紫陽花

33.エピローグ


…はぁ…あふぅ…
…ペチャ…ペチャ…
女の喘ぎ声…間違いようのない響きを帯びたそれが、霞のように部屋を漂う…
女の舌が、秘所を責め…生き物のように中にもぐりこみ…その口から愉悦の喘ぎを引き出す…

一見すると、サウナ風呂のような印象のその部屋は、中央に向かってすり鉢上に段をなしてくぼみ、中央部は5mほどの直径の円形になっていた。
3人の若い女がその真ん中で絡み合い、互いを慰めている。
それを囲む段々のそこかしこに若い男達が思い思いの格好で腰掛け、『ショー』に見入っている。

…ごくり…ふぅ…
男達は生唾を呑み込み、ため息を漏らす。
腰に申し訳程度にタオルを掛けているものの、一様にテントを張っている光景は微笑ましいとさえいれる。

…はぁ…はぁ…
皆、ひどく興奮していた…だが、なぜか積極的に女達に加わろうとしない。
体がだるく…ぼうっと熱い…夢の中にいるような心地…
…すぅー…ハァー…呼吸することすら淫猥な感じがする…

ピト…陰嚢に何か冷たい物が触った…
のろのろと首をめぐらす…いつの間にか、別な女が足元に座っていた…彼女がタオルの中に手を入れて来たのだ…
モニ…モニ…
女の手が陰嚢をゆっくりともみ始めた
…ああ…ああ…
男の口からうめき声が漏れる。
女の手はの冷たさが心地よい…
そしてもう一つの手が男の胸に伸びて…ヌル…ヌル…ヌルヌルしたものを塗りつる。
男はうっとりとした表情でマッサージを楽しむ。
「…横になって…」
男が、促されるまま横になると女がのしかかって来た…

………多少様子の違う男がいた。
線が細く、少々頼りなさそうだが『ショー』に心奪われているところは「男」に間違いなかった。
前かがみで、両手を膝について淫靡な光景を一心不乱に見つめていたが、「女の秘密」がチラリと目に入りさらに身を乗り出し…
ズルッ…ドテッ…
汗で手が膝の上で滑って、前のめりに倒れてしまった。
「てっ…いてて…」
頭をふって、座りなおしかけ…その表情が凍りつく。

…ふぁぁ…ピチャ…ピチャ…
…はぁはぁ…ジュル…ジュル…
他の男達は、いつのまにか現れた他の女達と交わっていた…
「お…おい!?…な…何をしているんだ!?」
彼の視線先で一人の男が、女の股間に腰をつき込み…いや下半身全てを女の中につき入れている…
そこは信じられない程の柔らかさで広がり…男を包みこみさらに呑み込んでいく。
…モニュ…モニュ…女の下腹が、中にあるはずの男の胴体を咀嚼するように動く。
…おぅ…おおぅ…それに応じて男が呻く。

思わず彼は一歩前にでた。 と、それに気がついたのか、男が彼を向く…
「!」
その顔には…間違えようのない愉悦の色が浮かんでいた…
「あぁ…あぁ…い…い…なんて…いい気持ちだ…」
「イイデショ…フフ…モットヨクナル…最高ニヨクナッテ…とろとろニ蕩ケルワヨ…」
「ああ…溶ける…蕩ける…もっと…もっと奥に…全部蕩かして…全部呑み込んで…」
カチカチカチ…二人の会話…というよりうわ言を耳にし、彼の歯はカスタネットと化した。

「ねぇ…」
ねっとりとした声がして、思わずそちらを見る。
先ほどまで互いを慰めていた女達の一人…未成年ではないかと思える若い顔立ちの娘が、こちらを見ている。
「あぶれちゃったの?…うふふ。 ねぇ…真美としましょ…」
彼女は部屋の中央に寝そべったまま、人差し指で彼を誘う。
彼の目はその指に釘付けになったのを見て、彼女はその指を自身のつややかな下腹に這わせ…淡い茂みに…そして秘貝の口を指を宛がう…
「ほら…見て…」
ゆっくりと口が開き…ウネウネと蠢く淫らな肉が…
「ほーら…いらっしゃい…とってもいいわよぉ…」

