ともしび

7.奇襲攻撃と集中砲火


「おい、お穣ちゃんいくら…あり?」

夜の街を颯爽と歩く蛍。 たまに声をかける男がいても、目もくれずにまっしぐらに向かう…どこへ?

と、蛍が足を止め、頭をかく。 「いっけない、ボクどうするのかまだ決めてなかった」とって付けたように、きょろきょろ

と辺りを見回した。

蛍がいるのは駅に近い場所だったが、深夜でもあり明かりのついている店は両手の指数えられるほど。 その中で

一つの看板に目を止めた。

「…古本屋…よし」 何を思ったのか大きく頷く。 すたすたと古本屋に歩み寄り、いまどき珍しいガラスの入った引き

戸をカラカラと空けて中に入った。

古い紙の匂いが蛍を出迎える。 店の奥に人の気配はするが声を掛けて来る様子はない。

蛍は気にする様子もなく、夜の生活やら世界最古の職業について書かれた本や雑誌の束に手を伸ばし、パラパラと

めくってみる。

「むー」 眉間に皺をよせ、真剣な表情で同性の裸やら扇情的な文章を読む美少女… 他の客や外を通る通行人が

珍しそうに眺めては、その目的を図りかねて首を捻っている。

蛍は何冊かの本を斜め読みしたが思うような知識が得られず本を放り出し、店の奥に移動する。


「あら? いらっしゃい…」 女の…それも妙に艶っぽい声がして、蛍はそっちを見た。

カウンターの向こうに、古本屋の店番にするにはもったいない様な色気たっぷりの女が座ってこっちを見ている。

驚いたことに店の奥に座っているのは結構な美女…それも男をひきつける様な色気たっぷり。

「うっわー。 無駄に色っぽい」 つい思ったことが口に出た。

女は気分を害した風も無く笑った。 「私は店員じゃないの。 店主のおじさんにちょっと店番を頼まれただけ…」

「ふーん」 気の無い返事をする蛍。 彼女にはどうでもいいことだ。 しかし、その女は『経験』が豊富そうだった。

「ねぇ、お姉さん。 ボク聞きたいことがあるんだけど」とカウンターに手をついて身を乗り出す蛍。

「…なにかしら」 やや気圧された様子で女が応える。

「うん。 男の子をおとす方法を書いた本ってない?」 とストレートに聞く蛍。

女は目を丸くして、次に小さく吹き出した。 「そうね…落とす相手はどんな男の子?」

「うんと…『こんぴーた』とかいう機械で女の裸を見ていて…そのくせ本当に女の子が裸で迫ってくると手が出せない

ような…」 と本人が聞いたら気を悪くするような事を言う蛍。

「…ああ…」 女は苦笑して頷いた。 「そういう場合は…そうねシチュエーションと小道具に凝るといいんじゃないかし

ら」

「『しちゅえーしょん』?小道具?」首を捻る蛍。

「そう、服や言葉使い…アクセサリーなんかもあるけど…ああこの本なんか参考にならないかしら?」そう言いながら

手近の本の山から、一冊の本を取り上げ蛍に差し出す。

「『美少女ゲームの作り方 学園編』…なにこれ?」

「あなたの彼氏が使っている『こんぴーた』で…」女は説明しかけて、蛍が全く理解していないのに気がついた。 詳し

く説明するには手間が掛かかりそうだと思い、大幅に端折る事に下「…まぁ、男の子が女の子にして欲しい事が書い

てある本よ」

「それはすごい!ボクが求めていた本はこれだ!」蛍は女から本を奪い取るようにして受け取る。

「早速試してみなくっちゃ!ありがとね!」蛍はそう言いながら古本屋を駆け出していった。

「…あの…お金…」女は呆然としてそれを見送った。

「まいったわね…あたしが弁償しなきゃ。 それにしてもあの子」言葉を切った女の目がキラリと金色に光った「人じゃ

なかったような気がしたけど…」

カラカラカラ 引き戸を開けて、初老の男が店に入って来た。

「やあエミさん。悪かったね店番なんか頼んで」 男はにこにこ笑いながら女…エミに礼を言う。

「いいのよ。仕事はこれからだし」そう言ってエミは男と交代しながら、蛍が持っていってしまった本の代金を男に渡そ

うとする。

「へぇ…ああいいよ。 その山の本はさっぱり売れなくてねぇ。 廃棄しようかと思っていたところだったんだ」そして人

の良さそうな笑顔で続ける「誰かの役に立ってもらえるならその本もきっと喜んでいるよ」

エミは店主に笑い返し、店を出ながら呟く「何か…『火に油を注いだ』ような気がするけど」


二日後、蛍は敬の通学路で彼を待ち伏せていた。

「その一…道で出会い頭にぶつかる…」店にあったときよりずいぶんくたびれた『美少女ゲームの作り方 学園編』を

読みながら蛍は呟く「倒れ方が重要、さりげなくパンチラ等でプレイヤーの目を引く…?」

