紫陽花

2.『紫陽花』


二人はポカンと口を空け…盛大に笑い出す。

「…お、おかしい…ヒャハハハ…」

「た、確かに…ぶはは…『夢と快楽の園』だ…だははは…」


ビルの谷間、四角く灰色の壁に囲まれたその空間に、はめ込まれたように小さなビルが建っていた…

そして、蛍光色の派手な看板『ソープランド・紫陽花』。


「なによ…そんなに笑わなくてもいいでしょう…」

口を尖らすマリア。


「あー、マリア姉が帰ってきた」

「ねーねー、お土産は…あーお土産が二つもある」

「これ、失礼な口を利いてはいけません、『お客様』とお呼びしなさい」

にぎやかな声がして、『紫陽花』から出てきた一行を見て、二人はまた驚いた。

清楚な感じの黒髪の和服美人…はまだわかるとして、10歳ぐらいの女の子、それも金髪の子が二人走り出してきて、
マリアに飛びついたのだ…

(こんな小さな子が…まさか…)

(…場所も場所だし…やっぱりやばい店じゃ?…)


「ごほん…そういうお店じゃありません」

「あ…わかりました?考えたこと」

「顔に書いてあったわよ…この店の子はね…そう、家族みたいなものなのよ」

「家族ですか?」

「少し違うの…氏族とか、そういうものね」

「へぇ…」

そんな会話の間に、二人の子供はマリアから離れ、ユウジやヨシミツに纏わりつく。

「おいおい…くすぐったいよ」

「こら、真紀、真美、その人たちは私を送ってくれたの」

「送って?…」

「うーんと…ああ『送り狼』だ!」

「ぶっ!」


マリアは着替えの為に奥に入り、二人は和服美人に小奇麗な応接室に案内された。

キョロキョロと辺りを見回す。

使い込まれた応接セット、テーブルにライタ…真新しい大画面の液晶テレビが少し浮いている。


程なく、先ほどの和服美人がコーヒーを持ってきてくれた。

その時、気がついたのだが、彼女の目は透き通るような青だった。

髪は日本人形のような綺麗なストレートヘアの黒髪なのだが、雰囲気が日本人のそれと少し違う。

年はマリアと同じくらいだろうが、こちらの方が落ち着いている。

「あ、どうも…えーと」

「静と申します…」そう言って、彼女はすっと下がる…

手持ち無沙汰になる二人。


「なあ」「うん?」「ここ…待合室なんだろうな…」

言われてユウジはTVの意味に気がついた。

(そうか…ここはそういう場所なんだよな…すると、静さんも…)

そう思ったら、股間がきつくなった…横目でヨシミツの様子を伺うと…テントを張ってる、顔はやに下がっている…何を…

いやナニを期待している事は一目瞭然…

ユウジは、ヨシミツの顔を見て、自分の情けない顔になっているんじゃないかと、下腹に力を入れて顔を引き締める。

(…みっともない顔は見せられないものな…マリアさんには…?…)

何かが引っかかった。

(ここはソープ・ランドで…マリアさん女だから…まさか…いや、あの様子なら経営者みたいだし…いやそんな…)


「ユウジ?…おい、ユウジ」

「ん…なんだ?」

「どうした、怖い顔をして?腹でも痛いのか?」

「そんなんじゃねえょ!」自分でも驚くほど大きな声が出た。

「別に怒る事は…」

カチャ…「ごめんなさい、待たせちゃって…あらどうしたの?」

マリアが入ってきて、二人はばつが悪そうな様子で座りなおす。

「いや、別に…」


「本当に今日はありがとう」

「とんでもない。男として当然の事ですよ」胸を張るヨシミツ。

が、ユウジは妙に不機嫌そうだ。

「?…何かあったの?」マリアが、ユウジの様子を不審がる。

「いや…いえ、何でも…」

マリアは首を傾げるが、それ以上は追求しない。

「それで、失礼かもしれないけど、お礼をさせて頂けないかしら」

(やった!)「いえいえ…お礼をされる程の事なぞ…」白々しく断ってみせるヨシミツ。 

しかし、マリアはそちらを見ていない。「ね、剣崎君」 ちょっとむくれるヨシミツ。

ユウジは、硬い顔で聞く「お礼…どんな?」

「ここは…でしょ…もし良ければ…その…体で」少し赤くなりながらマリアが答える。

ヨシミツは鼻血を吹かんばかり、しかしユウジの表情はいっそう険しくなった。

「あの、マリア…さん」

「はい?」明るく答えるマリア

「あの…マリアさんは…ここの経営者なんですよね…だから…その、そういう事なんかは…」

「ああ…」マリアは合点がいったという顔で応じる。

「私はみんなのまとめ役…ここでは大人の女はみんなお仕事するのよ…だから私も…安心して、貴方の相手は私が…」

「帰る…」

「え?」

「俺、帰る!…俺の分の礼はヨシミツにやってくれよ!」

そういうと、ユウジは部屋を飛び出す。

「ちょっと…剣崎君!」「おい、ユウジ!」

二人が止めるのもきかず、ユウジは『紫陽花』を走り出た…少し強くなった雨が顔を濡らす…

なぜだかわからない…無性に悲しかった…


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