ハニー・ビー

6-10 そして


 数人の衛視が十数名の人間を取り囲むようにして、緩やかな坂道を進んでいた。

 奇妙な顔ぶれだった。 衛視に囲まれているのは、半数はややいかつい顔の男達で、残りは年端も行かぬ子供たちだった。

 「オーサ山?……ちっ、蜜集めの労奴かよ……」 

 一人がぼそりと呟き、衛視がその男をじろりとにらむ。


 ここはトラス王国、教会直轄領オーサ。 かって領主であったクレイン伯が、魔物の襲来を招いた責を問われカルスに転領減禄

されてから随分になる。

 魔物がオーサ山に住み着いた為、オーサ山付近は民が暮らすには危険となり、住民もあちこちに移住させられた。

 養蜂はできなくなり、野生の蜂からの蜜猟の危険度は飛躍的に高まったが、『オーサの黄金』がとれなくなれば、国の財政は数年で

破綻するとの試算が出た。

 そこで罪人や、引き取り手のいない孤児達が蜜猟に従事することになったのだった。


 日が沈むよりだいぶ前に、一行は古い建物に、かって孤児院として使われていた場所に着いた。

 衛視が扉を開け、中に一行を案内する。

 「空いている甕を蜜で満たせば、お前達は自由だ。 ここから出してやる」

 そう言うと、衛視たちは彼らを残して出て行こうとする。

 「いいのかい? 監視しなくて。 逃げちまうぜ」

 「オーサ山には魔物がいる。 この場所は神の力で守られているが、ここから逃げ出せばたちまち魔物の餌食だ。 

我々の様に神の加護が無い限りはな」

 そう言って衛視はホーリーシンボルを見せる。 そして本当に全員が立ち去ってしまった。 後には、罪人と孤児たちが残るのみ。

 あまりの事に男達もあきれていたが、辺りが暗くなり始めたため、ともかく元孤児院に入って夜を明かすことにした。

 だが彼らは朝を向かえられなかった。


 「うぁぁ!」

 闇の中に悲鳴ともつかない声が上がる。

 寝ていた男達の寝台に、恐るべき魔物ワスプが潜り込んできたのだ。

 あるものは性器を咥え込まれ。 あるものは甘い蜜で濡れた女体に包み込まれた。

 しかし、すぐに悲鳴は喘ぎに変わる。 魔性の蜜乳を口にし、この世のものではない快楽を味わえば、身も心もワスプの虜、

逃れる事はできない。

 そして、子供たちには別の運命が待っていた。


 「くすぐったいよ……」

 「んふ……それが良くなってくるのよ……」

 寝台の上で、若いワスプと幼い男の子が裸でじゃれていた。

 ワスプは蜜で濡れた指を、幼い性器に絡みつかせて淫らないたずらをしかけている。

 最初は怖がっていた男の子だったが、蜜を舐めさせられ、ワスプに見つめられると怖い気持ちが嘘の様に消えてしまった。

 「横になって、ね?」

 ワスプ少女に言われるまま、男の子は寝そべった。 すると、ワスプ少女は少年の頭を跨ぎ、彼の顔に座り込んできた。

 ”汚い!” と文句を言うまもなく、ワスプ少女は彼の体に自分の体を沿わせ、その男根を咥えて舐め始めたのだ。

 「ひゃっ!?……あ、あの……その……」

 滑る舌がアソコに巻きつき、舐め、吸われていた。 不思議な感触に、頭がボーッとしてくる。

 「……」

 ワスプ少女のアソコがテラテラ光る蜜を垂らし、彼の顔の前でゆれている。 それを見ていると何かがこみ上げてくるようだった。

 「……」

 少年はワスプ少女の腰を抱え込み、目を閉じてアソコに口付ける。 そこはとても甘かった。

 ペチャペチャペチャ……

 ワスプが舐めた動きそのままに、少年の舌がワスプを舐める。 二人は一つの生き物の様に、感じるままに互いを舐め続けた。

 他の子供たちも同じようにワスプと戯れ、その虜になっていった。

 夜が明けるまでに、男達は一人残らずワスプの餌食となり、子供達はワスプに連れられて姿を消した。 ワスプの蜜が満たされた

甕を残して。


 ”蜜は……人数分あるな”

 ”魔物と取引とはな”

 ”ばか者! 人間が魔物と取引などするものか! 罪人どもはたまたま魔物に襲われたんだ。 間違えるな!”

