ともしび

16.初期消火


不器用に体を揺らしながら、立ち尽くす敬に迫る『ロウ人形』 白く半透明な体の表面に、様々な色彩の光が乱舞する。

「ほ…蛍…」搾り出す様な敬の呟きに白い女の足が止まった。

「ケ…イ…」ロウ人形の顔に戸惑うような表情が現れる。

(蛍? やっぱり蛍なんだな!?) 蛍が正気に戻ってくれる事を願う敬。 しかし…

「ケイ…」唇の端が微妙に釣上がり、危険な物を感じさせる邪な笑みを形作る。


懸命に体を動かそうと試みる敬。 しかし悪い夢の中をさ迷っているかの様に、体が動かない。

無様に踊る敬にロウ人形が手を伸ばし…股間に触れた。

その手を払いのけようとしてもがく敬。

ロウ人形はズボンの上から股間をまさぐり、ジッパーをゆっくり引きおろすと、敬自身を取り出した。

異様な状況に興奮して震えている敬自身にロウ人形がほお擦りをし、いきなり咥える。

(うっ!) ネットリとした物が竿の中ほどまでを包み込感触に、一瞬呆然とする敬。

生暖かい粘体が絡みつき、規則正しく脈打つ。

そして、肉襞とも愛液とも付かぬものが亀頭から竿にかけてを這いずるなんともいえぬ感触。それがじわじわと竿を

這い上がって来る。

(あ…あ…いい…もっと…!?) 屈服し掛けている自分に気が付き愕然とする敬。

両手をロウ人形の肩に掛け、一気に引き剥がす。

ボッ 粘る音と共にロウ人形の口から敬のモノが引き抜かれた。 

「あぅ…」 呻いて前かがみになる敬。 抜ける瞬間、カリを無数の柔らかい襞が刷り上げて堪えきれなくなりかけたのだ。

床に手を突いて堪える敬の顎を、ロウ人形が持ち上げ顔を寄せてくる。

白い顔に妖しい光が踊り、敬の意識を捕まえる。

(あぁ…) 敬の心を諦めが侵食していく。


ドン!

