ともしび

15.火柱


敬は口を開きかけ、そのまま閉じた。

なぜかその質問を口に出すことが出来なかった。 『君は人間だったのか?』と。


あ…あぁ… 

はっとして顔を上げる敬。 視線を戻せば『委員長』は『蛍』達の片方に背中を支えられ、大きく仰け反って胸をさらして

いる。

そしてもう一人の『蛍』が『委員長』の胸に手を翳し、イリュージョンを行うマジシャンのような手付きで宙をなぞっている。

敬が『蛍』の意図を図りかねていると、その指先から雫が垂れて『委員長』の胸を濡らしていく。

タラーリ… タラーリ… 長く糸を引く白い液体は『蛍』自身が変じたもの。 それが垂れ、体の上を流れる度に『委員長』

は甘い声を上げる。

それはまるで、『蛍』が『委員長』という人形に操り糸をくくりつけていくかのようだった。


ギリッ… 敬の奥歯が軋む。

『委員長』と『蛍』達の狂宴を見ているうちに、敬の心に『蛍』に対する怒りが湧いて来た。

「敬…」 険しくなっていく敬の表情に蛍が不安を覚えて声をかける。

敬は鋭い眼差しで応え、蛍の身をすくませる。 

「蛍、君は!」声が震えて後は言葉にならない。 だが、敬の怒りは蛍に十分に伝わった。

いやいやをするように首を横に振る蛍。 しかし、敬の怒りが解ける様子はない

「蛍!やめさせるんだ!今すぐ!」

「敬…ボクが…ボク達が『委員長』を襲っているからなの?」涙声の蛍。

「そんなことじゃない!」声を荒げ、そして懇願する敬「…蛍、お願いだから。君を…君を嫌いにさせないで…」最後は

敬も涙声になっていた。

「敬…」うなだれる蛍。


”ねぇ…いつまで見てるの?”唐突に浴場から声がかけられた。

はっとして顔を上げる二人。 

『蛍』がこちら…浴槽の中から浴場の入り口を見つめている。 『委員長』を背後から抱き締め、大事な所を優しく愛撫

しながら。

「見つかった!?」

「違う!最初から知っていたんだ。ボクがここにいたから」 しまったという表情の蛍。


『蛍』達はくすくすしのび笑いを漏らし、『委員長』は蕩けきった表情で『蛍』に体を預けてされるがままになっている。

”彼女も待ちくたびれているよ、ほら” そう言って中指で『委員長』を弄る。

あん… ねぇ… 敬君も混ざろうよ… いつもの『委員長』の声ではない。 ネットリと纏わり付くような、雄を誘う雌の

声だ。

ほおら…見てぇ… 『委員長』は『蛍』の手を払いのけ大事な部分を晒す。 思わずそこを見てしまう敬。

ホゥッ… 淡い光が『委員長』の下腹部を内から光らせる。

(『委員長』!) 驚愕する敬。 しかし驚きが形になる前に『委員長』に対しての雄の欲望が湧き上がる。

「う…うぁ…」 体を抱いて耐えようとする敬。 しかし蛍の時と違い、『委員長』を求める自分が抑え切れない。

「あ…あぁ…」 うめきながらよろよろと立ち上がり、震える手で扉に手をかけ戸を開ける。

「敬!」蛍が敬を背後から抱きとめるて、後ろに引っ張る。

「『委員長』なんかに惑わされないで、ボクはこっちだよ!」 どうしても少しずれている蛍だった。


「う、蛍ぅ」 のろのろと背後を振り返る敬。 体が思うように動かないらしい。

「敬…そうだ!見て!」 蛍がぐいっと胸を逸らし、セーラー服の胸元が大きく開いく。 そして蛍の胸に淡い光が灯る。

敬の足が止まった。 蛍の肩に手をかけて、じっと蛍…の胸を見つめる。

蛍は見た。 敬の瞳に荒れ狂っていた雄の欲望の炎が小さくなっていくのを。

「蛍…」 何かを振り払うかのように首を振る敬。


あーらら… 痴態を晒し、敬を誘っていた『委員長』がつまらなさそうな表情になった。

すると、『委員長』に纏わり付いていた二人の『蛍』が一つに溶け合って『委員長』の前に立った。

”ふふ… やっぱりボクがいいんだ… 好きだよ敬…さぁ余計なことは考えられなくしてあげる…”

『蛍』が笑い、その胸元が淡く、いや強く輝いた。

「うぁ?」 敬の体が硬直した。 光が理性を吹き飛ばし、意識が消え…いや欲望だけが大きくなっていく。 『蛍』への

狂おしいほどの欲望。

”ほら…” 少し足を開いた『蛍』が手招きをする。 ”おいでよ…ここへ…”


『蛍』の足元がうねるように波立つ。 『蛍』の作り出した欲望の白い沼、そこに足を踏み入れればどうなるか。

”ほおら… Hな事しよう… いっぱい…” 『蛍』だけではない、白い沼が囁いている。

敬の瞳はどろんと濁り、口元がだらしなく歪む。

「あぁ…蛍…蛍…」うわ言のように呟き、誘われるままに『蛍』に向かって一歩、また一歩と歩を進める敬。


「敬!駄目!」蛍は背後から敬を羽交い絞めにして必死で止める「やめて!こんなのボクの欲しい敬じゃないよ!」

蛍の叫びに『蛍』が邪な笑みで言葉をかぶせる。

”敬が欲しいんだ…狂わせてでも…”

