」笑いながら逃げていく。
「野郎!女の分際で男の髭を笑うなぁ!」激昂して『白い女』を追うカイゼル。
「カイゼル!だめよ!皆と離れちゃ!」
「やかましい!俺に指図するな!」
そう言ってカイゼルも森の中に駆け込んでいった。
街道に残されたココモは、オルバン達の走っていった方とカイゼルが女を追って行った方を何度も見比べ、カイゼルの後を追い始めた。

ガサ…ガササ…
「畜生…どこ行きやがった…」
カイゼルは下生えに踏み鳴らし、茂みをかき分けて女を捜していた。
……………
森の中は静まり返りっている。 頭に上った血が引いて冷静になってみると、誘い込まれたような気がしてきた。
(仲間から引き離したのか? そんなに頭があるようには見えなかったが…む?)
クスクス…アハハ…微かな笑い声が聞こえた。
(また!…ん?)声の調子が違うような気がする。
カイゼルは、警戒しつつ声のする方に行ってみる。
一際大きな茂みがあり、笑い声はその向こうからのようだ。 水音もしている。
カイゼルは、四つんばいになって茂みの影から向こう側を伺った。

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