紫陽花

10.出張サービス


−− 『紫陽花』 −−


「逃げた?…」

「ええ…」


紫陽花の一室に、女達が顔を揃えていた。

静、ヨシミツと顔を合わせた女達、真紀、真美…その中に、マリアとアロマはいない。


「マリア姉が欲しがった男の子でしょう?…なんで逃げられるの?…」

そう言ったのは、金髪碧眼の美少女…年はユウジ達と同い年に見える。

「マリア姉が、それも本気で捕まえたら…逃げられるわけが…」

「わからないわ…」静が答える。

「マリア姉様が答えてくれないもの…」

そう言った静だが、何か気がついているようでもある。

(…あなた達には…まだわからない…)


「フーン」「ねえねえ、どうするの?」無邪気に聞いてくる真紀と真美。

「…口封じ…」20代に見える女が無表情にボソッと呟く。

ギョッとする者、苦笑する者、意味がわからない者と、周りの他の女達は様々な反応を示す。

「マリア姉様のお気に入りを?…」静が言うと、彼女は黙り込んだ。

「んじゃ、『洗脳』!」真紀が提案する。

「魂を抜かれた人をマリア姉様に差し出す気?」

「戻ってきてから、『洗脳』を解けばー」

「また逃げられるわ」「むー」

皆考え込むが、他の意見が出ない。


「静姉様には何か考えがあるの?」と金髪美少女。

「…一度はマリア姉様と寝ているわ…」静が自分に言い聞かせるように言う。

「彼はあたし達の体を忘れられないはず…」静の言葉に何人か頷く。

「誰かが行って、生殺しにすれば…」

「堪えきれなくなって戻ってくるかも…」美少女が後を引き継ぐ。

「ええ…イルマ。行ってくれる?」

静が美少女…イルマを指名する。

「えー、あたしが行くの?…最後までしちゃ駄目なんでしょ?」

「ええ」

「うー…それじゃあ生殺しなのはこちらじゃないの…」

「マリア姉様の為」

イルマは、やれやれという感じで立ち上がり、

「で、その子の巣はどこ?」

「あ…」

……………………………………


−− その夜 『マジステール大学・付属日本高校・杜若寮306号』「剣崎ユウジ」の部屋 −−


ユウジはベッドに寝っ転がるって、天井を見上げていた…

(…)

マリアの泣き顔が白一色の天井に浮かぶ…目を閉じても消えない…

(他に考えるべき事が…ヨシミツの事だって…俺ってこんなに薄情だったのか…)

何を考えても自己嫌悪に陥る。 やりきれない。

(何をうじうじしてるんだ…それよりヨシミツの事だ…誰にどう説明すればいいんだ…)


トントン…

ビクッ!

ノックの音に文字通り飛び上がるユウジ。

「剣崎君? 305の前田だよ。 開けてくれない?」


(何だよ…こんなときに…)

多少腹立たしく思いつつも、起き上がって鍵を開ける

カチャ。

扉の向こうに、眼鏡をかけた前田が立っている。

「ごめん。 お風呂貸して」

「あ?」

この寮は、潰れたビジネスホテルを買取り、そのまま寮として使っていた。

運動部に所属する生徒などは個室にシャワーがついている方がいいだろうと考え、幾つかの部屋はバスルームが残

してあった。

「305も風呂付だろう?」

「電球が切れたんだよ」

「1Fの大浴場は?」

「運動部が帰ってきて、みんなで騒いでるよ。 一緒になるのが嫌なんだ。 駄目…かい?」

前田は、成績はいいが運動は苦手なタイプで、気も弱い。

風呂場でよくからかわれるので、バス付きの部屋に入っていた。


ユウジは断ろうとして、ふと思った(風呂…気分を変えるのにいいかもな…それに…マリアと『して』からそのままだっ

たし…)

「…まあいいか…」

「ありがとう! あれ?どしたの柔道着のままで」

ギクッ!

