ミルク

9.PrettyBoy


宿屋の事件に続き、森に入った樵や猟師が行方不明となる事件が続発し、村は恐怖に包まれた。
村長はドグに続いて使いの者を町にやり助けを求めた。
幸いドグが会っていた傭兵隊が仕事を引き受けてくれた為、ドグ達は彼らを伴って四日後には戻ってきた。
しかし、その間に新しい事件が起こっていたのだった。

「やれやれ、やっと着いたか」村の入り口に差し掛かりドグは呟いた。
彼の後ろには、後から来た村の若い衆、そして、10人ほどの傭兵が続いている。 うち3人は女だが、彼女達はなぜか少し離れてついてきている。
彼らは同行してきたドグの案内で教会に入り村長から話を聞く事になった。

「さて…隊長さんは誰かのう」村長が傭兵達に尋ねる。
「俺だ。 名はオルバン」
そう名乗ったのは中年のがっしりした体つきの男だった。
その顔つきは意外に優しい。 しかしその眼差しの鋭さが、この男が歩いてきた人生の厳しさを物語っている。
他は、いかにも荒くれといった男達が4名、同じく強面の女戦士が3人、そして少々頼りなげな優男、少年戦士が一人といった顔ぶれであった。
「…オルバン? 聞いたことがあるのう…おお、『オルバン・カルーア傭兵隊』、聞いたことがあるわい。 お主らの事じゃったか」村長が膝を叩いて言う。
すると、オルバンが僅かに顔をしかめた。 他の者も表情を曇らせ、視線をそらす。
「あー、その通りだったんだがな…ついこの間、副長だったカルーアが隊を抜けちまってな」
「なに? そうじゃったか」
「ああ…で、宿屋にカルーアという名前の女傭兵が泊まっていたと聞いたんだが…」
「…カルーア…カルーア…うむ宿帳にはそういう名があったの」
(なるほど…もとの仲間が心配になりおったか…)
村長は一人合点し、改めて傭兵達を見渡す。
(おや?)
村長は傭兵達の表情の食い違いに気がついた。主力らしい4人の男傭兵は心配している表情ではない。むしろ、忌々しいといった顔をしている。
(…まぁいろいろあるのじゃろう。)
村長は深入りを避けることにした。 カルーアと彼らの間に何が会ったにせよ、それは彼らの問題だ。

「まあ、それはこっちの問題だ。 それで? 行方不明者が続出したと聞いてきたが? その後、どうなっている?」
「うむ…最初から話すとしよう」
そう言って村長は、傭兵達に宿屋の事件から話を始めた。

……………………………………………………………………

「…すると、都合10人以上がわずか2日で消えたと…」
「うむ。帰ってこん… まぁ宿屋の客はどこかに逃げていってそのままかもしれんが」
「少なくとも村の者は無事ならば帰ってくるだろうな…」オルバンが後を受ける。
その場にいた全員が考え込む。
「その通りじゃ」と村長が締めくくり、その場にいた全員が考え込む。

村長はしばし黙り、再び話し始めた。
「その後、村の衆は森はおろか外に出るのも控えておった。おかげで2日間は何もなく過ごしたんじゃが…」
「が?」オルバンが聞き返した。
「3日前に次の事件が起こりおった…」と村長。
思わせぶりな物言いに、皆が身を乗り出す。
村長は続きを話す代わりに、外に集まっていた村の衆にむかって手招きをした。
と、一人の女の子が歩み出てきた。 きれいな金髪をショートカットにした薄茶色の肌の美少女。
男物の旅装…それも、ボタンで前を止める高級品だ。 村の人間が着れる物ではない。
(ほぅ…いいとこのお嬢ちゃんか?)
「そのお嬢ちゃんは?」オルバンが聞く。
するとその子は口を尖らせて「ぼく、男です」と言った。
もっとも声変わりがまだなのだろう、高い声はやっぱり女の子のようだ。

オルバンは苦笑した。
「悪い、悪い。 あんまり可愛い顔をしているんでな」
「…まあ、いつものことですけど」そういってぷうっと頬を膨らませる。
その仕草を見て傭兵達がふきだした。
そして、少年が事件ついて話し出す。

少年はルウと名乗った。 
彼は、この村を含む一帯を治めているビスコタ伯の娘ティフィン嬢付きの下男だという。
3日前のことだ、彼は王都に向かうティフィン嬢のお供として一緒の馬首に乗っていた。
そして、問題の森にさしかかった時、それに遭遇したのだった…

ガラガラガラガラ…馬車の車輪が音を立てて回る。
普段は人か獣しか通らぬ森の中の道を、馬車が上下細かく揺れながら走って行く。
ルウは馬車酔いに苦しみ、窓から頭を出して風に当たっていた。
(うー…気持ち悪い…あれ?…)
妙な臭いがしたような気がした。 注意深く、風の臭いを嗅ぐ…
(…ミルクの香り?…)
首を傾げるルウ、同時に。
ズザザッ!!  木々の陰から『それ』が姿を現し、馬車の行く手を遮った!