足が一歩前に出た。
ベタッ…はっ…
突如として、彼は正気に戻った。 くるりと彼女に背を向け、よたよたした足取りで段々を登り出口を目指す。
…あん、待って…
背後の声を無視して、出口を捜す…あった。
四角い光のそこを走って目指し…
ドス…ムニュ…誰かにぶつかる。
感触からして、着物を着ているようだ。 ついあやまってしまう。
「むっぷ…すみません!!…急いで…わっ!?」
その誰かは、彼の背中に両手をまわし、遠慮なく抱きしめた。 着物の胸元がはだけて、豊かな双丘が飛び出してきた。
ムニュュ…
彼の頭がその谷間に沈み込む。
「お客様…食わず嫌いはよくありませんわ…一度お試しになってくださいませ…」
彼はじたばたともがく。
ホ…ワッ…
女の体から…ゾクゾクするような香りが立ち上り、それを嗅ぐと…体のだるいような感じが…段々強く…力が抜けて…
意識がすーっと暗黒に呑み込まれて…

…チュ…ヌリュ…ヌヌヌヌヌヌ…
…あふぅ…はぁぁ…
…いい気持ち…なんていい…あ…あれ?…
気がつくと、仰向けに寝かされていた。
起きようとするが体がうまく動かない。 何より下腹に掛かるこの重みは…
「!」
腹…いや腰の上に…さっきの女が跨っている。 透けるような色白の美女だ。
夢のような光景なのだが…
キュウ…ニュム…ニュムリ…ニュムリニュムリ…う…うぁ…
女の中が柔らかく、彼自身を捕らえて摩りあげ始めた。
…なんともいえぬ感触がにイチモツが硬く…かたーくなっていく…
ヒック…ヒクヒクヒクヒク…睾丸が震えて…中身がキュンキュン跳ねてまわっているかのよう…たまらなく気持ちいい…
「あぅ…」
「いかがでしょう…」
「はい…もっ…」
思わず彼が頷こうとすると、急に女が彼のももをつねった。
「あいて!」
「もっとよくお考えになってくださいまし」
「え?」
「くすっ…このままいってしまえば…貴方は身も心とろとろの白い迸りになって…」
そう言って女は自分のお腹を指差す。
「ここに…うふ…うふふふふ…」

ひ…
先ほどの光景を思い出し青くなる彼、とその時。
「ぷぅ…静姉様。 そいつは…」
「これ、お客様に『そいつ』とは何事です」
「…その方は、私達の『お客様』で…えと…ございますですよ」
そう言ったのは真美…先ほど彼を誘った娘だ。
「もう少し口の利き方を覚えなさい…では皆でお相手いたしましょう」

彼は慌てだすが、さっぱりに体が自由にならない。
静は、もがこうとする男を見つめ微笑むとこう言った。
「お気に召しませんか…では、お名残惜しいですが、またの機会にお世話させていただくと言うことにいたしましょう」
それを聞いて、彼は僅かに安堵した。
「お客様…それでは一言『帰りますと』おっしゃって下さい」
彼はうんうんと頷き口を開く。
「かえ…あぐあぅぅぅ…」フニュ…フニュフニュフニュ…
何か言う前に、静の中が彼のイチモツまた愛撫したのだ…異様な快感が男根に絡みつき…体の芯が溶けそうになって息が止まる。
「ひぐ…む…やめて…」
「あら…ごめんなさい…でもお断りになるまではご奉仕しないと…」
そう言って静は腰を揺する。
「ひぐひぐ…かかふぇ…ひゅぅ…」
背骨に甘い蔓が絡みいて…頭の中に伸びてくる…
我慢できずにのけぞってしまう。

「ねえ…みて」
今度は真美が顔を跨いできた。
そのままゆっくりと腰を落として来た。
膝を突いた半立ちの姿勢で、彼に自分の秘所を見せ付ける。
先ほど彼を誘ってきたあの…妖しい谷間が口を開き…
ヌ…チャ…ヌチャ…
愛液と言う名の涎をしたたらせた淫らな肉の顎が、彼の目を釘付けにする…

