ともしび

34.消火完了


二つの『魂のともしび』は人の形を失い、その下の大ロウソクも解け崩れていく。そして薫と委員長、その体が湯面に

浮かび上がった。

「…」エミは羽ばたきを緩めず、きびしい視線を二つの炎に注ぐ。

ついにロウソクが崩れ去り、『灯芯』がむき出しになった。

『灯芯』は、『魂のともしび』の燃えている側を頭にして蛇のようにうねっていたが、やがて薫と委員長の口に滑り込んで

いった。

「うっ…ごほっ…」「あう…」二人が同時に息を吹き返す。

はぁー… エミは大きく息を吐いて肩の力を抜いた。 同時に羽ばたきを止めて、羽をたたむ。

浴槽を満たしていた『白い湯』が見る見るうちに減っていき、あちこちでミイラの様になった男たちが姿を現す。

「死屍累々…と一応生きてはいるようね」眉をしかめ、浴槽に歩み寄るエミ「さて…この後は『灯芯』を吐き出させる

のかなっと…!?」

委員長と薫が目をかっと開いた。 瞳の奥に『ともしび』が妖しく燃えている。

「まだっ!?」慌てて飛び下がるエミに委員長が顔を向けてくわっと口を開き、そこから何かを吐き出す。

「!?」

獲物を狙うように飛び来る一条の白い糸、『灯芯』がエミの左手首に巻きついた。

「うっ!?ち、力が」 『灯芯』が巻きついた左手が痺れ、手首から先に力が入らない。

「くぬっ…」二の腕に力を込めて『灯芯』を手繰るエミ、委員長との間で『灯芯』がピンと張る。

ぐるるるる… 委員長は唸りながら、歯で『灯芯』を噛み上目遣いにエミを睨む。

「このっ…あっ!待ちなさい!」

エミが委員長と対峙している隙に、薫が四つんばいになって逃げた蛍達を追いかけていった。 その様子は大きな蜘蛛の

様であった。


敬は蛍に上着を掛け、右から肩を貸していた。 油山は反対側から支えている。

暗い通路では、蛍の体がほうっと光っているのが判る。

油山は敬に問いかけるように視線を投げかけたが、敬はすまなさそうに首を横に振る。

(ありゃさっきの女も警官じゃないな…これでいいのだろうか) 

油山は、ちらりと蛍を見た。 泣きそうな顔をしていて、薄い桃色の唇から謝罪の言葉らしきものを呟き続けている。

「まあ仕方ないな。可愛い女の子を助けるのは男の義務ってもんだ」と口に出してしまった。

敬が油山の言葉に小さく噴出す。 その時。

ペタッペタッペタッペタッ… 敬たちの背後から足音ともなんともつかぬ音が迫って来た。

油山と敬はそろって振り返る。

「であっ!?」「先生!?」

髪を振り乱し、目を光らせた薫が四つんばいで通路を這って来る。

その速度は、歩けない蛍がいる3人より確実に速い。 敬と蛍の顔に恐れと焦りが浮かぶ。


(ちっ…) エミも焦っていた。

蛍から二人を切り離した所までは予定通りだったのだが…

(こんなになるなんて聞いてないわよ…手遅れだったの?…いえ、『魂のともしび』は体の中に戻っている)

『灯芯』は委員長の口の奥に消えている。 エミが考えた通り『ともしび』が燃えていたのはその先だ。

(このまま『灯芯』を切ればいいはず…ミスティの言った事が本当なら…)そう考えた途端、一抹どころか物凄い不安に

襲われるエミ。

(でも他に手はない…)

エミは覚悟を決め、くいっと左腕を引く。 

ぎっ… 委員長がその分前に出る。 警戒しているのか飛び掛ってくる様子はない。

(感触からして引きちぎるのは難しい…となると)

「しっ!」 エミは委員長を威嚇しながら、右手で腰のポーチを探り、使えそうな道具を選び出す。

(よしこれなら…隙を見て一撃で決めないと…)

右手を腰に宛がったエミは、『灯芯』の巻きついた左手を前に突き出して背筋を伸ばし、欲望の獣となりかけている

委員長を見据える。


油山は後にその時の事を思い出すたび、自分の行動を不思議に思う事になる。

油山は蛍を支えていた腕を放し、敬と蛍を背後にかばうような位置に体を置いた。

「その子を連れて逃げろ」(うっ、俺ってかっこいい)

「えっ?」

「急げ!」

敬は迷ったが、すぐに蛍を引きずるようにして出口に向かいだした。

油山は、迫ってくる薫を取り押さえようと低く構えた。

かっ!… ビュルルルル!!… 薫の口から『灯芯』が迸る。

「のっ!?」 『灯芯』が油山の腹を叩いた。 そして意思有るもののようにズボンに滑り込む。

「わわっ!?」 細い蛇の様に、パンツの中に滑り込んでくる『灯芯』、それが油山の男性自身に巻きつく。

彼にその感触を不快に思う暇は与えられなかった。

「うぁぁぁぁぁぁ!?」 滑った感触が、縮こまった陰茎に螺旋の感触を刻みつつ、油山の股間を捕まえた。

音を立てそうな勢いでイチモツが膨れ上がり、飛び出した亀頭が滑る蛇のとぐろに呑み込まれた。

『灯芯』は一瞬静止した後、逆方向に戻りながら、弱い所を的確に責め上げ、油山自身を熱い精のマグマで溶かして

しまった。

油山の足腰から力が抜け、膝を折って仰向けにひっくり返る。

逆さまになった視界で、淡く光る蛍の頭と足が四角い闇に出て行くのが見えた。

最後の格好つけとばかりに、こちらを見た敬のに向けてサムアップして見せた。 (敬からはサムダウンに見えた訳だが)

