紫陽花
9.涙
ドアの隙間から覗いた姿勢のまま、凍りつくユウジ。
部屋の中で展開されている光景が理解できない。
(これは!…いったい?…)
もしヨシミツが悲鳴をあげていれば…アロマが怪物であれば…ユウジは助けに入るか、逃げ出すかしていただろう。
だが、ヨシミツは愉悦の呻きを上げ…彼を呑み込みつつあるのは、女…
彼らは、これが目的でここに来た…だがこれは…ゴクリ…ユウジののどぼとけが動く…
(凄い…)
ユウジは部屋の中に気をとられて気がつかない、背後に立つ白い影に…
「…ぅぅぅぁ…もっと…」ヨシミツが呻く…
「はぁ…あふ…来て…中に…」
「…はあぅ…乳首がいいよぉ…」ペチャ…ペチャ…ヨシミツは胸の辺りまで呑まれ、陰唇がヌラヌラとはむように乳首を
舐める…
ヨシミツの左腕が、お返しにアロマのクリトリスの辺りを愛撫する。
ムニュ…ヌタ…アロマの肉襞が、手に巻きつく…
「あひっ…手も…」
”うふっ…そこもいいでしょ…ねぇ…中を…”
手を包み込んだ淫肉の中を、指先で撫でていると、アロマがヒクヒクと喜ぶ…そしてヨシミツの手も…
左手は、誘われれるまま中にもぐってしまった…内側から愛撫を返しているのか時折アロマの下腹が、ボコリボコリと
動く…
ジュルッ…ジュルッ…身を捩ってよがるヨシミツ…そしてアロマの中へ…
「あぅぅん…胸がぁ…いいよぉ…」
”ああ…あたしもいい…”
(おかしい…あり得ない…変だ…)
ユウジはさっきからそれを考えていた。
二人の交わりは異常なのはわかっている…だが…体がだるい…頭が回らない…
(誰かを呼んで…誰か…マリア…そう…マリアを呼んで…マリアに…マリア…)
マリアを思い出す…マリアの体を…
ヒクッ…ヒクッ…
「あぅ…」ユウジの体が、マリアの感触を思い出す…
吸い付くような肌…這いずるような愛撫…滑る蜜壷…
(マリア…あんな風に…マリアにされたら…)
キュウウウ…陰嚢が縮み上がる…甘い痺れが下半身に生まれ、徐々に体を満たしていく。
(ああ…そうだ…あの体…あれに…)
狂おしい欲望が、止め処もなく沸き起こる…マリアに…『女』に抱かれたい…そしてそのまま…
「マリア…マリアに…」部屋を覗いたまま呟くユウジ…
「ユウジ…」背後から声が…
ユウジはゆっくりと振り向く。
マリアが、白い裸身を晒して立っていた。
マリアの顔に寂しさとも諦めともつかない表情が浮かぶ。
「見たのね…」声が震えている。
ユウジからの答えは無い、なぜなら…その目はドロンと曇り、マリアを…その体を熱い欲望のまなざしで見つめる。
「ああ…ぅぅぅ…」
唸る様な声を上げ、マリアに近づくユウジ…
「…あなたも…狂ってしまったの…」悲しげな声で呟いた。
「いいわ…あなたが欲しい…あなたの全てが…」マリアは両腕を広げる…
フワッ…バスローブが床に落ち、肌をさらすユウジ。
マリアはユウジを抱きしめると…フニュゥ…柔らかな乳房が、ユウジの胸に吸い付く…
「はぁ…」ユウジのイチモツが固く反り返り、マリアの足の間に滑り込む…
ニチャ…ニチャ…濡れたマリアの陰唇が、ユウジの亀頭から陰茎をとらえ、ヌルヌルした肉が巻きついていく…
ニュクン…ニュクン…蕩けるような…なんともいえぬ気持ちよさ…
(うふぅ…蕩けちゃいそう…もう…)
”気持ちいい…?…”囁くような声がする…不思議な事に、それは彼のイチモツを通して体に響く…
(うん…凄くいい…)
”このまま…私の中においで…”
(うん…行くよ…)
”気持ちよくて…全部…溶けてしまうまで…”
(うん…)
ユウジは身も心も、マリアの肉の囁きの虜になっていく…
そんなユウジを抱きしめたまま、マリアが悲しく、搾り出すような口調で呟く…
「…みんな虜になる…私の体の…好きになった男ですら…」
一筋の涙が流れる…
「だれも…私の心には…うっうっ…」嗚咽が漏れる。
だが、マリアの口調と表情とは裏腹に、その美しい体は、妖しく蠢きユウジを愛撫する。
そして、ユウジも…
キュゥゥゥゥ…ニュル…ニュル…ニュル…
「あぅぅぅ…蕩けるぅぅ…」
トロリとした何かが、鈴口から絞りだされ感覚…いつもよりずっと粘り…長く続くそれは、極上の快感…
ニュル…ニュル…ニュル…ニュ…
いつもで続いたのか…締りの悪い蛇口のように、流れが少しずつ弱り、ゆるりと止まった…
その時、マリアの快楽に溺れていたユウジの五感が僅かに戻ってきた。
異様な声が聞こえてる…
「ヴワァァァァ…ドドケデゥ…」
「あ?…」
ユウジの頭がのろのろ動き、その目がマットレスに横たわるアロマの姿を捕らえた。
大きく開いた、足の間には何もない…いや、小さなものが何か動いている。
それは、人の手…アロマの女陰から手が…それは微かに蠢きながらアロマの女陰に沈んだ…
小さく膨らんだアロマのお腹が、微かに動き…
「ボクッ…」異様な音がもう一度…ユウジの頭は、それがヨシミツの最後の声だったと認識する…
「あ…あぁ…」
見たもの、聞こえた声、全てが『ヨシミツが、この世から消えた』という認識を作り出す。
それが、悦楽の沼に浸っていたユウジの心に、『恐怖』という銛を打ち込み、現実に引き戻した。
(喰われた…あ!…あぁぁぁぁ!…)
「う…ぁぁぁぁぁ!…」
後になってみれば何故そんなことが出来たのか不思議ですらあった…
ユウジは、マリアを振りほどく…ドサッ…マリアは床に投げ出された…
視線をマリアに移すユウジ…ズキッ…ユウジの胸が痛む…マリアは悲しげな表情で、涙を流していた…
マリアの涙に感じた罪の意識、恐怖、混乱がないまぜになり…決定的な言葉を言ってしまった…
「ば、化け物!…」
ピクッ…マリアの表情が僅かに歪む…自分の言葉に傷ついた、ユウジはそう感じた…
身を翻し、脱兎の如く駆け出す…逃げなければ…何から?…マリア?…『女』の形をした化け物?…それとも罪悪感
?…
ペッタペッタペッタ…はだしの足が、リノリウムの床に妙なリズムを刻む。
廊下を走り、待合室を抜け…ズシッ…無意識のうちに鞄を拾って外に飛び出す。
パシャパシャパシャ…足音が変わった…
濡れた足音がアロマを思い出させる…後を何かが追ってきているような気がして、ユウジは駆け続けた…
何処まで走ったのか、シャッターの下りたビルの通用門の軒下で、鞄から柔道着を取り出して羽織る。
「た、助かった…うっうっぅっ…ぅぅぅぅぅぅぅ…」
嗚咽が漏れる…悲しい…胸が張り裂けそうに痛む…助かった喜びなど微塵も感じない…
雨は、まだ降り続けていた…
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