ハニー・ビー

6-03 潜入


 「ご武運を……いえ、神のご加護を」 ナウロ騎士隊長が声をかける。

 「加護か……まだ天罰が落ちてないだけマシかもしれんな」

 最後はぼやきつつ、ル・トール教務卿達は館を出た。 日が昇るまでかなりある時間なのに、一行は明かりも

ともしていない。 闇に消えた一行を見送ると、ナウロ騎士隊長は踵を返して館に戻った。 彼には別の戦いが

待っている。


 「教務卿殿、ワスプに見つからずに、森に入れますか?」 前を行く護衛の騎士見習いの一人が不安そうに聞く。

 「うむ」 教務卿は頷いた。 「ワスプは、村と孤児院、修道院に集まっていよう。 数もそう多くはあるまい」

 そこまで言って、教務卿は振り向いた。 ババに乗った軽装の騎士見習いが、二人後ろを固めており、ルウは

騎士見習いの背中にしがみついて船をこいでいた。

 「しかし、森の入り口にはさすがに見張りがいよう。 そこでぬしらの出番よ」

 騎士見習いは黙って頷いた。

 「囮になってワスプやハチどもを引き付け、入り口から引き離すのですね」

 「そんな単純な手がうまくいきますか?」

 「ワスピーは恐ろしい力を持つ魔物よ。 しかし人ではない。 戦いには魔物の力を使うだろうが、人の様に知恵を

使って戦をするとは思えん」

 「そうか、騎士や傭兵の様に戦定法に則った戦い方は知らないから、誘いの襲撃なんて思いつかないのですね」 

 騎士見習いが賛同した。

 「ワスプは、元は人らしい。 しかし、戦の仕方を知っていた者はいないはず……」

 自分に言い聞かせるように、ル・トール教務卿は呟いた。


 「突撃!」

 朝露に濡れた草原の草を蹴散らして、騎士団が村を攻める。

 ヨロイバチの群れが飛んでくると、騎士達はいったん引き、徒歩の小者が草を燻して煙を流す。

 一進一退であるが、騎士団の方がやや優勢でだった。

 「ナウロ騎士隊長! 一気に攻込みましょう!」

 「ヨロイバチに囲まれれば、こちらの優位は崩れる。 ここは、手こずっている様に見せて群れを誘い出し、ヨロイバチの

数を減らす事に徹するのだ」

 老練なナウロ騎士隊長の指揮で、騎士団はヨロイバチの防御を崩していく。

 「万一、教務卿殿が帰ってこぬ場合。 こちらで勝たねばならぬからな」   


 同じ頃、ル・トール教務卿達は森の入り口にたどり着き、身を隠して様子を伺っていた。

 「教務卿!」

 森の入り口から、洞窟から黒い霧の様なものが唸りを立ててあふれ出してきた。

 「ヨロイバチの群だな……ナウロ殿、持ちこたえてくれ」

 ヨロイバチの群れは、唸り声に身を固くしている彼らの上を通過していった。

 「……うむ、では頼む」

 「お任せを」

 二人の騎士見習いは、ババからルウをおろした。

 「ヤー!」

 ババの腹を蹴り、騎士見習い達が洞窟に向かってかけて行った。

 「……おっ!」

 洞窟のかなり手前で、ヨロイバチが草むらから飛び立ち、同時に朽ちかけた教会から尼僧が二人出てきた。

 挟み撃ちにされた二人は、ババの向きを変えて二手に分かれた。 尼僧達とヨロイバチは、騎士見習い達を

追ってその場からいなくなった。

 彼らが見えなくなると、教務卿はのっそりと立ち上がる。

 「いくぞ」


 「ここが『封じられた森』か……」

 光溢れた外と違い、周囲を山で囲まれた森は薄暗く、不気味な雰囲気が漂っている。

 「シスターは、森の中央辺りにワスピーが群れていたといっていました」

 「これは獣道か?」

 「ここしばらく、ワスプが頻繁に出入りをしていたからな。 それで、道ができかけているのだ」

 「ゆっくり進みましょう」 ルウが言った。 「ヨロイバチは、動くものに敏感です」

 道に沿って歩き出そうとするルウの肩を、教務卿がつかんでとめる。

 「道を通れば、ワスプと出くわす。 道から離れ、平行に進むぞ」

 一行は、森の木々の間を縫うように、足場を気にしながら進みはじめた。


 森に日がさし始める頃、一行は池のほとりに出た。

 「この池までくれば、ワスピーの巣はすぐだと言っていました」

 「あと少しですね」 騎士見習いの一人が、懐中の短剣を握り締めた。

 「うむ……まてよ、坊主。 池からワスピーの巣まではすぐだな?」

 「ええ」

 「いかん、ここはワスピーの水のみ場かもしれん」

 そう言っているうちに、数匹のワスピーが向こう側から飛んできた。

 ”……ワスプじゃなイ?”

 ”……人! 人がイる!”

 「教務卿!」

 「まずったか。 ええい、このまま……」

 ワスピーの声が聞こえたのか、向こうの森からワスプが数人あらわれた。

 「……向きを変えて全速力!」

 ル・トール教務卿は、ワスピー達に背を向け、ルウを背負うと森に向かって走り出した。

 後を追ってくるワスピーとワスプに、騎士見習いが半弓を射掛けてけん制する。

 「教務卿!」

 「前もって決めたとおりに散会! 集合場所と時間も予定通り」

 一行は森の中で分かれ、たちまち姿をくらました。

 ”イなイ?”

 ”森ニ慣れてイる……”


 討伐隊に参加した騎士見習いは、森番の経験がある者や、樵の子供の様に森に詳しい者達ばかりだった。

 彼らは、ルウの話と道中の観察で、ある程度森の地理を把握していたのだった。

 「……しかし、わしはそうはいかなかったな」

 ルウと逃げたル・トール教務卿は、ものの見事に道に迷っていた。

 「やれやれ、昔から旅人の守神とは疎遠だからのう」 翻訳すると、方向音痴と言うことだ。

 ル・トール教務卿は、がさがさ音を立て丈の長い草をかき分けて進む。

 「あ、教務卿様。 この草はヨシアシと言って、水辺に生える草です」

 「ん? だから何じゃい? 喉が乾いた……」

 派手な水音が上がった。

 「……近くに池か何かがあると思うんですけど……遅かった」
 ルウは草の間から顔を出した、小さな池の中でル・トール教務卿がばしゃばしゃともがいている。 流れでも

あるのか、彼はどんどん岸から離れていく。

 「大変だ、何か掴まるものを探さないと」

 振り向いたルウが凍りついた。 彼の後ろにワスプが立っている。

 「ああ、よかった生きていたのね」

 「シスター……」

 それは、ワスプと化したシスター・ソフィアその人だった。 彼女はルウを抱きしめ、その豊満な胸の間にルウの頭を

抱え込む。

 「ルウ、もうどこにもいかせないわ」

 「……」 硬直するルウ。 その心の中で、恐怖と、そしてなぜか安心感が複雑な渦を巻いていた。


 ガボッ!? ガボガボガボガボガボ……

 一方、ルウが囚われたのを見たル・トール教務卿は、しばらく水面でじたばたしていたが、やがて水中に消えた。

まもなく、水中から幾ばくかの泡と、何故か油が浮いてきた。 

 しかし、ワスプ=シスターソフィアはそれに目もくれず、ルウを抱きかかえて森に戻っていった。

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