次の瞬間、奇妙に生ぬるい快楽が股間に、そして全身に溢れかえり、男根が心地よく脈打ちだす。

ビュクビュクビュク… ヌルヌルした快楽の証は、下着を汚す事も無く『灯芯』に吸われ、薫に吸い取られてしまった。

ヒクヒクと快感に悶える油山を乗り越え、薫は二人を追う。


「敬…」

「なんだい…」

「もういいよ…ボクを置いて…むぐぅ」 敬が蛍の口を自分の唇で塞ぐ。

「…ぷはっ」少し照れる敬「逆の立場なら?置いていけないよ…ね?」

「敬…」嬉しそうな蛍。

ようやく体育館の裏口から出た二人は、二人三脚のような動きでひょこひょこと逃げて行く。

幾らも行かないうちに薫が裏口から出てきて蛍達を見つけた。

かっ! 口から吐き出された『灯芯』が一直線に飛んで蛍の細い首に巻きつく。

「くっ」 蛍の体が硬直した。

『薫の灯芯』が、『蛍の体』に潜り込んでそれを奪おうとしている。

敬は空いている手で『薫の灯芯』を掴んだ。 しかし。

「あっ?」 ネットリとした妙な感触がしたと思ったら、手の力が抜けていく。

「駄目…」蛍が苦しそうに言った「それに触るとそこから精気を抜かれる…」

「蛍!」敬は焦って蛍と薫を交互に見た。

そして、薫の背後に新たな人影を見つけた「あれは、さっきの人!?」

最初は油山かと思った。 しかし、良く見ると敬の知らない人、それは川上刑事だった。 彼はエミの様子が気になり、

後をつけて来たのだ。

「警察の者ですが…」背広の男は手帳を差し出しながら言った。

当惑した様子で三人を見比べる「何をしているんですか?」

薫が男を睨んだ。 シャー!! 蛇のような声で威嚇する。

「おい?」男が半歩下がる。

「助けて!」敬が男に言った「お願いです!その糸を切って!」

「何?」男は不審げに敬を見る。もう一度差三人を見比べて、糸を掴む。

「むっ!?」彼は敬が感じたのと同じ違和感を感じ、慌てて手を離した。

一瞬考え、拳銃を取り出した。

「切るぞ!」敬に言うと、至近距離から『灯芯』を撃った。

ターン! 乾いた音がして『灯芯』が切れ飛ぶ。

「キ…いぁぁぁぁぁ!」薫が悲鳴を上げ、弾かれたように立ち上がった。

頭を両手で押さえ、よろよろと後ずさる。

ガン! ゴトン! 体育館の裏口脇に立っていたガスボンベに縋りつき、一緒に倒れてしまう。

「これは…いったいどういうことなんだ」川上刑事が拳銃をしまいながら敬に聞く。

「中に…体育館の中にまだ二人…いえ三人…あっ、もっといます」敬は蛍の首に巻きいた『灯芯』の残りを解きながら

言った。

「一人はその人と同じような事になっています。急いで助けに行かないと。その後で説明します。」

「む…」川上刑事は一瞬考え込んだ。

「判った。その前に彼女と」川上刑事そう言って蛍を見た。「あの女性を中に運ぼう。裸で外には置いておけない」

そう言って川上刑事は薫を背後から抱える…が足が引きずる。

「おい君、足を持ってくれないか」川上刑事が敬に言った。 蛍を介抱していた敬は、戸惑ったように蛍と川上刑事を

見比べた。

「行って」蛍が体を起こしながら言った。「ボクは後でいいから」

「うん…」敬は蛍の顔に手を添えた「すぐ戻るよ」

そして敬は川上刑事を手伝う為、蛍のそばを離れた。


ターン! 銃声はエミ達にも聞こえた。

キッ? 委員長が音のした方を見た。

(今!) エミの右手が銀色の弧を描いた「必断!ネイル・クリッパー!」

チキッ! ブツリ… 軽い金属音がして、『委員長の灯芯』がエミの左手の先で切断された。

「!」 委員長は弾かれたように後ろに倒れ、糸を咥えたまま意識を失った。

エミは右手の先に持った物をくるりと回し、手のひらに収めた「日本名、爪切り…」

左手の『灯芯』を解きながら委員長が生きている事を確かめた。

「向こうの気配も消えた…何があったのか知らないけど、あちらも片付いたようね」

バスタオルを捜してきて委員長にかけてやりながら呟いた 「皆、無事だといいけど」

その時だった。

ズーン!! 裏口で何かが爆発した。

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