紫陽花
6.ディープ・キス
−− 一時間後 『マジステール大学・付属日本高校・杜若寮306号』「剣崎ユウジ」の部屋 −−
「なあ、何が気に入らないんだよ」
「うるさいよ、俺の勝手だろ」
ヨシミツは、寮に帰って来るなりユウジの部屋を尋ねた。
ユウジは会いたがらなかったが、ヨシミツは強引に入って来て、ユウジを『紫陽花』に誘う。
だが、ユウジは頑なに断り続けた。
「どうしてだよ。 マリア姉様…いや、マリアさんがお前を欲し…いや是非お礼をってだなあ…」
ユウジの表情が微かに変化する…
実のところ、ユウジ自身にも何故飛び出したのかわからなかった…
困惑、怒り…そして欲望…訳のわからぬ感情がが爆発して、いたたまれなくなったのだった。
寮に帰って落ち着いてみると、今度はあんな飛び出し方をした事が気になっていたが、いまさら戻る訳にもいかない…
悶々としていた所に、ヨシミツが帰って来たという次第だ。
(…ヨシミツに、強引に引っ張っていかれた事にすれば…格好がつく…)
ずるい考えになったが、この際だ…しかし、まだ心の整理がついていない…
時間を稼ごうと、ヨシミツに話を振る。
「お礼…お前はお礼もらったんだろ…」
「ああ…マリア…さんは、自分でお前にお礼をしたいって…」
改めてマリアの事を思い出す…女の匂い…大人の女の体…鼓動が早くなり、ズボンがきつくなるが…
「…何だか…これから行くと、体目当てみたいだ…」
「何が気に入らないのか知らないけど…お前はマリアさんに抱かれるのが嫌なのか?…」
「もう少し言い様があるだろう…」
「気取っても仕方ないだろう。 男と女なんだし…そうか! お前もマリアさんに惚れたのか…」
「な…ばか!…」(そうか…そうだったのか?…)
ユウジはようやく自分の心が乱れる理由に気がついた。
マリアが欲しいから、他の男にマリアが抱かれるのが嫌だから、あの場に居たくなかったのだと…
そこまで考えると、ヨシミツの言葉が気になる。
「お前もって…ヨシミツ、お前もマリアさんを?…」
「いや、俺はアロマさんのものだ」
「もの?…なんだそりゃ?」
ユウジは、ヨシミツの答えの意味がわからない。
アロマというのは、「紫陽花」の女の子だろうと見当がつくが、「アロマのもの」と言う言葉がピンと来ない。
「どうでもいいだろ。 マリアさんが嫌いでないなら、拒む理由はないだろう…」
「いや…そんな事は…ただ…嫌いじゃないから、もっときちんとした…」
(…あらあら奥手…ヨシミツ様…もう一押し…)ヨシミツの頭の中に、静の言葉が響く…
ネットリと頭の芯に絡みつく声の命じるままに、ヨシミツは友人を説得する。
「お前があんな風に飛び出してきたから、マリアさんは泣いていたらしいぞ」
ユウジは絶句した…マリアを傷つけたのではないかと思い、焦る。
「泣いて…謝ったほうがいいかな…」
「おお、それがいい。一緒に行こう」
「ああ…そうだな…明日、部活の後で行くよ…」
「明日…」
(…仕方ありませんね…ヨシミツ様…必ずお連れ下さいませ…)
「はい…もちろん」
「?…何だ?」
「いや…何でもない…じゃあ明日だな」
ヨシミツは、誤魔化す。
ユウジは、ヨシミツの態度に腑に落ちないものを感じたが、マリアへの謝罪の言葉を考えるうちに忘れてしまった。
−−翌日 ソープランド「紫陽花」 −−
「…あの…昨日はすみませんでした…」
「…いえ…私こそ…その失礼な申し出をして…御免なさい」
昨日と同じ『待合室』に通されたユウジとヨシミツは、マリア、静の出迎えを受けた。
会話しているのはユウジとマリアで、静はおっとりとした態度で茶を啜り、ヨシミツにいたってはボーッとして宙を見ている。