最後のあがきか、彼はその一言を口にしようとする。
「か…かえ…ふぐっ…」
彼の顎が自分の舌を噛んだ。 もう体は彼女達の虜になってしまったのか。
彼は、心だけで彼女達の誘惑に抵抗する。
「か…ふむっ…かえ…げ…」
必死で言葉を発しようとする彼。 そしてついに。
「帰りま…」ブチュゥゥゥ…
「ああん…」
彼の両腕が、真美の尻を抱え込み、真美の女陰に顔を押し付けたのだ…
たちまちヌメヌメとした女陰が彼の顔を押し包みむ…お返しとばかりに彼の舌が真美の女陰の中を舐め…
ビクッビクッ…硬直し激しく痙攣する彼の体。
真美は彼の顔をそっと引き剥がし、上体を床に横たえた。
「お客様?」
「あは…あは…もっと…もっとして…ああ…ぁぁぁぁ」
真美の相方を務めていた二人が、嬌声を上げて彼に纏わりついてきた…

…ふぅ…真美が息をつく…
先ほどまでと同じ部屋だが、今は静と真美、他二人がいるだけだ。
四人ともあられもない姿で余韻…に浸っていた。

…あぁぁぁぁ…マリアァ…もっと…
…ユウジ…出して…愛して…

どこからか響いてきた声に一同は身を起こす。
真美が静に尋ねた。
「あれからマリア姉様はずっとユウジお兄様とこもりっ放し…そんなにいいのかしら? 静姉様?」
静が気だるげに首を振り、長い髪を払う仕草をする。
「…貴女達は経験がないものね。 ほら…私達に抱かれた男は普通は…」
そう言って彼女が軽く腰を揺らす…ヌタポ…粘った音と…フグボゴボッ…何かが唸る様な音がした。
「こうなってしまう…身も心もだらしなく溶けて…」
静の口調に軽蔑の色が混じる。

真美が首を傾げて笑う。
「男ってそういうものでしょ?」
静が笑い返す。
「ええ…特に近頃の男は寝所ではすぐマグロになるし…挙句は初めての交わりで正体をなくすし…」
静の口調が愚痴に近くなってきた。
この調子で続けられてはかなわない、真美は急いで話題を変える。
「んー…じゅあ昔は違ったの?」
「そうね…」 そう答えて静が遠い目をする。
「百年ぐらい前だと、時々頑張る男がいましたたかしら…女に主導権を取られるのは嫌だとか、男は女に夢中になってはいけないとか言って…」
そう言いながら含み笑いをする。
「ふふ…あれは『こだわり』とか『執念』とか言うのかしら」
静は少しの間物思いにふけり、直ぐに話を続ける。

「そういう『何か』に拘る男はね…最後にああして残る事がありますのよ」
「残る? 何が?」
「魂…かしら? よくわかりませんけど、お話もできるし人の形も残していますわ。 但し…」
「?」
「私達の『中』にいる間だけ…外に出てしまえば…」
静は両手を上に向かって開く仕草をした。

真美はさらに尋ねる。
「ふーん…魂かぁ。 ねえ、魂だけの男っておいしいの?」
「…そうね、しゃぶっていると微妙な味がして…それより」
「なに?」
「太りませんし…使いべりもしませんわ」
娘達が納得したように頷く。
彼女達は男を一人丸々呑み込むと、しばらくは形が崩れてしまう。
それと、生きて行くのには一年に一人の男で事足りるのだが、一日か二日でなくなってしまう…だが男の魂が残っていれば…
「いつまでも楽しめるわけね…」

