ともしび

17.消火計画、そして燃える男達


「ありがとうごさいました」

愛想はいいが愛嬌のない男性店員の声に背を押され、膨れた手提げポリ袋を手にした二十歳前後の男がコンビニを

出てきた。

終わりゆく夏の熱気が、名残惜しげに男に抱きついてきて眉しかめさせた。

ちっ… 男は舌打ちすると、駐車場にたむろしている仕事仲間に歩み寄りながらポリ袋に手を入れ、注文を確認しな

がら買い物を分配し始めた。

「油山はアイス、薪之森はコーラ、紙谷は肉まん…この暑いのに」

「べ、別にいいだろう、枯草 お、俺は饅頭一筋なんだ」紙谷と呼ばれた小太りの男が饅頭を受け取りながら口を

尖らせ枯草に文句を言う。

「後は石炭(いしずみ)と俺の弁当だ」


枯草達駐車場の車止めに行儀悪く座り込み、受け取った物を飲み食いしだした。

「ふぅ…お、お化け屋敷のバイトも楽じゃないよな」と紙谷

「まったくだよな…そう言えば灰島はどうして休んだんだ?誰か聞いていないか?」枯草が割り箸で宙を指しな

がら聞いた。

「電話したら、女に引っかかって足腰たたなくなったって言ってましたよ」と油山がアイスをすくいながら答えた。

「は?あのバカまた痴漢してフクロにされたのか?」と薪之森

「いんや。痴漢したら凄いスケベで、失神するまで放してくれなかったとか…」

「はぁ?」バカにした様に笑う薪之森「んな女がいるか。ふくのも大概にしやがれ」

少々品の無い笑い声を上げる5人、その彼らの前を赤いワンピースの女が通り過ぎてコンビニに入っていった。


「いまの女…派手だったな」ポツリと石炭

「…ング…そうだったか?」とお茶でご飯を流し込みながら枯草が応じた「気がつかなかったな」

5人は一斉に振り返り、背後のコンビニを伺った。 しかし奥の方にいるのか、女の姿は視界に入らないが。

「いねぇじゃねえか」文句を言う薪之森

「すぐ出てくるんじゃないですか」食べ終わったアイスのカップをコンビニのゴミ箱に捨てながら油山が言った「ほら」

油山の言ったとおり、『赤い女』がコンビニから出て来た。 季節外れの赤いロングコートが街灯の光を反射して

テラテラと光っている。

「れ?」首を捻る石炭

「どうした?」と枯草が聞いた。

「いや…もっと裾の短い服だったような気が…今見たらコートだろ?」

石炭の言うとおり、女は赤いロングコートを身に纏っていた…夏なのに。

「き、気のせいだろう」と紙谷「こ、コンビニで着替えられるかい」

紙谷の常識的な意見に一同頷納得した。 続いて若い男の常識的な反応、すなわち女の品定めに入った。

彼らの位置からは女は横顔になるが、赤い扇情的な唇と赤いコートがやたらに目立ち、コートを押し上げる胸と腰の

膨らみが目を引く。

5人の視線は顔、胸、腰を忙しく上下する。

さすがに女が気が付き、彼らの方をちらりと見た。 慌てて視線を逸らし、流れ星を捜す5人。 

くくっ… 女は真っ赤な唇に軽い笑いを乗せ、彼らの方に向き直る。

誘うようにゆったりと腰をふってから襟元に手をかけた。

思わぬ展開に目を丸くし、つい先を予想する5人。

(黒…)(赤!)(し、白か?)(ベージュ)(紫かな)

