ともしび

28.油漏れ


油山は目をしっかり閉じたまま、ただひたすらに壁を探っていた。

手が何かに触れる度にそれを引き、捻り、押す…延々とそれを繰り返す。 この悪夢から逃れる為に。

不意にカチリと音がして、手で探っていた壁が動き、むっとする夏の風が頬を叩いた。

(窓だ!ここから出られる!)

油山は大きく窓を開けると、窓枠に手をかけ頭から飛び出すが…

ガン! 頭の天辺に衝撃を感じ、背中から床に倒れた。

はずみで目を開けた油山は、開いた窓の向こう側に鉄格子が入っているのを見つけて絶望する。

「畜生!これまでかよ…」

生ぬるい風が、裸で口惜しがる油山の上を抜けていく。


「いい…ぬ…お…おおおっ!?」 

快楽に溺れかけていた枯草は、突然正気を取り戻し、辺りの様子を見て愕然とする。

巨大な女体の秘所に胸まではまり込み、肉襞がビラビラ動いて鎖骨の辺りを嘗めまわしている。

「うわぁぁぁっ!?」

体を抜こうするが、女の柔らかい体に手が潜り込んでしまいうまくいかない。

一方、『炎の女』は枯草が暴れだしたのに驚いた。

”どうして?…捕まえていたはずなのに?”

「し…知るかぁ…」 
さっきまでは意識が朦朧としていたが、今ははっきりしている。 もっとも下半身に纏いつく肉の感触も鮮明になったよう

だが。

枯草は頬をなぶる風に気が付いた。 「風…どこからだ?」 首を捻って辺りを見回す。

「枯草さん!」 窓の所に倒れていた油山が、枯草に気が付いた。「大丈夫ですかぁ!」

「油山!おおっ?」枯草は辺りの景色が大浴場に戻っている事に気が付いた。


『炎の女』は視線を油山に移した。

”仕方ないなぁ…君もおいで…ボクと遊ぼう…” 手を広げるような仕草で油山を誘う。

しかし、油山は首を横に振って近寄らないろうとしない。 どういうわけか『炎の女』の幻惑されなくなったようだ。

「むっ?」 

枯草は『炎の女』の姿が揺らめいているのに気が付きはっとした。(風だ!)

枯草は油山に向かって叫ぶ。 「油山ぁ風だ!」

「か…風?」

「そうだ、風で炎が揺れてる!きっとそのせいだ!」


油山ははじけるように立ち上がり、別の窓に取り付くと次々に明けていく。

ネットリとした風が吹き込んできて、浴場で渦を巻き『炎の女』の形を崩していく。

一方枯草は、今が好機とばかりに必死でにもがく。

『炎の女』は険しい目で枯草と油山を見比べ、枯草の方に視線を止めた。

”逃がさない…”

ニュル…ニュニュニュニュ…

「うあっ!?」 突如、女陰が活発に動き出した。

下半身や男根は言うに及ばず、胸、腹、乳首、へそ、ありとあらゆる所をに吸い付き舐め回す。

「ぬぅっ! ああああ…」

そのおぞましくも妖しい感触に、枯草の体が硬直する。

「やめて…うぁ…」

全身を包み込む快感に痙攣するように震える枯草を、女陰がじわじわと呑み込でいく。

「枯草さん!?」 油山は枯草を助けようと浴槽に近づくが、白くうねる『湯』を前にしてたたらを踏む。

「駄目だ…気色よくて…力が入らない」 喘ぐ枯草。 「に…げ…ろ…むぅ」

陰唇が擦り寄るように枯草の顔を舐め始め、枯草の視界が切れ切れになる。 

こうなれば、『炎の女』の力が半減していても関係ない。

枯草は、意識が悦楽の泥沼に沈み込んでいくのを感じた。

「と…溶ける…溶けてしまう…」

”てこずらせないで…” 彼の耳に『炎の女』の声が聞こえる。 ”さあ…ゆっくり味わって…”

体を包み込む濡れた肉の愛撫が世界の全てとなり、枯草の全身から抗いが消うせ、そして枯草も彼女のものとなって

いく。


油山は唇をかんで、枯草を呑み込んだ女陰を見た。

「すみません!」女陰(の中の枯草)に頭を下げ、出口に向かって駆け出す。

『炎の女』は首を回し、目だけで油谷を追う。

時折『湯』があふれ出して油谷の足元を狙うが、彼はうまく避けて浴場の出口にたどり着く。

まさに手をかけようとした瞬間、ドアが開く。

「わわっ!?」「でっ!?」

開いた扉の向こうに一人の少年…敬が立っていた。


一瞬お見合いしていた二人の耳に、誰かの喘ぎ声が聞こえる。 枯草が堕ちたらしい。

「い、いかん」油山が我に返る。「おい、ここには化け物が居る!逃げるんだ!」

「化け物…」敬は押し黙る。

「説明は後…おい!?」

敬は油山の脇を抜けて、浴場に飛び込む。

「馬鹿野郎!」油山は敬の背中に声を浴びせた。 一瞬の躊躇の後、くるりと向きを変えてその場から逃げ出す。

裸足の足音が、暗い体育館の中に消えていった。


”ああ…敬” 『炎の女』の顔が蛍に変わった。”来てくれたんだ”

『蛍』は嬉しそうに手を広げる。 ”来て…”

さっき油山が開けた窓は、『湯』から生み出された『薫』や『委員長』によって閉ざされていた。

もう彼女と敬の間を邪魔するものは何も無い。

敬は固い表情で浴槽の縁に立った。 

彼の足元で『湯』様々な形に…口には出来ないおぞましい女の欲望の形を作って敬を誘う。

”さぁ…望みを…” 熱く囁く『蛍』。”君の欲望を…見せて…”

「蛍を救いたい」 敬がきっぱりと言った。 「それが僕の望みだ」 

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