真美は何か考え込んでいた。 そして妙に真剣な口調で静に聞く。
「ねぇ、マリア姉様はユウジお兄様を…その…『愛』してたんじゃないの?」
静が笑う…冷たく…
「ええそれはもう深く愛していましたとも…今時珍しく魂が残りそうな上玉でしたから」
今度は口調に悔しさがにじむ。
「…」
「最初に会った時に気がついていたのよ…だからあそこまで手の込んだまねを…」
「ちょ、ちょっと待って…じゃあ10年前にあたし達や、ユウジお兄様の前で泣いて見せたのは…」
「全部演技…いえ、うれし泣きだったのかしら」
絶句する真美。

「泣いて見せてユウジ様の心を縛り…そして、私達が自分からユウジ様の所に行く様に仕向け…」
「…でも、ユウジお兄様の方はともかく、泣いて見せただけじゃ私達がそこまでするとは限らなかったんじゃない?」
「第一、そんな面倒なことをしなくても、最初から全部話して私達に手伝わせればよかったんじゃないの?」と他の娘も言う。
静は頷く。
「ええそうね…でも、私達が行かなくても別の手段を取れたでしょうし…それにね」
一度言葉を切る。。
「ああして残った魂は分けられないの」
静は忌々しげな顔をする。
「さすが二千歳の大年増…!」

瞬間、部屋の空気が凍りついた。
何かが見ている…睨んでいる…
静と娘達は身を硬くしている。
少しして空気が緩んだ。
ふぅ…
静が息を吐いた。
「ね、かなわないでしょ?」
「…怖かった…」
真美の顔が少し青い。 そして、次の疑問を口にする。
「でも、どうして10年もほっておいたの? すぐ連れて来ても良かったようだけど?」
「貴方達が迫った時にはもうユウジ様の魂はマリア姉様のものだった…ただ、確実に魂を残させる為に、もう他の女は抱けない事を自覚させたかったみたい」
「ひどい…」
「でも、穴だらけの計画よね。 最後にお兄様が戻ってきたのも偶然だったし」
真美がそう言うと、静が首を横に振る。
「執念深いマリア姉様が偶然に期待するものですか…ユウジ様のご両親の泊まった宿にマリア姉様が行ったのよ。 その翌々日よユウジ様が戻ってきたのは」
真美達は声も出ない。
「親も…連れ合いも…子も…兄弟もいない…この世で一人…そうなればこの世に居場所はなくなる…」
真美が身震いして続ける…
「後はマリア姉様の所に…」
真美は軽く目を閉じた。 ユウジに同情しているのか、それとも…

「静姉様」別の娘が声を掛けた
静が、何? という顔をする。
「ユウジ様はマリア姉様を…その『愛してる』と思い込まされて…魂が残ったのよね…」
「ええ…それで?」
「じゃあ…『あいつ』は?…あれはどうして?…」
静は?と首を傾げ、直ぐああという表情になる。
「ふふ…『あの方』ね…くす…小娘なんぞに、女なんかに、そう『男の見栄』それに囚われましたのよ…」
そう言って肩越しに振り替えった。
そこには壁があるだけ。 彼女が見ているのは、壁の向こう…そこで続けられる狂宴を思い、そして笑う…

……『紫陽花』……その奥の奥に一つの部屋があった。
そこに掲げられたルームプレートにはこうあった。
『真紀のVIPルーム』

部屋の奥、ベッドの上に全裸の少女が横たわっている。
10年前、ユウジの前から消えた時の姿のままの真紀だ。
彼女は時折身を震わせ、甘酸っぱく熱い吐息を漏らす。
「あはぁ…いい…もっと…もっと…いいよぉ…」

その可愛らしいお腹が、時折、ボコリ、ボコリと不気味に膨らむ。
そして、野太い男の声が響いてくる…
「おぅ…おお…頼む…頼むから…いかせてくれ…逝かせてくれぇ!!!!!!」
『拝み屋岩鉄』…彼の願いが聞き届けられるのはいつの事になるだろうか…

…………………サー……………………
降りしきる雨の中…『紫陽花』は幻の様に現れ、幾多の男達を呑み込んで消えていった。
それが不幸だったのか…極上の幸せだったのか…それは彼ら自身にしか…いや彼ら自身にもわからない…


<紫陽花 終>

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【解説】


【紫陽花:目次】

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