ロウ人形と敬が凄い勢いで引き離された。 ロウ人形は浴槽に飛ばされ、敬はタイルの床を転がった。

「いたっ! 何だ!?」 敬は頭を抑えて立ち上がり、浴槽のほうを見た。

(?) ロウ人形の体から光が消えている。 おかげで様子がはっきりしないが白と黒の影が争っているようだ。

と、黒い影がロウ人形の腹に手刀を突きんだ。 ジジッ!! 不快な音と共に紫色の閃光が手刀の先端から走る。

(誰だ、あの女?) 一瞬浮かび上がった黒い影の顔は、敬の知らない女性だった。

「ちっ!効かない!」 女は呟いて踵を返し、敬に向かって走ってきた。

「えっ?」 女はたじろぐ敬にかまわず、その脇を駆け抜ける。 と、敬の腕が思いっきり引っ張られた。

「逃げるわよ!」 敬が応える前に女は敬の手を引いて浴場から駆け出していった。 敬は辛うじて転ばずに引きずら

れて行く。

そして浴場にはロウ人形だけがポツンと残された。

ウ…ウゥゥゥ… 獲物を奪われ怒りの声を上げるロウ人形。 浴槽から出て後を追おうとするが、相変わらず動きが遅い。

グゥゥ… 唸り声を上げ浴槽の方に戻るロウ人形。

彼女は浴槽の縁に立ち、中を見回す。 そこには『委員長』、薫そして『ガリ』が浮いていた。

特に『委員長』と薫は、今の騒ぎも知らぬ様子で、目を見開いたまま漂っている。 まるで魂の抜け殻のように。

ロウ人形は『委員長』の体に歩み寄って行った。


一方敬は、謎の女性に手を引っ張られて体育館を飛び出し、そのまま学校の外まで連れ出された。

彼女はそこまで来てようやく足を止め、二人は並んで学校の塀にもたれ掛かる。 

ぜーぜー… さすがに息が荒い。 敬にいたっては息も絶え絶えの様子だ。

しばらく二人は、呼吸以外の事をする余裕は無かった。

何気なく下を見た敬が、自分が『猥褻物陳列』状態であることに気がつき、大事なものをしまうのを見ていた女は、

自分も手に持っていた黒い物体を、腰につけたポーチにしまう。

「それはスタンガンですよね」と敬「誰ですか?貴方は」

女は無言で敬を見た。

(夜なのにサングラスか)敬は心の中で突っ込んで、女からの返答を待つ。

「『ジョーカー』…」呟くように女は言い、敬は女が名前を言ったのだと理解するまで少しかかった。 そしてまた沈黙。

「ありがとう…」

「えっ?」女が呟いた言葉の意味が判らず聞き返す敬。

「助けたつもりだけど…」

「えっ…あ…あの…有難うございます」慌てて取り繕う敬。

「ほっておいた方が良かったかしら」女がやや冷たく言う。

「いえ…」言いよどむ敬。 助けられたのは確かななのだが、心のどこかに引っ掛かりが。 いや、至る所に引っ掛かりが

あって素直に喜べない自分が居た。

「聞かせて」 女が短く問う。

「は?」再び聞き返す敬。

「助けた礼の代わりと言うのも何だけど。 あの子…貴方が蛍と呼んでいた子について」 言って女は身を翻し、敬の

両側の壁に手を突いて、敬を追い詰める格好になる。「あの子はいったい何?」

敬は身をすくませて女を見返し、そして観念したように蛍について知っている事を話し始めた。


ボコリ… 浴槽の中に湛えられたロウが泡立ち、不定形に蠢く中で、ロウ人形はロウをすくって『委員長』の体にかけ

ていた。

ロウで覆われ、こちらもロウ人形のようになる『委員長』。

と、その体が動き出した。 手をついて浴槽の中に立ち上がると、さらに液状のロウがその体を這い上がり、白い人型

を作っていく。

やがて、ノッペリとしていた表面に細かいディテールが作られ色が付く。

裾の短い赤いワンピース、赤いハイヒール、扇情的な赤いルージュ。 『委員長』の面影を持った、年上の女性がそこ

にいた。

赤い女はロウ人形に目もくれず、浴槽から出ると出口を目指した。


「…そこで貴方が飛び込んできたんです」

敬の話を聞き終えた『ジョーカー』ことエミは腕組みをして唸った。 敬に目をやり、下を見てまた唸る。 『ジョーカー』

の不機嫌な様子に不安そうな敬。

エミは顔を上げ仕方ないという様子で携帯を取り出す。

「あの…どこに」

「警察」

敬は目瞬きして言った「警察…警察に何を?」

エミは敬をじろっ見て言った。「妖怪退治」

敬は目を見開いは喚きだす「…そんな!そんな事を!みんなは!?第一信じちゃ!!」

エミは支離滅裂な敬の抗議を聞き流しつつ敬の話が終わるのを待った。


はぁ…はぁ… しばらくして敬は息を切らして黙り込む。 そんな敬にエミは語り始めた。

「敬君と言ったわね。 いいこと、私達には何が起こったのか判っていないのよ…」

エミは言った。 あの『ロウ人形』は危険だ。 ほっておけば犠牲者は増えるだろう。 しかし、今ならば3人だけですむと。

敬は下を向いたまま顔を上げない。

「私達がこの事態に対してとれる手は少ないわ。まず、何もしない事」そう言って指を折るエミ「事態が悪化するにせよ

、終息するにせよ私にとってはこれが最も楽。 犠牲者はまだまだでるでしょうけど」

敬の背中がぴくりと震える。

「次に警察に連絡して、『ロウ人形』の存在を認識させる。 最後には『ロウ人形』は間違いなく退治されるし、ものすご

く運がよければ貴方の知人も助かるかもしれない」腰に手を当てて敬に諭すように言うエミ。「以上」

敬は地面に座り込み、頭を抱えたまま尋ねる 「…蛍は?」

エミは肩をすくめた「多分…一緒に退治されるわ」

「皆…皆助かる方法は無いんですか? 蛍が元に戻って、『委員長』も『ガリ』も先生も…」消え入るような声で敬は言

った。

「私は知らない。 知っている可能性があるのは貴方か蛍よ」言い放つエミ「貴方は?何か知らないの?」

力なく首を振る敬。

エミは肩をすくめた「ではお話にならないわね。私は自分のできる精一杯をしたつもりなんですけど」

頭を上げる敬。 『ジョーカー』が自分を非難している様な気がした。

「僕が…何もしていないと?」

エミが首を縦に振る「貴方がこの事態の中心に居たのよ」

エミはサングラスを取って敬に顔を寄せた。 女の香りが鼻腔を擽り、いまさらながら赤くなる敬。

「貴方はどうしたいの? その為にはどうすればいいの? 自分の希望を叶えたいなら必死で考えなさい」

「希望…僕の希望」敬の顔に生気が戻る。

エミは心の中で呟く(まずは要求仕様の明確化と手段の検討…と)


その頃『赤い女』はエミ達が居るのと反対側の校門から表に出ようとしていた。

「オトコ…おとこ…男」 呟きが次第にはっきりして来て、能面のようだった顔に表情がつく。

「うふ…ふふ…」 『赤い女』は含み笑いをしながら、灯りのついたコンビニを目指した。

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