ハニー・ビー

5-02 アレスの変態


 アレスィーナはまどろみの中にあった。

 ふわふわと漂うような心地よさの中、アレスィーナは漂うのみ。

 水の中にいるのか、宙に浮いているのか、それとも自分が溶けてしまったのか。

 時折、極上の布の様な手触りの暖かなぬくもりが、うねりながらまとわりつく。 甘い疼きを残しながら。

 ”ああ……”

 その度に、彼女は歓喜の呻きをあげる。

 『布』に愛撫されるたび、彼女は自分の形を思い出す。

 ふくよかな胸、くびれた腰、やさしい丸みの尻。 美しい女の体を。

 時折、アレスイーナは体をふるわせる。 体の出来具合を確かめるように。

 そうして彼女は、目覚めのときを待っていた。


 『目覚めなさイ』

 アレスィーナは、額でその『声』を聞いた。

 ”!”

 『声』は、熱いうねりとなってアレスィーナの全身を走り抜けた。 体が緊張し、続いて圧力を感じる。

 キシッ……

 体を包む『蛹』の殻がきしんだ。 反射的に息を吸う。

 スゥ……

 キシッ、キシッ……

 息を吸った体が膨らみ、内から『蛹』を押し広げる。 特に胸が窮屈だが、かまわずに大きく息を吸う。 

 キシッ、キシッ……バン!

 アレスィーナの『蛹』が、胸の辺りで弾けた。 両開きの扉の様に、中心から二つに割れたのだ。

 ハァ……ハァ……

 濡れた白い乳房が、震えながら薄茶色の蛹中からせり出す。 同時に、『蛹』の割れ目は、軋み音を立て

ながら上下に広がっていく。

 キシッ、キシッ……ギシッ!

 ひときわ大きな音を立てて、『蛹』の顔が上に跳ね上がり、頭の部分が三つに分かれた。 間髪を入れず、

アレスィーナは肩と腕に力をこめ、『蛹』の上半身を内から押し広げた。

 「……はぁ……」

 上半身の圧力が失せ、楽に息ができるようになった。 深呼吸を繰り返すと、下半身の亀裂も広がっていく。

 ギシッ!

 大きな音を立てて、『蛹』足先までが一気に裂ける。 アレスィーナは、濡れた体を『蛹』から引き出し、その場に

うずくまる。


 軋み音がして、あたりが明るくなる。

 地下室の扉から差し込む光が、『羽化』したばかりのアレスィーナの体を照らし出す。

 白く艶かしい女体には、全体に薄い黄色のプレートで覆われ、背中には縮んだ羽が生え、尻からは細い尻尾が

伸びている。

 「アレスィーナ」

 扉から入ってきた、クララ=ワスプが呼びかけた。

 アレスィーナは、のろのろとそちらに顔を向ける。 額から二本の触角が伸び、クララを見上げた目は虹の色に煌く

複眼、そして頭頂部のプレートの間から生えたワスピーの上半身。 アレス少年は、アレスィーナ=ワスプに変態を遂げた。


 『娘よ、光を浴びなさイ。 そして妹達を守りなさイ』 

 アレスィーナ=ワスプは再び『声』を、『女王の声』を、額の触角を通じて感じた。

 彼女の体に力が宿る、『女王の声』に従う為に。

 「はぃ」

 『声』を聞き、それに従うことことがワスプの存在理由であり、何よりの歓びであった。

 優雅な動作でアレスィーナ=ワスプは立ち上がり、外に出て行く。

 その背後で、シスター・ソフィア達の『蛹』が軋み音を立てていた。


 同じ頃、コウゾノ村では村長がル・トール教務卿を迎え、話をしていた。

 「申し訳ありませんなぁ。 わざわざ出向いていただくとは」

 「今朝、件の少年が目を覚ましたと聞いていますが」

 「はぁ、粥を食べてまた寝取ります。 やはり孤児院の子だったようですが……その、化け物が出たとか……」

 「ふむ、そうですか……」 ル・トール教務卿は言葉を切って、何か考えていた。

 「その子の話を聞かねばならんので、麓の教会につれて帰りたいのですが」

 「それはちょっと……まだ歩けねぇです」

 「そう思って、『ババ引』を借りてきました」

 村長が目を丸くした。 『ババ引』はババに引かせた乗用車で、鉄の板で揺れを少なくする仕掛けがついている。

 乗れるのは身分の高いものだけで、子供の病人と言えど、農民階級が乗れるものではない。

 「あの、そこまでしなくても。 教務卿様がお話を聞かれればよいのでは?」

 「その子の話を聞には、サブル師や審問官に同席してもらわねばならんのです。 二人は他の場所に出かけて

いますから、此方に来れるのは早くても明日。 しかし連れ帰れば、今夜にも話が聞けます」

 「随分とお急ぎで……」

 村長はそう言いながら、人を呼び、ルウをル・トール卿に連れ帰らせる手配をした。


 ル・トール教務卿が、ルウを連れて村を後にしてしばらく後、村はヨロイバチとワスプに襲われた。

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