ともしび

14.送り火


敬はパソコンに向かい、一心不乱にってなにやら打っていた。

「んー」肩越しに画面を覗き込む蛍。

『今日も一日平温…』

「字、違うよ」

ガタッ、音を立てて突っ伏す敬。

「けーい?」ちょっと楽しそうな蛍。

険悪な眼差しで蛍を見上げるが、彼女は意に解する様子はない。

(昔はこういうシュチエーションに憧れた事もあったけど)敬は頭を抱える(ずっと続くと、凄くうっとうしいや)

学校からずっと蛍は敬にべったり、このままでは好意が増すどころか殺意が生まれかねなかった。

ふんふーん♪ うん? 

蛍が顔を上げ、不思議そうに辺りを見回す。 「何?誰か呼んだ?」

敬が不審そうに蛍を見上げる。 「僕には何も聞こえなかったよ。蛍の空耳じゃないの?」

蛍は顔をあちこちに向け、耳を澄ますような仕草をする。「呼んでいるのは…『ボク』?」

くいっと顔をガラス戸に向けた。 戸に歩み寄って、下を伺う。「あっ、『委員長』だ」

「へ?」 敬は蛍の肩越しに下を見る。 見覚えのある背格好の女の子が街灯の下を歩いていた。

「こんな時間に女の子の一人歩きなんて。最近は物騒だのに」

ちょと心配そうな敬に、蛍が少しふくれた。「ボクが帰るときは心配してくれなかった」

上で二人がちょっともめている間に、『委員長』は街灯の明かりから外れシルエットになっていた。

「『ボク』が呼んでいたのは…『委員長』?」蛍が意味不明の言葉を呟いたが、敬は聞いていなかった。

「なんだか様子が変だ」手早く着替える敬。「ちょっと出てくる」

「あ。敬!待ってボクも行くよう」慌てて後を追う蛍。


所々で街灯が作る光のテントを辿るかの様に、『委員長』は夜道歩いて行く。 背後から見ると妙に存在感がない様だ。

「話し掛けないの?」

「うん…なんか、ちょっと」敬は口ごもる。 『委員長』を追いかけて来たのはいいが、声をかけるタイミングを逸してしま

った。

驚いて叫び声でも出されたら、とっても面倒なことになる。 そうこうするうちに、敬と蛍は『委員長』をつける格好にな

ってしまった。

そしてその二人の後をつけるもう一つの影がいた。

「あの子…この間のお客さん?」呟いたのは古本屋で店番をしていた女性、エミだった。

(あの子達もこの『声』に呼ばれて?)側頭部の上のほうを指で軽く叩くエミ。(さて…どうしましょうか?)


やがて『委員長』は、敬が心配したトラブルに巻き込まれることも無く、目的地に着いた。 そこは…

「なんだ、学校じゃないか」心配して損したと言わんばかり敬、しかし今度は蛍の様子がおかしい。(いままでもおかし

かったが)

