ハニー・ビー

6-02 ル・トール 立つ


 翌日、論議場に前日と同じ顔ぶれが揃ったところで、ル・トール教務卿が傍らの子供を皆に紹介する。

 「彼はルウ、教会の孤児院の唯一の生き残りだ」

 『生き残り』という言葉に、ルウは身を震わせた。 騎士隊長達は、ほとんど表情を変えていないが、約半数は

『それがどうした』という思いが態度に出ていた。

 「教務卿。 その子が何かワスプの秘密でも見聞したのですかな?」 ナウロ騎士隊長が切り出した。

 「この子は、ワスプに襲われたと言っておる。 もちろん、その話も聞かせてもらう。 が、わしが聞きたいのは

ヨロイバチの事だ」

 「ハチ?」 騎士副隊長の一人が皆の気持ちを代弁した。

 「そうだ。 この子は、オーサ山のヨロイバチの専門家だ、唯一人のな」

 騎士隊長達は、興味を示したが、若い騎士副隊長達はあいかわらず、気の乗らない様子だった。 


 「ルウ、話せ。 孤児院で いかにして気の荒いハチを飼うことができたのかを」 ナウロ騎士隊長が聞き役に回った。

 「……特にはなにも。 獣に荒らされないように、巣箱を出し入れして。 冬はハチが飢えないように蜜をやって……

それを繰り返しているだけです」

 「それだけか? ハチから蜜を取り上げているのに、なぜ襲われない? なぜ、ハチは巣箱から逃げ出さない?」

 「ハチは逃げません。 巣箱には女王バチがいますから」

 「女王バチ? なんだそれは」 騎士副隊長が首を傾げた。

 「ヨロイバチの群れには、ひときわ大きいハチが必ず一匹います。 僕達は、それを女王バチと呼び、これを巣箱に

入れてやれば、ハチの群れが巣箱に住み着くと教わりました」

 「ほぉ?初耳だな」「虫の群れに王がいるのか?」


 騎士達が首をかしげたのも無理は無かった。 『女王バチ』の存在は、ルウ達『ハチ飼い』の秘訣であり、たとえ親兄弟で

あっても、『ハチ飼い』でなければ話してよいものではなかったのだ。


 「ふむ、すると群れを率いているのが女王バチなのだから、それを退治すれば群れは統率を失い、散りじりになるわけか」

 「はい。 ただ女王は群れの中心にいますから……」

 「なんだ、それでは結局ハチの群れを追っ払わなければならん。 時間の無駄だったな」

 席を立ちかけた騎士副隊長の肩をナウロ騎士隊長がつかんで止める。

 「話は終わっていない。 ルウ、今度はワスピーの話を」

 「えと……ワスピー達が一緒にいた時なんですけど……ワスピー達が時々口にしていたんです、『女王様』と」 

 「……?」 

 「つまりだ」 ル・トール教務卿が話を継ぐ。 「ヨロイバチに女王バチがいるように、ワスプ……いや、ワスピーと

やらにも、女王ワスピーがいるとんじゃないかと言うことだ」

 「魔物に……王が?」

 「女王だ」 ル・トール教務卿は訂正し、続ける。 「まぁ女王というより、女族長というようなものかもしれんが。 ワスプは

孤児院を襲った、密かにだ。 なのに人間にばれた途端、複数の村を同時に、ヨロイバチまで使って大胆に攻撃してきた。

ワスプの中に指揮をとっている奴がいる」

 「うむ」 騎士隊長の一人が考えながら頷いた。 「魔物というより、盗賊団か……いやもはや軍隊か?」


 話が自分達の専門分野に近づいた事で、騎士隊長達の議論が活発になってきた。 彼らは、ルウに、ワスプについて

口々に質問する。 それを、ナウロ騎士隊長が間に入り、うまくさばいた。


 「ワスプの武器は、心を惑わす目の輝きと魔の力を秘めた蜜か」

 「『女の武器』という奴だな。 ならこっちは『男の武器』をつかったらどうだ? 顔に自信がある奴を送って、女王様を

たらし込むというのはどうだ?」

 「もう少しまじめに考えよ」

 ナウロ騎士隊長が、部下の軽口を諌めつつ話をまとめる。
 「女王ワスプ、いや女王ワスピーかな。 そやつを退治すれば、ワスプどもは頭を失うかもしれん。 あとは、村を一つずつ

取り返していけばいい」

 「だとしても……女王はどこにいるかだ」 ル・トール教務卿が腕組みをして唸る。

 「まだ、封印の森にいるのかな……」 ルウが呟き、皆が一斉にそちらを見た。

 「ルウ、根拠を話せ」 ナウロ騎士隊長が言った。

 「えと……女王様は最も安全なところに居るとおもいます。 ワスプは、人間の縄張りに攻め込んで一気に縄張りを

広げた訳ですけど、僕達の……スン……孤児院や、村はもともと人間の領域だったところです」

 「うむ?……」

 「ワスプ達にとっては、まだ敵地です。 女王様を迎えるには、それなりの準備がいるのではないかと」

 「うむ、森の外に拠点を移すにしても、まだ準備が整っていないだろう、だから森にいるというのだな? 逆に時間が

たてば、女王の居所は不確かになる」

 「ならば、全力を持って森に攻め込みましょう!」

 「いや、封印の森は入り口が極端に狭い。 入り口で防がれている間に、背後からヨロイバチの群れに襲われれば

ひとたまりも無い」

 「ではどうしろと!」

 「騎士団の全軍を持って、ワスプに襲われた村を攻めるのだ。 村を取り返すとみせて、ワスプの注意を引きつける。 

森の警備が手薄になったところで、少人数で密かに森に入り、女王を討つ」 

 「しかし封印の森に入ったとして、その後は? 騎士団には、封印の森の内部を知っているものはいませんが」


 円卓の周りに沈黙が降りた。 そして、ゆっくりと視線がルウに集まる。 ルウは息をつめ、覚悟したように息を吐き出した。


 「……僕が一緒に行きます。 シスター・ソフィアから、森の中の様子はある程度聞いていますから……」

 「すまんな」 ル・トール教務卿が、心底すまなそうに言った。 「本当にすまん」

 「いえ……いいんです」 ルウは寂しそうに笑った。 「きっと、僕は後から行くだけですから……皆のところに」

 「そうか……さて、ナウロ騎士隊長、わしも行くことにする」

 ル・トール教務卿の言葉に皆が唖然とした。 彼はこの地の教会の長、戦に赴く人間ではない。 

 「馬鹿なことを! あなたが行ってなんの役に立ちます!」

 「人間相手の戦ではない、魔物が相手だ。 今、この地の教会に残っている者の中で、最も魔物に詳しいのはわしだ。 

サブルも、審問官もいないんだからな」

 「教務卿……」 ナウロ騎士隊長が絶句する。

 「心配するな、これでも若い頃は魔物相手に修羅場をくぐって来たものだ」

 ル・トール教務卿は言い放ち、ルウの頭に手を置いた。


 こうして、ル・トール教務卿をリーダ、ルウを道案内として、女王ワスプ討伐隊が結成された。

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