もっとも、ユウジはマリアへの謝罪に忙しく、ヨシミツの様子に気がつかない。
ユウジとマリアは、互いに謝ってしまうと会話が途切れ黙り込んでしまった。
静は、二人の様子を窺い、ヨシミツに声を掛ける。
「ヨシミツ様。 今日もアロマがお相手でよろしいですか?」
「…はい…宜しくお願いします…」
ヨシミツはそう言うと、ふらりと立ち上がる。
静は、ヨシミツの手を取り、『待合室』から連れ出してしまう。
ユウジはヨシミツを見送り、マリアに尋ねる。
「あの…僕らはここまでして頂くほどの事はしていません」
「…そうかもしれないわね…でも、私は貴方達にお礼をしたいの…最後まで…」
「?」ユウジは首を傾げる、マリアの言葉の意味がわからない。
「…剣崎君…私じゃ…嫌?…」
マリアがユウジの目を見据える。
憂いを含んだ濡れた瞳に自分の姿を見つけ、ドギマギするユウジ。
「そんな事は…その…嫌だったのは…マリアさんが…」
「私が?」
「他の男と…それが…」
マリアが微笑む…
「そう…安心して…あなたが存在する限り…私はあなただけを愛する…それじゃ駄目?…」
「ぶっ!」ユウジは驚愕する。
これではプロポーズされたようなものだ。
いくらなんでも唐突過ぎる、慌てて何か言おうとするが…
「あ…」
マリアの顔が目の前にある…マリアの両手がユウジの肩にそっと置かれ…すっと背後で交差した…
しっとりとして…微かに滑る冷ややかな肌の感触が首筋をくすぐる…
(捕まった…)
「捕まえた…」
マリアの香りが、ユウジを包む…
「ん…」
マリアが両目を閉じて口付けてきた…ユウジも目を閉じる…
ムチュ…(なんて…柔らかい…)
マリアの唇が…ユウジの唇を…そして心を捉えた…
ユウジの世界がマリアの唇だけになっていく…
マリアがゆっくり口を開ける…合わせてユウジも口を開けていく…
ユウジの口の中で…舌が震える…何かを待つように…
チッ…ピク…舌先に何かが触れる…
チュ…チチチチチチチ…尖ったマリアの舌先が…待ち受けるユウジ舌の上をゆっくり滑る…
ズッ…さながら手を取るように、マリアの舌が、ユウジの舌と顎の間に滑り込み…ユウジの舌を軽く持ち上げた…そし
て、慣れない少年の舌を誘う…淫らな女の口に…
導かれるまま…おずおずとユウジの舌はマリアの中に…
クルッ…「!」…マリアの舌に巻きつかれた…
チュルル…チュルル…
「ム…ご…」
マリアの口の中で、舌が翻弄される…ヌルヌルとした平たいナメクジのようなマリアの舌…それがユウジを捕え…優し
く愛撫し…這いずりまわる…
ピチャ…ビチャ…(口が…犯されている…)
チュウ…チュウ…チュウ…(舌が…吸われる…)
ヒクッ…ジュン…(?…何…変…)
ユウジは、舌に異様な感じを覚える…甘く…重たく…ドロリとした…
それは、舌から口に…そして頭へと溢れ…ユウジを酔わせる…
トロー…トロー…頭の芯が…蕩けそうだ…
ピクッ…ピクッ…舌が震える…止まらない…舌が固く…固く…固まって…
ヒクッッ…(ふぅぅぅ…)舌が…達した…
チュ…ツ…
光る糸を引いて、二人の顔が離れる…
ユウジは目を開け、たじろぐ…
目の前に、マリアの瞳があった…暗い…闇のように暗い…男を誘い呑み込む欲情の炎を湛えた瞳…
マリアの本性を見たような気がした…
(恐ろしい…)と思い、同時に(この女に…呑まれたい…)そう思った…
マリアが囁く。
「ユウジ…『男』にしてあげる…私の中で…」
マリアの呼気が生暖かい…『女』の匂いが…ユウジに纏わりつき…心を縛る…
(ああ…マリアさんに…)ユウジは、奪われてる快感に堕ちて行く…
【<<】【>>】