ともしび

29.燃え上がる二人と…眠れない女


”救いたい…” 『蛍』の表情が凍りつく ”ボクを…”

敬が頷いた。

「蛍。君はこんな事を望んでいない…」 自分に言い聞かせるように敬が言った。 「そう言ったよね…」

”敬…うっ…” 『蛍』は言葉を詰まらせ、自分の体を抱きしめるようにして下を向き、その姿が大きく揺らめく。

”…クッ…ククッ…” 低く笑いながら顔を上げる『炎の女』…その顔は『薫』に変わっていた。

”貴方こそ正直になりなさい…自分の欲望に…ねぇ…” ねっとりとした口調で誘う『薫』

『薫』は足を広げて女を見せ付ける 女の形の炎が妖しく揺らめき、敬の顔に欲望の陰りを映しこむ。

”貴方の…望むままに…” 『薫』の囁きが敬の背中を押す。

「…」敬は無言で浴槽に踏み込んだ。

ふくらはぎまでがねっとりとした湯にズブリと沈む。

ククッ… 『薫』は含み笑いを漏らし、敬に手を差し伸べる。 ”そうよ…さあおいで…”

白い欲望の泥沼の中を、敬は黙々と歩を進める、誘蛾灯に引かれる虫のように。


「…」敬が歩みを止めた。 

彼の眼前で『薫』の形の炎が激しく燃え盛って、彼を誘う。 ”おいで…熱くはないから…貴方は私の炎で蕩けさせてあげる…”

