ともしび

23.石炭…


不意に石炭は足首に鈍い痛みを感じ、続いて体全体に強い衝撃を感じた。

「うぐっ!?」 衝撃はすぐに痛みに変わった。

石炭は手を突いて立ち上がり、幸せな夢を破った無頼の輩に怒りの拳を振り上げた。

「おわっ!? おい石炭、しっかりしろ!」

「なにぃ!…枯草?」

「枯草じゃない!」

石炭が殴りかかっていたのは枯草と油山だった。 二人とも太ももの辺りまでが白く濡れている。

「『おっぱい』に乗っかったと思ったら、様子がおかしくなったから引きずり降ろしてやったんだ!」 こちらも半分怒りな

がら枯草が言う。

「そ…そうか…悪かった…」ようやく謝る石炭だが、心の底にまだもやもやしたものが残っていた。


ひぐぅ… 異様な声に3人ははっとし、声の主の様子を改め、凍りついた。

紙谷は肩の辺りまで白い『乳房』にズッポリ呑み込まれ、彼の頭が乳首の位置に来ていた。

紙谷の正面の辺りから、女体の上半身が生えて豊かな胸に紙谷の頭を抱え込み、甘い声を上げている。

紙谷は全身を走るさざなみのような愛撫に目を細め、目の前の女の乳房を赤ん坊のように吸い、乳首に舌を這わせる。

女が腕に力を込めると、紙谷の顔が谷間に隠れ、後頭部しか見えなくなった。

そのまま女は前のめりになって紙谷の頭に圧し掛かり、次第にその形が崩れていく。

「か…紙谷」

女は『乳房』に溶け込んでいき、『乳房』は元の形を取り戻した… しかし紙谷の姿は見えない。

ふぐふぐふぐ… 幸せそうなくぐもったうめき声が残し、紙谷をは完全に『乳房』に呑み込まれてしまった。

3人は声も無く立ち尽くす。


”お待たせ” 

はっと顔をあげる3人。 『乳房』の向こう側、大ロウソクに座っている『炎の女』がこちらを見ている。

”さぁ…お望みは?” 『炎の女』が揺らめきながら足を広げた。

3人は意識を引きずり込まれる様な感覚に襲われ、期せずして一斉に回れ右をする。

「枯草…」「枯草さん」石炭と油山が枯草を見た。

「…仕方が無い」搾り出すように枯草は応えた 「逃げよう」

しかし、背を向けていても『炎の女』の煌きは浴場のそこかしこに反射し、気を抜けば意識を持っていかれそうになる。

3人はぎくしゃくと手足を動かし、一番近い扉に向けて逃げ出した。

”ねぇ…おいでよ…ボクと…ボク達としよう…”

女の囁きは甘く耳に絡みつき、ともすれば足が動かなくなる。

誰かが止まりそうになると、他の二人が叱咤激励する…そんな事をを繰り返し、僅かな距離を長い時間を掛けて、

ようやく3人は扉にたどり着いた。

ステンレスの扉を開け、中に転がり込んで扉を閉める。 『炎の女』の煌きが遮られ、辺りが闇に包まれ、てようやく

3人は自由になった。

「た、助かった」油山が床にへたり込む。

「きっと追いかけてくるぞ」と石炭「早く外に」

2人は石炭の言葉に頷いたが、すぐに困ったことに気が付いた。 3人とも裸なのだ。

「このままじゃ外にはでられませんよ」と情けなさそうに油山。

「そんな事を言ってる場合じゃ…あれ?」石炭が辺りを見回し首をかしげた「ここは何だ?」

枯草と油山も辺りを見回す。 闇に目が慣れてきてようやく辺りの様子がわかるようになっていた。

「シャワー室か?」枯草が言ったとおり、其処は大きなシャワー室だった。「第一この建物は?」

そう言われて他の2人も自分たちが何処にいるか判っていない事に気が付いた。 彼らは『赤い女』に半ば操られる

ようにして連れて来られたのだから。

油山が扉を守り、枯草と石炭が着るものと出口を捜す。

「駄目だ、窓も無い」

「バスタオルがあるぞ」

取りあえず、彼らは石炭の見つけてきたバスタオルを体に巻く。

「追って来ませんね」油山が扉の向こうを伺う。「諦めたんでしょうか」

「だといいがな」枯草が応じた「どうする?このまま朝まで待つか」

「朝まで待てばどうにかなるのか?」と石炭。

「バスタオルは新しいから閉鎖された建物じゃないだろう。朝になれば誰か来るかもしれない」

「そ、その人も捕まったら」慌てる油山。

「大きな施設のようだから…何人も来ないかな」考えながら枯草「大勢で掛かればなんとか…」


石炭がバスタオルを外し、体を拭った「うへ、体中ヌルヌルしてやがる」

「映画だと溶けて骨だけになるんじゃないですか」油山が混ぜっ返す。 助かりそうだと思い余裕が出てきたようだ。

「いやな事を言うなよ」顔をしかめる石炭「…おお、幸いシャワーが山ほどある」

近くのシャワーブースに入る石炭。

呆れた顔の枯草を尻目に、石炭はカーテンを閉めてシャワーを浴び始めた。

「呑気な奴だ。油山、外はどうだ?」

「何も音はしませんが」油山は扉に耳を当てる「防水ドアでよかったですね」

「全くだな」


フンフンフン… 石炭が鼻歌を歌い始め、枯草が渋面を作る。

はぁー…あ…ああ…あああああっ…

「妙な歌を…いい加減にしろ!」枯草は苛立たしげにカーテンを引き開けた「!!」

あ…ああっ… 呻きながら手を伸ばす石炭…白くまだらに染まった手を。

シャワーから吹き出ているのは『白い水』。 それが石炭の全身にネットリと纏いつていた。

あう…た…助けて… 目を見開いた石炭が言葉を搾り出す。

『白い水』は石炭の体を滑り落ちながら、艶かしい女の形になって行く。

滑り落ちる『白い水』の先端が五つに別れ、白くたおやかな手の形をなし、石炭自信を包み込んだ。

ひっ… 

”ふふっ…つ・か・ま・え・た…”

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