 ワスピーの女王は、孤児院の屋根裏にいるワスピーを通じて、衛視たちの会話を聞いていた。

 「そう、取引などしていない……あそこはワスプの縄張り。 私達は取り返した住処に蜜を保管し、人間がそれを見つけて

奪っていった……」 

 女王は呟き、はるかな昔、彼女がワスピーの王女として生まれかわったその時に思いを馳せ、名前も思い出せなくなった

頭髪の無い人間との会話を思い出す。


 ”おじさん、これからはこのオーサ山の周りはワスピーとワスプのもの。 ワスプは魔物、人が来れば襲う。 そう伝えて”

 ”坊主、人間を侮るなよ。 昔、人がワスプを滅ぼさなかったのは、『ワスプの蜜』の利益が魅力的だったからし、何よりワスプ

を封印できていた。 今度は違う、魔物を自由にさせてはおかない。 今度こそワスプは攻め滅ぼされるぞ”

 ”おじさん、ワスプは余分な蜜を貯めておくの。 人間の建物は、蜜を隠すのには都合がいいの”

 ”……何のことだ?”

 ”おじさん、孤児院はなんでこんなところに建てられたの? ヨロイバチの養蜂は危険なのに、なぜ子供が働かされていたの?

僕達は『余分な人間』だっの?”

 ”お前……何が言いたい?”

 ”伝えて。 侵入者があれば、ワスプは侵入者を襲う。 男ならば吸い尽くし、女子供ならば仲間にする。 そして、取り返した

場所には『蜜』を貯める”

 ”おい!”

 ”侵入者が兵士なのか『余分な人間』なのか、そんなことはワスプには関係ない”

 ”取引なのか!? 人間が『余分な人間』を生贄として差し出せば、見返りに『ワスプの蜜』を渡す、そう言いたいのか!?”

 ”取引なんかしない。 魔物は人間と取引しない。 僕達はただそうするだけ。 人間たちがどうでるか人間の勝手だよ……”

 ”ルウ……お前……心の底まで魔物に……”


 ルウがル・トール教務卿と、いや、人間と会話したのはそれが最後だった。

 教務卿はルウが魔物になったと思っていたが、ルウの中には人間の心が残っており、それとワスピーの王女としての心が

一つになって、仲間達を守る方法を探した。


 ……人がワスプを恐れるならば、こちらの弱みを見せ恐怖を和らげれば……

 ……ワスプを排除したいと人が願うならば、ワスプがいないと困るようにするんだ……

 ……ワスプが人を襲うことを恐れるならば、襲っても構わない者を差し出させるんだ……

 ……取引ができなければ、双方が『品物』を決まった場所において交換すれば……


 このようにして、ルウはワスプと人が『共存する』手段を考えだした。 人間が受け入れるかどうかは賭けだが、彼らが

『ワスプの蜜』を欲している以上、うまくいくだろう。 だが、問題は……

 ”どうやってこの提案を人間たちに伝える?”

 ほとんどの人間は、この提案を怒りと嫌悪を持って拒否するだろう。 提案を受け入れるであろう教会や都の、それも上の

人間にだけ伝えねばならない。 考えあぐねていたところに、ル・トール教務卿がルウを助けにやってきた。

 ”ああ、おじさんなら……” 

 ル・トール教務卿は、皆を飢えさせない為にワスプの封印を破った。 ならば彼は、村人やシスターだったワスプ達を見殺し

に出来ない。 ルウの提案の真意を汲み取って、その内容に嫌悪しつつも都の教会に伝えるはずだ。

 そして、ルウは賭けに勝った。 

 ある日、騎士達が孤児院跡に罪人を連れてきて、そこに置き去りにしたのだ。

 ルウはワスプ、ワスピー達に人間を襲わせ、代わりに『蜜』を残した。 それ以来、ワスプと人間たちの『取引』は続いている。

 物思いにふけっていたルウは、子供たちの楽しそうな声に意識を戻した。 

 「皆、新しく仲間に加わる子達が来るわ。 さぁ迎えてあげて」 ワスピーやワスプ達に呼びかけつつ、心の中で考えた。 

 ”いつかは、この関係も崩れるかもしれない。 だけどそれまでは……”

 それまでは、ルウはこのやり方でワスプ達を守り続けるだろう。


 かって栄えたトラス王国。 その国王は魔物と取引し、民を生贄に栄えたという。

 天はそれを許さず、勇者を遣わして国王を討ち、魔物達を追い払った。

 国を救った勇者が新たな王となるも、季節が数度巡った後に激しい内乱が起き、新王は争いの中で倒れた。

 疲弊したトラス王国は瓦解し、歴史の舞台から姿を消した。


<ハニー・ビー 終>

【<<】

【解説】


【ハニービー:目次】

【小説の部屋:トップ】