「『ボク』?ボクがもう一人?」ぶつぶつとおかしな事を呟いている。

「蛍?どうしたんだ」敬が蛍を気遣うと、嬉しそうな顔になる蛍。

「ボクを心配してくれるの!?」

「いや、まあ」蛍があんまり嬉しそうなので、つい照れる敬だった。

二人が校門で青春のひとコマを演じている間に『委員長』はさっさと学校の中に入ってしまった。

慌てて後をつける二人。 そしてその後をつけるエミ。「あら、あの子達私の後輩だったのね」


校舎に入るのかと思っていたら、『委員長』はそこを通り過ぎて大学部の方に向かう。

そして、大学部と共用されている巨大な複合体育館のわきを通り、裏手の方に向かって行く。

体育館の背後に回った彼女は、プロパンガスボンベの脇の扉を開けて中に入った。

「あそこは運動部のロッカールームだ」敬が呟く「確か風呂場やシャワーもあったような」

二人は扉を空け中を伺う。 『委員長』が奥の扉から中に入るのが見えた。


そこは大浴場だった。 

『委員長』はちょっとした風呂屋ほどの真っ暗な空間を恐れる様子もなく歩いていく。

「きたね」声がするとプールのような湯船の中が光で満たされる。

風呂には乳白色の液体が満たされ、『蛍』と薫、そして『ガリ』が浸かっていた。


「蛍!…」扉から中を覗いた敬は叫びかけて、慌てて自分の口を押さえた。

「思い出した… あの時、解いた『灯心』を忘れてきたんだ」蛍が呟き、敬が振り向いた。

「何の事だい。あれは誰なんだ?」敬の声が固い。

「あれはボクだよ…」口ごもる蛍「保健室で敬に連れ出された時、ボクは先生を堕とそうとしていたんだ」

敬は口を開き、何か言おうとしてやめた。 そして先を続けるよう促す。

「覚えてる?『ロウソク』が魂の苗床と言ったのを」

頷く敬。

「詳しく言うと『ロウソク』は『灯心』と『ロウ』に分けられる。『ロウ』は魂の炎を燃やす為の燃料、かつボクの体。そして

『灯心』にボクの魂は宿っているんだ」

そう言って大浴場の奥に視線をやる。 つられてそっちを見た敬は、『委員長』が服を脱ぎ始めているのを見て、慌てて

目を逸らした。

「ボクの『灯心』は何本も寄り合わされているの。 で、それを解いて分ければ、分けた『灯心』のそれぞれに、別々の

『魂』宿らせられるの。分身する事だって出来るんだ」

はぁ… 敬はため息をついた。 彼の理解を超えている。「じゃあ、あそこに居るのは蛍の分身なのか?」

「うん、先生の胎内に置き忘れたボクの分身。ボクの魂の…その…特にHな部分」とここまで言って微かに頬を染める

蛍。

「それで保健室から戻ってから純愛路線に転向していたのか」と無理に自分を納得させようとする敬。

「さしずめ、あそこに居るのは『エロボタル』と…げっ!」敬が不用意な一言を漏らした途端、蛍のエルボースマッシュが

脳天に炸裂した。


(…なんていい加減な体の妖怪かしら)と、こちらは入り口に張り付いて聞き耳を立てていたエミ。


「呼んだ?」裸になった委員長は、浴槽から立ち上がった『蛍』に艶然と微笑む。

『蛍』は頷いて『委員長』を手招きし、『委員長』は誘われるままに、ドロリとした白い液体で満たされた浴槽の中に

踏み込む。

ふっ… 『蛍』が笑みを漏らすと、一瞬で体の色が抜け落ち、湯船の中身と同じ色になる。

そのまま腰を落とし、腰まで液体に浸かる『蛍』。 どこからが『蛍』でどこからが白い液体なのか判然としない。

あっ… 『委員長』が声を漏らし、下を見た。 委員長の足元、脹脛までが白い液体に浸かっているが、そこから白い

手が伸びて『委員長』の女の神秘に触れていた。

が、『委員長』は驚くでもなく、熱い吐息を漏らしされるがままになっている。

すると、今度は手がもう一本、さらに白い塊が湯船の中から浮き上がって来る。 

最初はのっぺりしていたそれは、くぼんだり分かれたりして形を作っていき…もう一人の『蛍』の上半身が出来上がった。


「!」絶句する敬。 背後で蛍が説明する。

「あの湯船の中身は全部『ロウ』だよ。 きっと『蛍』が『ガリ』や先生から精気を搾り取って作ったんだ」

「で、でも、蛍がもう一人…あっ!」敬が目を剥いた。


あん… 甘い声を上げるあげる『委員長』。 その腰を、出来たばかりの『蛍』の上半身が抱え、熱心に舌を使っている。

その背後に盛り上がる白い塊。 それは溶けた人型から『蛍』に変わり、『委員長』を背後から優しく抱き締め、乳首を

指で転がし耳を舐める。

『蛍』の体は溶けた『ロウ』で覆われ、『委員長』の体も次第にそれに覆われていく。

「あん… これ素敵… 溶けちゃいそう…」喘ぐ『委員長』に『蛍』が囁く。

「そうだよ… まず魂が、そして体が、最後は骨も残さず蕩けてボクと一つになるんだ」

それを聞いた『委員長』はひどく淫らな笑みを漏らし、うわ言のように『蛍』の言葉を繰り返す。

「蕩ける… 蕩ける… あん…蕩けちゃう…」

前後から『蛍』達に愛撫され、よがり狂う『委員長』。 その『委員長』の下腹部が妖しい光を放ち始めた。

『蛍』はそれを見て嬉しそうに笑う。

「ほら、魂がボクのあげた『灯心』に移った。 じきに『委員長』もボクと同じになるよ」


『蛍』の言葉に敬が息を呑む。

(そんな…まさか… あっ!)敬はとんでもない事に気が付いた(じゃあ、じゃあ…まさか蛍も!?)

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