ハニー・ビー

5-01 暴露


 オーサ山の影がもっとも短くなる頃、ヨロイバチ達はもっとも活発になり、孤児院の周りに置かれた巣箱に

せっせと蜜を集めていた。

 気の荒いヨロイバチを気にする様子もなく、数名の美しい少女達が巣箱から蜜を集めたり、壊れた巣箱の

修理をしていた。

 そんな孤児院の日常を、少し離れたヤマモミの茂みから覗いている男達がいた。

 「あの娘も始めて見ました」

 そう言って娘達を指差したのは、孤児院に食料を運ぶ給付司の男だった。

 「孤児院の全員を見知っているのか?」 小さな声で、同行してきた騎士見習いが聞いた。

 「いえ、ですがあそこにいる全員が、最近になって見かけたか、初めて見る顔です。 子供が増えるならば、

食料を増やす必要がでてきます。 真っ先に私の耳に入るはずです」

 「そうだな。 第一、教務卿が知らないはずもない」

 頷く騎士見習いに、もう一人の中年の男が話しかける。

 「そうだとして、いったいあの子達はどこから来たのですか?」


 不幸な目にあい、親を亡くす子は少なくない。 しかし、人と動物の力だけで成り立っている社会では、子供は

貴重な労働力だ。 少しでも縁のある人がいれば、まずそこに引き取られる。 ここに来るのは、天涯孤独な子供

だけだ。 そして、もう一つ。


 「子供なのにあの器量、『差配』がほっておかないでしょう」


 この辺りの国では、人はあまり移動しない。 自分の生まれた町や村から出ることも無く、一生を終える人間も

珍しくない。 しかし村程度の規模で住人が変わらなければ、長い間に血が濃くなり『淀み』が生じる。

 そこで『差配』と言う職が生まれた。 教会の承認を得て、村人−−主に娘−−を遠くの町や、村に紹介したり、

逆に連れて来たりする。 つまり、教会公認の人買いだ。

 それが商売である以上、『商品価値』は高いほうが『差配』も儲かる。


 「そうだな」

 騎士見習いが相槌を打ったが、給付司は逆に首をかしげた。

 「変ですね……あ、『器量』って言葉で気がついたんですが、確かハチを扱うときは、面布を垂らし、厚着していたんじゃ

ないかと」

 「うん? そう言えば……」

 給付司の指摘に、ほかの二人は顔を見合わせ、再び娘達の様子を熱心に伺う。

 
 孤児院の粗末な扉を開けて、バスケットを持った尼僧が出てきた。 フードを深くかぶった彼女は、建物を回りこんで娘達の

所にやって来た。

 「クララ姉様」

 「ご苦労様、お昼を持ってきたわ。 ここで食事にしましょう」

 娘達は手を休め、クララの周りに集まってきた。 数人が草をならし、食事をするスペースを用意し、クララがバスケットを開く。

 その時一陣の風が吹き、クララのフードが脱げた。

 ”キャッ!”

 クララの頭の上で、光に驚いたワスピーが声を上げた。


 「なっ!」 騎士見習いが驚きの声を上げた。

 「ワ、ワスプだ!!」

 男達の驚きの声が娘達の耳にも届く。

 「誰!?」

 「あそこ! ヤマモミの茂みに誰かいる!」

 娘達が騒ぎ、クララ=ワスプはあわててフードを戻すが、もう遅い。

 ”見られた……口を封ジなイと……”

 ワスピーが呟き、クララ=ワスプは観念したように、尼僧服を脱ぎすてた。 黄金色のヨロイをまとったようなワスプの肢体が、

日輪の輝きに煌く。

 『ハチ達よ、あの男達を』

 クララ=ワスプがそう言ったとたんに、巣箱が唸り始めた。 巣箱の中から、てヨロイバチが次から次に出てくる。

 『数が少ない……』

 クララ=ワスプが呟いた時、ヤマモミの茂みが大きく揺れ、男達が逃げ出すのが目に入った。

 『逃がすな!』

 クララ=ワスプが指差すと、ヨロイバチは黒い霞となり、男達に向かって飛んでいった。 

 バ!ヒーン!!

 『ババの嘶き!? しまった!!』

 あわてて駆け出す、クララ=ワスプと娘達。 ヤマモミの茂みの向こうに回ると、ババに跨った三人の男が遠くに見えた。

 ヨロイバチの群れが追いすがろうとしているが、距離が開いている。 追いつく前に彼らは麓に着いてしまうだろう。

 唇をかむクララ=ワスプを見上げ、娘達は不安そうに身を寄せ合う。


 「ワスプが孤児院に!?」

 「なんて事だ!?」

 騎士の詰め所に飛び込んできた騎士見習いの報告に、騎士達は騒然となった。 すぐにも飛び出そうとする騎士たちを

ナウロ騎士隊長が押しとどめる。

 「慌てるな。 相手がワスプならヨロイバチも襲ってくる。 松明と煙が良く出る草の束を用意させている所だ」

 てきぱきと指示を出すナウロ騎士隊長に、騎士たちは落ち着きを取り戻した。

 「ワスプは何人いた?」

 「私が見たのは一人ですが……きっとあの娘達もワスプです!」

 「ワスプは人に似ているが、人間そのものに化ける事はできん。 その娘達は妖しい術か何かにかかっているのだろう。 

いいか、退治するのはワスプだ。 間違えるなよ」


 日が傾く頃になり、ようやくワスプ討伐の準備が整った。

 日が落ちればヨロイバチは巣に帰る。 かえって好都合だった。 そこに、新たな知らせが届いた。


 「大変です! ヨロイバチの大群があちこちの村を襲っています!」

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