蛍は首を捻った。 この本には、彼女には理解できない部分が多数ある。 おかげで概要を掴むだけで丸一日を費や

していた。

「パンを咥えていると好感度がUP? しかしパクリと思われる事は覚悟… うーん奥が深い」 


蛍は馬鹿ではない。 この本の内容が何やらいかがわしい事は読んでいるうちに気がついた。 しかしこの本には彼

女が思っても見なかった事が書いてあった。

『予想通りの展開では飽きられます。 予想を裏切る展開が必要なのです。 但し期待を裏切ってはいけません』

『目から鱗がおちる』おもいだった。 『蛍の灯火』は相手の欲望をむき出しにする事ができる。 蛍には相手の望みが

判る。 だから、相手が考えてもいない事をやるという発想がなかった。

「そうか!敬が予想していなかった展開で不意を突いて好感度を増していけば!ボクの事しか眼中になくなって子供

を作りたいって望みが消えるに違いない!」 相当な論理の飛躍と短絡を持って、蛍は強引に結論付けた。

問題はどうすれば敬の不意をついて好感度を増せるか… 蛍は敬に対する緻密な(と蛍は思った)攻撃計画の立案

に入った…


−翌朝 敬の通学路−

「来た」 蛍が呟く。

何も知らない敬がのんびりと歩いて来る。 

「うん! 『れでぃ』」 蛍は両手を地に付け、クラウチング・スタートの姿勢を取った。

ごぉ!


「蛍…」 敬は呟いた。 

もう二日…蛍は姿を見せていない。 山に…あの祠に帰ったのだろうか。 

『ロウソク』に火をつければ…しかしそうすれば蛍は今度こそ…

ぼんやりとしながら角を曲がる…

どぐっ!! 「うぐっ!?」 みぞおちに激しい衝撃… そして世界が暗転した。


とてっ… 「あいたたたっ…と。ここでパンチラ…」呟いて横ずわり、足を微妙に崩してポーズをつける。

「これでよし…あれ?」 本の通りならば敬が「君、大丈夫?」と声を掛けてくるはずだったのだが… 蛍の頭突きをみ

ぞおちに食らって泡を吹いてのびている。

「敬!敬!」慌てて敬を揺すっておこす蛍。

「うっ…ううっ…」お腹を押さえて敬が起き上がる。「何が…あれ…蛍!」敬の声が驚きと喜びでオクターブ跳ね上がっ

た。

「よかった…と…」蛍はパラパラと本をめくった「『ご免なさい。遅刻しそうだったの』」まるっきりの棒読みでしゃべる蛍。

「遅刻?何に?」 尋ねる敬。

「さぁ?」 応える蛍。

そして沈黙…

「えと…『ごめん、急いでいるから』」そう言って蛍は立ち上がり、軽やかな足取りで駆けて行った。 敬の学校がある

方に。

ぽつんと残された敬は途方にくれてつぶやく「蛍?…」


マジステール大学付属高校−二年A組… 一時限目の講義前のざわめきが教室に満ちている。

「蛍…」つぶやいて敬は胸…ではなくてみぞおちを押さえる。

「敬君」度の強いメガネをかけた細面の同級生、通称『ガリ』が声を掛けて来る。

「ん?」気のない様子で応える敬。

「今朝話していたのは誰だい?うちの生徒じゃないよね?」

あたふたする敬。「いや!あれは…彼女がぶつかってきて!」嘘ではない…というより事実である。

『ガリ』は敬の様子に何かあると踏んだのか、さらに追い討ちをかけようとするが。

「起立ーっ!」とメガネにお下げの『委員長』(役職、通称兼任)が声をかけた。

いつの間にか痩せぎすの国語教師が入ってきて教壇についている。

あわてて席に戻り、礼、着席をする生徒達。

「では教科書を…」

ガラッ… 教室前方の扉が勢いよく開いて「どーも!謎の転校生でーす!」と蛍が入ってきた。

ぶっ! げっ! あちこちで異様な声や、息を呑む音が響く。

(ほ…蛍!?)敬は辛うじて声を出さずにすんだ。


「…なんだね君は」国語教師がじろりと睨む。

蛍は臆する事無く教師に近づき、手を口元にあて目をうるうるさせて「お願いします。ボク是が非でも先生の講義が受

けたくて…非常識な振る舞いなのは重々承知しています…」

メラメラ… 教師を見つめる蛍の目に炎が煌く。 教師の目には蛍が向学心に溢れた理想の生徒に映った。

「む…むむ…んーむ… よし、許す!」

驚きと非難、喜びの声が上がるのを教師が一睨み。「何か不都合があるのかね」(いろいろと問題があるはずなのだ

が)


ふんふーん♪ 隣の席で満足気な蛍を横目で見やりながら敬は頭を抱える。

蛍は熱心に『美少女ゲームの作り方 学園編』で次の手を研究している。

(ふーむ。廊下、更衣室…保健室…む…女同士!?…へー…それはやったこと無いな…いいのかな…)

どんどん過激になっていく蛍だった。


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