敬は誘われるままに手を挙げ、『薫』の…『炎の女』の女の秘所に両手を伸ばす。

”ふふふっ…えっ?” 『薫』の声が戸惑いに変わった。

敬の手は『炎の女』の女性自身に深く差し入れられ、その奥…絡み合う3つの『灯心』をほどき始めていた。

”あ…あなた!?” 『薫』の驚きをよそに、敬は黙々と『灯心』をほどき続ける。

”どうして!?…やめなさい!?…やめて…” 『薫』が敬に命令する、しかし敬はやめようとしない。


実は敬は正気を保っているわけではなかった。 彼は自分の欲望、「蛍を救う」事を実行しているだけなのだ。

(蛍…救う…蛍…救う) 敬は頭の中で繰り返し、夢遊病者のような手つきでのろのろと、しかし確実に作業を進める。

そうとは判らない『薫』はあせるばかりだった。


バラリと『灯心』の先端が解け、3つに分かれた。 

同時に『薫』が小さく叫び、そ形が崩れて、『薫』、『蛍』、『委員長』に分かれる。

(…蛍…) 敬はぼんやりと考えながら、『蛍』に繋がっている『灯心』を掴み、力いっぱい引っ張った。


”きゃあ!” 悲鳴を上げて『蛍』が灯心ごと敬の胸元に飛び込んできた。

もつれ合って『湯』の中に倒れこむ二人。

「うわっぷ!」敬は手を突いて体を起こす。 ようやく正気に戻ったらしい。

その傍らで、『蛍』の炎は白い『湯』を集めて、白い少女の肉体を形作る。

「あいたた…ボクを殺すつもり!」 口を尖らせて文句を言う蛍。

「ご…ごめん…」頭をかいて謝る敬。「…蛍…戻ったの?」

「うん…やったね」にっこり笑う蛍。「ありがとう。敬」

「立てる?」 肩を貸して蛍を立たせる敬。


その二人の背後で、白い湯の中から柱の様なものが2本せりあがってきた。

気配を察して振り向き、息を呑む敬と蛍。

それは少し細くなったロウソク。 その上で炎が、『薫』と『委員長』が揺らめいている。

「先生!委員長!?」 敬が二人に声を掛けたが応えようとしない、異様な程の無表情で敬と蛍を見つめている。

「遅かった?」敬が唇をかむ「二人とももう戻れないのか…」

「いや…まだボクがここにいるから…だと思う…」蛍が少し苦しそうに言った。

「蛍?」敬が心配そうに声を掛ける。

「二人が…ボクを呼んでる…」

はっとして敬は『薫』たちを見た。 彼女たちが見ているのは敬ではない、蛍だ。


”蛍ちゃん…一人だけ抜けようなんて駄目よ…” 『薫』がニタリと笑い、輝きを強める。

”そうよ…私達をこんなにしておいて…もっと…しましょう…” 『委員長』の炎が自分を慰めながら激しく彩りを変え、浴場全体に妖しい光の

波を作り出す。

「蛍…」敬が困惑して蛍を見た。

蛍の右手がささやかな膨らみ掴み、左手が蛍自身にのびる。

「敬が欲しい…駄目!」蛍は何かを振り払う様に激しく頭を振る「いや…敬が望んでいない事をするのは嫌!」

敬は背中に蛍を背負うと、二人から離れようとする。 しかし足が動かない。

「くっ!?」下を見れば、『湯』が半ば解け崩れた『薫』や『委員長』となって敬の足にすがり付いている。

敬は力を込めて足を引き抜き、一歩、一歩と『薫』達から離れようとする。

しかしその為に、蛍の背中が『薫』達にさらされた。

『薫』と『委員長』は視線を交わし、炎の輝きを強める。


「あ…ぁぁぁ」 蛍は背中から熱い欲望が染み込んで来るのを感じた。 全身が熱くなり狂おしい程の欲望が巻き起こる。

「敬…敬…」背中の蛍が熱っぽく囁き、細い手を襟元に差し込んで来た。「敬…欲しい…」

「蛍!!」敬が怒鳴ると、蛍はビクリとし慌てて手を引っ込めた。

「くっ…蛍を狙ってくるなんて…」はき捨てる様にいう敬。

(敬…敬…) 蛍は意識が朦朧としてきた来た。 目の前で敬の頭が、うなじが揺れている。

ペロリ… 

「ひぃ!…蛍…」 敬が振り向く。 目の前に潤んだ瞳の蛍の顔…そして桜色の唇が敬を求めてくる。

「蛍…む」 ついばむように触れ合う二人の唇。 それでも敬は必死で足を動かす。

ズルリ… 再び襟元から滑り込む蛍の腕。 濡れた指が敬の乳首を探り、抉る。

「くっ」

「敬…ここがトクトク言ってる…」 熱に浮かされた様な蛍の囁き。

敬は大きく足を踏み出した。 すらりとした蛍の足が、股間に滑り込み、太ももがズボンの上から敬を摩った。

「!」

敬の体は蛍を求め、男性自身は蛍と交わることを欲し、熱く猛っていた。 そこに蛍の足の不意打ち。

敬のズボンの中が熱いたぎりで汚された。 続いて猛烈な脱力感が襲う。

敬はつんのめる様に倒れ、湯の中で四つんばいになった。

はぁ…はぁ… 両手を突っ張って息を整えようとする。 

その背中で蛍が熱い喘ぎ隠そうともせず、手を伸ばして敬の手に重ねる。


「蛍…」 首を捻って蛍を見た敬は敗北を悟った。 蛍は熱っぽい瞳で敬を見つめ。 激しく唇を合わせてきた。

熱く脈打つ液体が首筋から背中に、両腕に流れていく。

背中で蛍の体が蕩け、敬を包み込もうとしているのだ。

「敬…ごめん…」 微かに悲しそうな表情になる蛍。

「仕方ないさ…蛍・・・」敬は黙って首を縦に振って微笑む。「…好きだよ」

ぱっとうれしそうな表情になる蛍。 

次の瞬間蛍の形が崩れ敬を完全に包み込む。

(あっ…) 蛍の匂いと温もりが世界の全てとなり、敬の意識が闇に沈み込む。

そして、敬は白い人型となって湯に沈んだ。

『薫』と『委員長』は満足そうにそれを見ていた。


同じ頃・・・敬と蛍が出会った滝。

その裏の洞窟から、ジョーカーことエミが出てきた。

夜のうちにここまで移動して、洞窟の中にあった祠を調べていたのだ。

「収穫なし…か」 空を見上げ、東の空が白んでいるのに気がついた。

「完徹…」 肩を落として首を左右に振る。 「なんでこんな事してるんだろう、わたし」

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