紫陽花

15.温泉


『紫陽花』の入り口に、白い着物姿の女性が現われた。 静である。

彼女は宙に向かって右手を差し延べ、何かを掴み取るような仕種をした。

そのまま、手を口元に持っていき、ふうっと息を吐く。

キラ…彼女の口の辺りで微かな光が生まれた。

それは、微かに光る細い光…そのか細い糸は、ユウジ達の後を追うように、ビルの間に伸びている。


静の口元が、僅かに微笑の曲線を形作る。

「ご指名されていながら、お帰りなさるなんて…せっかちな方たち…」

そして小首を傾け。

「では、当初の予定通りこちらから参る事に致しましょう」

そして、静は糸を手繰りつつ夜の闇に紛れていく。


−−ビジネスホテル「ブラック・バス」−−

ユウジ達は、近場のビジネスホテルに泊まってることにした。

3F建ての小さなホテルなのだが、珍しく大風呂がついてた。 それも、温泉である。


二人はツインの部屋に落ち着くと、三島がユウジを大風呂に誘った。

風呂と聞いて、ユウジは一瞬嫌な顔をする。

しかし、雨の中を動き回り体がべとついるし、何より昨日の事もある。 一人になるのは怖かった。


カラカラカラ…モワッ…

「?…おわっ!?」温泉の中を見てユウジが軽く驚く。 黒い…醤油と見まごう程に湯が黒かった。

「こ、これ大丈夫ですか」

「失礼な奴だ、オーナーが怒るぞ。 この辺りは地下深くから汲み上げているせいかこんな色だ」 三島が笑う。


(ふぅ…)湯に浸かり湯船に体を預けると、かなり疲れていた事に気がつく。 

ユウジは今までの事を考え直していた。 こうやっていると、何処までが現実だったのかわからなくなりそうだ。

隣で三島も何か考え事をしている。

「…霧になるか…バンパイア…と…ナメクジ…」

「え?」三島の呟きが耳に入った。 唐突な『ナメクジ』という単語が引っかかった。

「なんです? ナメクジ?」

「ん…ああ知らんか。 日本の言い伝えの一つだと思うが『ナメクジは糸のようなものを出して遠くに移動する』という

のを聞いた事があるんだ。 話によっては、『糸』が『煙』や『霧』だったりするんだ…」

三島はそこで話を切り、何かを思い出し続ける。

「今日、あの場所ででかいナメクジを見かけてな…それで思い出したんだ…どうした?」

今度は三島がユウジに声を掛けた。

ユウジは眉根を寄せて考えている。

(マリア…一瞬鏡に映った姿が…でもあの時は自分も…)

「おい?」

(アロマもイルマも…光るほどにローションまみれ…あれがローションでなかったとしたら…彼女達はひょっとして…)

「おい剣崎?…」カラカラ…「お?…あ、すみません。女性が入れる時間は6時までですよ」三島が妙な事を言う。

「へ?」

ユウジが三島に注意を移す…そしてその視線をたどって風呂場の入り口を見る…

「…!」

白い湯気を纏いつかせ、全裸の女性が入って来る…抜ける様な白い肌、腰まである黒い髪、そして…青い瞳。

「…こ…こんな所まで…」ユウジの口から怯えた声が漏れる…


三島はユウジの様子に気がつく。

「知り合いか?」

「『紫陽花』の…」

「何? じゃあ…君がマリアか?…」

ザバッ…三島が勢いよく立ち上がる。 ブルン…息子も同時に…

「あら…」静が口元を手で隠し微笑む。

三島は自分の股間に目を落とし、慌てて湯に体を沈めた。


静が口を開く。

「…あの、私も入らせていただいてよろしいですか?…」

ユウジはブンブンと首を横に振る。

「お話をしたいのですが…このままでは少し涼しすぎますので…」そう言って、ごく微かに震える。

「…仕方ない、お入りください。 ただ、そちら側へ入って…そう、そこから近づかないで」

三島が湯船の向こう側を指し、静はそれに従って、湧き出し口の近くにそっと身を沈める。

チャプ…静を中心に波紋が広がる。 黒い湯のせいで、肩から下が全く見えなくなる。


三島とユウジが視線を交わす。 そして、三島が話し始めた。

「では、マリアさん」

「すみません、私は『静』と申します。 『紫陽花』でマリア姉様の補佐のような立場にあるものですわ。 それで貴方様

はユウジ様のお兄様でしょうか?」

「いえ、私は三島と申します。 彼の先輩です」

(いかん、どうしても向こうのペースに乗せられる…しかし…美人だ…)

三島は静を観察しながら、どう話を持っていこうか考える…

(…ソープ嬢といには品がある……とても『化け物』とは……ユウジの奴がSEXの体位を勘違いでも…)

フワリ…湯気が顔を撫でる…鼻腔に甘い香を感じた…

(いい匂いだ…あぁ『母さん』…)えもいわれぬ心地よさに、三島は身を委ねたい誘惑を感じた。


ユウジは、とりとめの無い事を考えていた。

(いい匂いだ…そういえば、静さんの裸は見ていなかった…何か…近寄りがたいような…柔らかそうな…コーヒー…

あれ?…)