「どんな奴だった」オルバンがルウに聞く。
「…白くて…大きくて…フニャフニャ動いてました」
「…よく分からんな」オルバンは首を捻る。
傭兵の一人、線の細い優男がルウに質問する。
「ルウ君、君の知っている物で何か似たものはないかい?」口調は他の傭兵より丁寧だ。
「…んーと…そう、女の人の…おっぱいみたいに見えました。色は白かったですけど」
…………
一瞬の間があり、傭兵達が爆笑する。
「…は…ひ…なんだぁそりゃ!…」
「お…お…おっぱ…ガハハハハ!…」
「ぷぅ」むくれるルウ。

オルバンと質問した若い傭兵は笑わなかった。
「それは、巨人の女が出てきたと言う意味かい?」
「いえ…その『おっぱい』だけが這いずって出てきたような…」
………傭兵達の笑が静まり、皆の表情が真面目になってきた…
「マリブ。 どう思う」「白いスライムでしょうか…でも『ミルク』の匂い…見当がつきません」
オルバンは考え込む。
「俺も聞いたことがない…それで?」オルバンはルウに話の続きを促す。
「狭い道なので馬車が回せなくって…それでティフィンお嬢様と御者のオルドリンさんとで馬車を捨てて逃げたんです」

ヒヒーン! 背後で馬の悲鳴が聞こえる。 『おっぱい』に襲われているらしい。
3人は道なりに必死で走った。と…
「マテェ!」「キャハハ、マテェ!」
背後から人の声らしきものがする。
振り返ると遠くなった馬車の辺りに白い人の形をしたものが2つ見えた。
それが追いかけてきた。

「白い人…人の肌は茶色だなぁ」「北のほうには色の薄い人もいますが…村長さん、この辺にそんな妖精とか…魔人とか住んでますか?」
村長は激しく頭を横に振る。
「そんなの聞いた事がないぞぇ」
村長は『白いおっぱい』の魔物のことに気を取られていた。 それで白い人と『ナインテ−ルの白い女神』の話を結び付けて考えなかった。
「あの…話し続けてもいいですか?」
「ああ、悪い」

必死に逃げる3人。 しかし…
「ハァ…ハァ…駄目…もう走れない」普段走ったことなどないティフィン嬢が直ぐに音を上げた。
「お嬢様!…仕方ない…ルウ」御者がルウに声をかけた。
「は、はい!? なんですオルドリンさん!」
「お前は先に走って逃げろ!そして助けを呼んで来い!」
「はい!…でも、お嬢様とオルドリンさんは?」
「俺達は森に隠れて助けを待つ。 頼むぞ!」
「は、はい!」
こうしてルウは一人で逃げた。 そしてこの村にたどり着いたのだった。

「…ということなんです…どうしました?」
「…いや」オルバンが険しい顔をしている。 いや、ルウ以外の全員が気が付いていた。 オルドリンがルウを囮に使った事に。
(もっとも残ったほうが安全とは言い切れん。 あながち間違った判断とも言えんが…)
オルバンはじっとルウを見る。
女の子と間違えたほどの可愛い顔立ちの美少年…もし自分がその立場だったら…
(うーむ…)

「あの…」ルウがオルバンに声をかける。
「ん?」
「お嬢様とオルドリンさんを…助けてください」
「うむ…村長?どうする?」
「…もちろん『白いおっぱい』と『白い人』を退治して欲しいのですが…まずは伯爵令嬢の救出をお願いしたいのじゃが」
「とすれば依頼は2つだ。 料金は倍になるぞ」
「そんな!」
「仕方あるまい。伯爵令嬢を救出に行ったついでに魔物…とは限らんが…退治はできん。我々にも、令嬢にも危険が大きい」
「う…しかし…これだけの人数がいるのだから…」
「令嬢が五体満足で、道端に倒れているのならな」
「…」
「そうそう、それにその森って広いんだろう。 もっと人手がいるよ」女傭兵の一人が口を挟む。
「ココモ、てめぇが口をはさむんじゃねぇ!」ひげの傭兵が女傭兵を怒鳴りつけた。 女傭兵はひげ傭兵を睨み返す。
「ココモ、俺が話している時は黙っていろ。カイゼルも怒鳴るな」オルバンが静かな声で言う。
ココモは不満そうな表情を消し、言われたとおり黙り込む。

オルバンは再び村長と話す。
「村長、あんたの言うとおり令嬢救出を優先する。まずは全員で行って令嬢を救出する。いいな」
「む…」村長はまだ不満そうだ。
「そうしないと…あんた伯爵に会わせる顔がないんだろう?」オルバンが村長の顔色を探りつつ言う。
村長が黙る。 宿屋と森の事件について、まず領主である伯爵に連絡すべきだったので。 それを怠り、しかも其れが原因で伯爵令嬢に危害が及んだわけだから…
「どちらにしても…只ではすまん…わかっておる…」村長は暗い顔で応える。 そして大きく息を吐く。
「令嬢救出が優先じゃ…支払いは何とかする…」
オルバンは頷いた。
「それと村長に用意して欲しい物がある」
「なんじゃ?」
「鍬や大鎌の柄、麦藁の束を用意してくれ。それに荷馬車を3つ」
「荷馬車じゃと?おい…」
「楽をする為じゃない。お嬢様が見つかったとして、自力で動けなかったらどうする。それに、大勢行方不明になっているんだろう?見つけたらできるだけ助けないとな」
「うむ…しかし荷馬車は1つしかない。貧乏な村じゃでの。 それに農耕馬しかおらん」
「しかたない。いざとなれば囮に使うぞ」「こりゃ!村の財産じゃぞ!」「領主様のご令嬢の命が掛かっているんだろうが」「くっ…」
村長は悔しそうに黙る。
「それと…」
「まだあるのか」
「森の地理に明るい奴を道案内に頼む」
「ああ…ドグ」「そ、村長!」「酒なぞかっくらっておるからじゃ」「そ、そんな」
村長とドグはしばらく言い争っていたが、他にも弱みがあるの、最後はドグがしぶしぶ頷いた。

ルウはオルバンに深々とお辞儀をする。
「お願いします。お嬢様を助けてください」
「ああ…だが」
「はい?」
「悪いが、一緒に来てもらうぞ」
ルウが目を丸くする。
「え? えーっ!」
思わず口を両手のこぶしで隠すルウ。
(おやおや…こいつは。)
また苦笑するオルバンだった。

【<<】【>>】


【ミルク:目次】

【小説の部屋:トップ】