すうっ開くコートの前が開き、ぐぐっ… 5人が一斉に唾を飲み込む音が響いた。 ついでに饅頭やシャケを呑み込んだ

者もいたが。

予想全員はずれた。 女は何も着ていなかったのだ。

食い入るように見つめる男達に、白く艶かしい肌を見せ付ける女。 

その肌が仄かに光りだすのに誰も気が付かなかった…


「僕は、蛍がいなくなるのも、他の皆がいなくなるのも嫌です」きっぱりした口調で敬が言った。「勝手な言い分ですけど」

「そうね」エミが頷く「まあ正直だけど…それで?どうしたらいいと思うの」

「それが…正直どうすれば良いのか…」今度は力の無い口調になる敬。

「仕方ないわね…じゃあ私の考えを言うわ。貴方の話だと、蛍さんの魂は『灯心』に宿っているのよね」エミの問いか

けに頷く敬。

「そして蛍さんが『ロウ人形』の妖しに変わった時、彼女に先生と『委員長』の体から出てきた『灯心』が絡みついた」

「つまり…『灯心』を何とかすればいいと?」敬はエミの目を見つめてきく。

エミはちょっとあいまいに頷いたく。

「多分…滅ぼすにしろ助けるにしろ『灯心』が鍵になると思うわ。 でも滅ぼす方はともかく助けるには…」

「絡みついたのをほぐせばいいじゃないですか!」敬は目を輝かせて提案する。

「思いつきで物を言わないで。 仮にそうだとしても、あのドロドロに踏み込んで、魂や体の自由を奪う輝きに照らされ

ながら、自由に動き回る火のついた『灯心』を解せというの?」エミは腰に手を当てて言った。

「駄目ですか…」たちまちしょげ返る敬。

そのまましばし無言で考える二人。


「策を立てるにも情報が足りないわね」エミは顎に手を当てて思案する「調査するしかないか…貴方、今日は帰って寝

なさい」

「は?」唖然とする敬「そ、そんな!?体育館の『アレ』は!?」

「どうもこうも、今は何も出来ないでしょう」きっぱりと言うエミ「事態が悪化しないよう天に祈って放置するしかないわ。

貴方は体を休めて、それから蛍さんの事を思い出すの。出来るだけ詳しく」

「…はぁ」釈然としない表情の敬「それで『ジョーカー』さんはどうするんですか?」

「貴方と蛍が出会った土地に行ってみるわ。運がよければ蛍さんの情報が残されているかもしれないから」

「それは…望みがあるんですか?」呆れる敬。 いくらなんでも虫がよすぎるのではないかと思ったのだ。

「役に立つ情報が手に入る可能性は高くは無いはね。でも、貴方が考えるほど低くはないと思っているわ」自身ありげ

な口調のエミ。

「?」エミの自信の根拠が判らず首を傾げる敬。


エミはにこっと笑い、敬の手を取ると自分の左胸に触らせた。 慌てる敬に構わず、しばらくそのままにさせる。

「ね、心臓がドキドキいっているでしょう? 心臓は心の臓器、ここに人間の意識が宿っているのよ」

「???」突然エミがおかしなことを言い出したので苦笑する敬「何を昔の人みたいな事を言ってるんですか?心臓は

血液のポンプで、意識は脳に宿っているんですよ」

「へぇ。君は物知りだね」とエミ「で、それば自分で調べたの?自分の胸を開いて?」

「まさか。学校で教わったんですよ」何を言ってるんだこの人は、と言わんばかりの敬。

「つまり君は自分の体の知識は他人から教えられたのよね」確認するような口調で言うエミ「じゃあ蛍さんは?」

「え…?」

「貴方は昔の人の心臓の認識が間違っていたと言ったわね。でも今の人間でも、自分以外の誰かから知識無しに

自分の体に正しい知識を持てるとは思えないわ」エミは一気にまくし立てた。

「蛍さんも同じよ。 彼女が自分の体の仕組みを詳しく知っていたと言う事は、同族か人間か、とにかく他の誰かから

教えてもらったとしたら、そしてその知識が何らかの形で残っていたら…」

「なるほど…でも」反論しかける敬をエミが制し、その先を取る。

「『可能性は低い』…判っているわ。でも今の私達では蛍さんを助けることは出来ない。違う?」

敬は頷いた。 エミの言うとおり、どんなに小さくてもその可能性に賭けるしかない。

エミは敬の携帯の番号とアドレスを聞くと、闇の中に消えた。

「『判っても判らなくても明日の夜連絡する』…か」呟くように言って、敬もその場を離れた。


エミ達が別れた同じ頃、『赤い女』は学校に戻ってきた。

その後を夢遊病者のような足取りで着いて来る5人の男達と共に…

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