「あ…ああ…部活が終わったら、脱いだ服がなくなってて、これを着て帰ってきたから…」

「悪戯かい。悪い奴がいるなぁ。 学生課に届けないと」 

「ああ、たいしたことじゃないから…じゃおれ飯食って大風呂に入ってくるから、その間に入ってくれ」

「悪いね」

ユウジは、服を着替え、洗面器とタオルと石鹸を持って部屋を出た。

入れ替わりに、前田が部屋に入って来た。

「お、湯が出してある。 親切だよな剣崎君は」

前田は、服を脱いでバスルームに入り扉を閉めた。

ザー、音が変わった。 シャワーを浴び始めたようだ…


その頃、寮の裏の道路を一台の自転車が走っていた。

「おうっ?」キキッ。

自転車を漕いでいた中年の男が、奇妙な声を上げてブレーキを掛けた…いきなり、濃い霞に包まれたのだ。

霞を突き抜けて、自転車が止まる。

振り向けば、すぐ後ろに白いもやもやとした塊があり、それは塀を乗り越えるようにして、向こうに消えていった…

男は首を傾げるが、それ以上の事はせず、そのまま走り去った。


白い霞は、広がることもなく寮の裏に蟠り、壁に沿って這うように上っていく…

3Fまで来ると、窓の一つのに張り付くように留まる。

少しして横に流れ、隣の窓の前で…

そんな事を繰り返し、306の窓の前に来た。

他の場所と同じようにそこに留まっていたが、今度は様子が違った。 次第に薄くなっていく。

いや…窓の隙間から、部屋の中に霞が入り込んでいく。

白い霞は、椅子に掛けられた柔道着に纏わりつく。

と、霞が一塊になり、人の形になり…裸の女に変わった…

女は、柔道着に顔を寄せ、匂いを嗅いでいる。

「マリア姉様の匂いがする…ここね…」

女が顔を上げた。 イルマだ。


パシャ、水音がした。

振り返ったイルマは、バスルームが使用中である事に気がついた。

「うふ、わざわざ裸になってくれてるなんて…」

イルマは微かに笑い、バスルームのノブに手をかけてそっとまわす…鍵はかかっていない。

音がしないようにドアを開ける…


前田は、唖然としている。

ユニットバスの狭い湯船に浸かっていたら、ドアが開いて、裸の金髪の美少女が入って来る…事態が把握できない



「えーと…どちら様?…」間の抜けた質問が出る…

もし、ここに来たのが静かマリアなら、バスの中の少年がユウジでないことはすぐにわかったろうが、あいにくイルマ

はユウジの顔を知らなかった。

「くすっ…私はイ・ル・マ・…わからない?…何処から来たか…」

「えーと…(女の子が…男子寮の部屋に裸で…ま、まさか…剣崎君が出張ナントカを!?)」


前田が状況を理解しえずにいる内に、イルマはバスルームに入って来て、躊躇うことなくバスを跨ぐ。

「ちょっと!」

「大きな声を出さないで。 わざわざ人目につかないように忍び込んだんだから」

言われて、前田も気がつく。 

この状況で他人に見つかれば、説明に苦労することは間違いない。

第一、ここは高校の男子寮。 声を出して駆けつけてくるのは…


前田が黙ってしまうと、イルマは前田の足の間に体を滑り込ませた。

「!」

前田は彼女を止めようとするが、狭いユニットバスに二人では、身動きが取れない。

その隙に、イルマは器用に体をくねらせ、前田の体の下に、自分の体を滑らせた。

ザバ…湯がこぼれる。

「ひゃぁ…」

滑らかな女の子の肌の感触を背中全体に感じて、喜びとも驚きとも取れる声を上げる前田。

前田の体は、下からイルマの体に支えられ、両足はイルマの肩に乗っている。

その足の間から、イルマが顔を覗かせ、前田と正対している。


イルマの青い瞳が、くたりと寝そべる前田の男のシンボルを捕らえた。

チロ…可愛い口から舌が覗き、口びるを妖しく舐める…

それを見て、前田は恥ずかしさがこみ上げてきた。

顔がまっ赤に染まる。


「き、君が誰か知らないけど…ぼ、僕は…う!…」

前田の言葉が途切れる…

イルマが、前田のモノを掴み、皮を被ったままのそれを口に含んだのだ。

ヌルリとしたものが、皮をこじあけ亀頭と皮の間で蠢く感触…

ヌチュ…ヌリュ…ヌチュ…

「ひ?…あ!…あ!…あ!…」

ゾク…ビクッ…ビクッ…ビキッ…

前田のイチモツが、健康な男の反応を示す…が、亀頭が露出しない…包茎のようだ…


イリアが可愛らしく小首をかしげる。

(あらー?…マリア姉様皮を剥かずに食べたのかしら…)

しかし、深く考えずに作業を再開する。

「ふぉれ、へんぼうひょうっふぇひふの(これ、潜望鏡っ言うの)…」

「う…しゃべら…そこは…汚い…あう…」

前田は混乱する。 当然は彼は童貞であり、そして…

キュン…キン…チュクン…(あぅ…性器が変だ…)

慣れぬ感覚に戸惑い…

「だめだよぉ…やめてよぉ…病気になっちゃう…ママがそう言ってたよぉ…」半泣きであった。


イルマの顔が一瞬曇る。

(騒がれるとまずいわ。 それにしても、マリア姉様こんな子が好みだったの?…でも、こういう子を『踊り食い』するの

もいいかも…)

イルマは口を離して言う。

「大丈夫よ…病気になったりはしないわ…マリア姉様の所に戻りたくなるようにしてあげるだけよ」

「マリア?…誰だよぉ…その人…うえっ…」

「誰って…?」

ここに来て、イルマはようやくターゲットを確認していない事に気がつく。


「待って?…貴方の名前は?…」

「うえっ…前田…前田ヒロシ…」

「…」

一瞬の沈黙…そして…

(部屋を間違えたかしら?…でもあの服の匂い…まあ、いいか…そういうことなら…)

イルマがにっこりと笑う。

「あらごめんなさい…人違いみたい…おわびにスペシャル・サービスしてあげる♪…」

「い、いや。 結構で…ひっ!…」

イルマの目が笑っていない。 瞳に青い炎が灯っている。

ヒロシは得体の知れない恐怖に捕らわれた。

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