振り向いて『蛍』を睨みつける蛍。 背中で敬を押しとどめ、仁王立ちした少女の胸が光る。

「お前はボクの欲望なんだ。だけどボクの全てじゃない!」

”そういうキミもボクの全てじゃない…Hしたい心が欠けている” くくっと笑う『蛍』

「そうかもしれないけど…ボクには愛がある!」きっぱり言い切る蛍。

「H、愛、敬…Jはどこ?」阿呆なことを口走る敬。 蛍は振り返りもせずに、敬のみぞおちに肘を突きこむ。 低く呻いて

その場にうずくまる敬。

「見ろ!変な事をするから敬が馬鹿になったじゃないか!」と『蛍』に指を突きつける。

「…私がJかしら?」と入り口に張り付いていたエミ「J…ジョーカー…。ということは私次第?」

エミはバッグに手を入れ、中から小さな鏡のかけらを取り出して覗き込み、呟く「また?」

鏡をバッグしまうい、代わりに大きめのサングラスを取り出してかける。


にらみ合う蛍と『蛍』

蛍はじりじりと浴槽に近づいていき気合と共に飛び掛った「やっ!」

ドブン… 粘っこい音がして白い液体の中にを転がる二人。 一瞬で見分けが付かなくなる。

その様子を『委員長』は自分を慰めながら、薫は『ガリ』の体を弄びながらニヤニヤ見ている。

二人は互いを白いロウの沼に沈め、形を失いながら争い続ける。


くっ… 敬は呻いて立ち上がった。

「蛍。もうちょっとやさしく…ごほっ」激しく咳き込む敬。 その横顔を照らし出す『蛍のともしび』

「蛍!?」浴槽に顔を向ける敬。

浴槽の中で、二つの火、蛍と『蛍』はむき出しの火に姿を変え一つに戻ろうとしていた。

視線を下げると、二人の足元で二本の灯心が絡み合い、一つになっていく。 声も無くその光景を見つめる敬。

輝きを増した蛍の周りで白いロウが盛り上がり、蛍を包み込んで人の形に変わっていく。

「…」敬は驚きと、そしていくばくかの感動を持ってそれを見つめていた。


…ふぅ… 蛍が息を吐き、目を開く。 白一色だった体に色彩が戻り、ロウ人形に生命が吹き込まれて生きた少女が

出現する。

「…」

黙っている敬に蛍が声をかける「敬」

「蛍?戻ったんだな」

蛍が頷く「少し育ったけど」と胸をクイッと突き出す。 AカップだったのがBカップになっている。

大きく息を吐く敬。「なんだ、簡単に戻れるんじゃないか」

蛍が頬を膨らませた。 「何言ってるんだい、膨れ上がった欲望を抑えるのに苦労したんだから…え?」

いつの間にか薫と『委員長』が蛍の背後に来て、蛍の肩に手を置いている。

「そうだ、お二人さんをなんとかしないと…!?」

二人の体が小刻みに震える。 足の間から白い粘る液体が流れ落ち、最後に火のついた『灯心』がすべり出してきた。


ドボリ… 重々しい音を立てて倒れる薫と『委員長』 しかし、蛍も敬もそれにかまっていられなかった。

「うわぁ!?」 火のついた二本の『灯心』が蛇のように蛍に絡みつく。

「蛍!」慌てて蛍に駆け寄ろうとする敬。 しかし、蛍が立っているのは浴槽の中央。 その周りで波打つ白いロウに

気がつきにたたらを踏んで止まる。

あ…あ…ぁぁ 『灯心』にぐるぐる巻きにされた蛍が次の瞬間炎の柱と化した。

「蛍ぅ!」敬は悲痛な叫びをあげた。

きゃあ…ぁぁ…炎の中で蛍の体が溶け崩れ、灯心と『蛍の灯火』がむき出しになる。 それに二本の『灯心』が絡みつく、

蛍と『蛍』が一つに戻った時のように。

一つになった『灯心』が松明のような炎を上げ、敬を明々と照らし出す。

「蛍…先生…『委員長』…」 呆けたように呟く敬。


ゴボリ… 重々しい音を立てて泡立つ白いロウの沼。 大きく盛り上がり、炎と灯心を包み込んだ。

「あ」 敬の呟きにわずかな期待がこもる。 蛍達が元に戻るのではと… しかし白い塊は一つだけだ。 

(誰が…)心臓の鼓動がやかましく感じるほどの静寂の中、敬の眼前で蛍が溶け崩れた光景が逆回しで再現される。

白いロウ人形が再生され…そこで止まった。

(蛍じゃない?)

両腕を汲んだ人の形は大人の女性、しかし薫でもない。 

(誰だ?誰なんだ?) 必死で考える敬。 と、女が腕を解いて目を開けた。 豊かなバストが重々しく揺れた。

「蛍…なのか?」微かな期待を込めて呼びかける敬。

ク…クク…  女が嫣然と笑う。

オ…オトコ… ねっとりと絡みつくような声に敬は恐怖を覚えた。はじけるように立ち上がり、逃げ出そうとする。 が、

少し遅かった。

赤、青、黄、緑…無数の色調の光が浴場を満たした。 女の胸が妖しく光り、敬はそれをまともに見てしまった。

「!?…あ…足が…」 棒立ちになる敬。 『蛍』の時と違い意識ははっきりしている。 しかし今度は体が全く動かせ

ない。

オイデ… 女が手招きをすると足が前に出た。 

(く…くそっ…) 心の中でどんなに抵抗しても体が思い通りにならない。

ベロリ… 女が舌なめずりしている。 敬は直感した、捕まったら終わりだと。 しかし、どうしても抗うことができない。

(助けて!…蛍!)


敬の背後で闇が呟いた「そろそろ出ないと終わっちゃいそう」

エミは浴場に続く廊下を歩きながら、黒い手袋をはめて手を打ち合わせた。 「そう簡単に終わらせないわ」

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