脈絡もなく『コーヒー』という単語が頭に浮かぶ。

ボーッとしてきた頭を、『コーヒー』を手がかりに働かせる…と、視界の隅に白いものが映っているのに気づいた。

(あれは…)

ともすれば、静に吸い寄せられそうになる視線を、無理に引き剥がして白いものを凝視する。

(湯に…白い帯?…ああ…黒い湯に白い縞模様…それでクリームの浮かんだコーヒーを連想したんだ…はは…つま

らない…)

生気の無い笑いを漏らすユウジ。 そして…

(あれ?…これは…何?…)

ユウジは白い縞の流れを目で追う…それは浴槽全体に渦を巻き…その源は…

「静…さん…」

湯の湧き出し口で、湯の勢いでユラユラと揺れる静。 その周りの湯が白く変わり、湯の流れに沿って白い渦を作って

いる。

その白い渦は、不思議な甘い香りを放ち、三島とユウジを巻き込んでいく…


「…先…輩…」ユウジが三島を呼ぶが、返事が無い。 ぼうっと静を見つめている。 そしてユウジも…体がうまく動か

ない…

「あ…」気がつけば、湯は白一色に…そして甘い香りの湯気が、二人に纏わりつく…


静が口を開く。

「如何でしょう、静の『乳温泉』…お気に召していただけましたか…」

「ち…『乳温泉』…あ…ええ…なんだか…」

「ご堪能くださいませ…効能は…」

静が言葉を切り、俯いて軽く目を閉じた。 そして目を開いて二人を見る…暗く青い炎が灯った瞳で。

「効能は…とても穏やかな心地になり…体が蕩けるように柔らかくなりますよ…」

「え…」「何…」

「ふふ…大層、良い心地でしょう…」


二人とも力が入らない、思うように動けなくなった。 しかも、心地よさに浸っていると、逃げ出すどころか頭まで回らな

くなってきた。

三島は息を止めようとして逆に甘い乳の湯気を深く吸い込んでしまった。

フワー…(ああ…心が軽くなる…頭の中が…) 

そしてユウジも…


「それでは、失礼して…」律儀に断りをいれ、静が二人に近寄る。

ユウジの目がのろのろと動き、静の顔に焦点を合わせる。

「静…さん…」

ピト…静がユウジの頬に触れる。

「ユウジ様…」

ふにゅぅぅぅ…

「はぁぁぁ…」

そっと、静がユウジを抱きしめた…柔らかい…それでいて存在感のある女体がユウジに纏わりつく…

身を捩って、抵抗を試みるが…

フニフニフニ…「は…ぅ…」

乳首が刺激されため息が漏れた…

「ふふ…逃がしませんわよ…ユウジ様…」


静が足を開き、ユウジの太ももに腰掛けてきた。 そして、イチモツに優しく何かが触れてくる感触…柔らかい唇のよう

なものが…

ニュ…チュゥ…

(ああ…呑み込まれる…)

恐怖を感じようとして…できない…どうしても安らかな気分になってしまう…

「ユウジ様…どうして逃げ出したのですか…」

ビクッ…思い出した…ヒデヨシを…前田を…しかし『恐怖』を感じる事ができない。

「ああ…どうしてなんだろう…本当に…」

フニュフニュ…ヌルヌル…静が妖しく笑いながら、全身でユウジを愛撫する…

「あぅぅ…ああ…」ユウジが喘ぐ。

「そうでしょう…さあ、静が気持ちよくして差し上げます…そして、『怖い』なんて気持ちは洗い流してしまいましょう…」


ユウジの心の中で何かが叫ぶ、『危ない』『逃げ出せ』と…

それが判るのか、静はユウジの胸に双丘を押し付け、プニプニ乳首でくすぐりながら、生暖かい乳を塗りつける…

トロリとしたそれは、胸に染み込んでくるよう…そして同時に、奇妙な安心感が胸を犯し、『恐怖』が溶けていく…

「あう…柔らかい…もっと…下も…お願いします…呑み込んで…」

「素直におなりですね…でも下は駄目ですわ…」

「そんな…」

「ユウジ様は、マリア姉様を味わったのでしょう?…私では満足できませんわ。 代わりに口で『恐怖』を吸い出してあ

げましょう」

そう言って、静は一度ユウジを離し、そっとイチモツに手を添える。

これほどの目にあっているのに、ユウジの股間はだらりと下がったまま。 陰嚢も伸びきっているのがわかる。

(やはりこの体はマリア姉様を覚えている…うまくいくかしら?…)

赤い口びるが開き、頭を沈めて男根を咥えようとする。 が…

ぐいっ…「あっ?」

静が引き戻された。 背後から三島の逞しい腕が伸びてきて、静を抱き閉めユウジから引き剥がしたのだ。

「うう…ユウジ…は…早く出ろ…」

「あー…先輩…どうかしました?…」ユウジはまだ静の術中にある…

「正気に戻れ!…ここから出るんだ!…」


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