ハニー・ビー

4-02 過去と現在の愚行


 ”神官長ラング、記す。 ここに書かれていることは、事実であり、私の懺悔である”

 ”ワスピーと名のる魔物が現れたなら、ワスプと名のる魔物が現れたならば、この先を読み、どうすべきかを

考えるがよい”

 ”さもなくば、この先を読むことを、神官長の名において禁ずる。 いや、読まないでほしい”


 サブル師は、瞑目して許しを請い、ページをめくる。


 ”教会は魔物から民を守らねばならぬ、教えにあるように”

 ”『世に人あり、獣あり、魔物あり。 人は神の子にして、魔物は人に害をなす。 故に神は魔物を許さず。

人が魔物を払うを許すなり』”

 ”『教会は、神に代わりて魔物を払うものなり。 ゆえに、魔物を払いし技を残すは、教会の責務なりと知れ』”

 ”我らは、教えに従い、魔物に関する書物を残し、それを大切に守ってきた”

 ”私が神官長になった時、書庫の管理を任された。 私はまず、禁書庫の書物を把握することからはじめた”

 ”そしてワスプに関する書物を見つけたのだ。 ワスピーの女王の卵とともに”


 サブル師は目を見開き、書物が記された年代を改める。

 「百周期前!? ばかな、ワスプが現れたのは五十周期前のはずだ」


 ”なぜ魔物の女王の卵があったのか? 私は先任の神官長に尋ねた。 彼は言った『書物を読めばわかる』と”

 ”私は先任神官長の進めに従い、ワスピーの書物を読む事から始めた”

 ”ワスピーは恐ろしい魔物だ。 他の魔物は人を襲う。 だか、ワスピーは違う。 彼女たちは人間を『飼う』のだ”

 ”ワスピーは蜜を作り、その蜜で人の心を奪う。 心奪われた人は、ワスプと言う魔物に変じ、ワスピーに仕える

ようになる”

 ”だが真に恐ろしいのは、『ワスピーの蜜』に、人の寿命を伸ばす力があるということだ”

 ”書物によれば、適量の蜜を飲み続ければ、優に三百周期は生き続けられるという”

 ”それを知ったとき、私はある誘惑に駆られた。 ワスピーを孵し、それを飼う事ができれば……”

 ”そして気がついた。 だからワスピーの女王の卵があるのだと。 この書物を記した誰かは、『ワスピーの蜜』を

惜しんだのだと”

 ”私は、その場で書物と卵を焼き捨てるべきだったかもしれない。 だが、結局私も『ワスピーの蜜』を惜しんだ”

 ”私は、書物と卵を禁書庫に保管したまま、後任に引き継いだ”

 ”後任者は……名は記せない……誘惑に負けた。 卵と書物を盗み出し、オーサ山のボラリア伯領に逃げた”

 ”後任者の行方が突き止められ、密かに騎士団と教会の代理人がボラリア伯領に派遣された”

 ”その後のことは……私には記せない。 公には、ボラリア伯領で流行り病があり、住民は全滅した事になった”

 ”ワスピーもこの世から消えたのだろうか。 私にそれを確かめる術はない”

 ”せめてもの罪滅ぼしに、記憶している限りのワスピーに対する知識を、ここに書き残す”


 「神官長!」

 サブル師は、初老の神官長に声を荒げた。 ここは神官長の部屋で、サブル師は書物を読み終えると、すぐにここ

に呼ばれたのだ。

 「知っていたのなら何故!」

 「ボラリア伯領の件は、教会と王家の共通の秘密なのじゃ。 教会では神官長以外に明かすことは許されておらん。

神官長は、口をつぐんだまま神の元に参ることになっている」

 サブル師の顔色が変わった。 

 「では私は……」

 神官長は手を振って、サブル師の懸念を否定する。

 「城に出向いていたのは、宰相の黙認を取り付けるためじゃ、サブル。 他のものにしゃべらねば、罪に問われること

はない。 それよりも、クレスト伯の方が問題なのじゃ」

 「は?」

 「これ以上『ワスプ』へ手出しをしてはならん。 五十周期前に『封印の森』が作られたのは、『ワスプ』を確実に葬る手段

がなかったからじゃ。 閉じ込めておけば、いずれ死に絶えると考えたのじゃな」

 「しかし『ワスプ』は生きていた」

 神官長が頷いた。

 「書物にあった様に、『ワスプ』は恐ろしい相手じゃ。 自由になれば、国が丸ごと『ワスプ』に乗っ取られるやもしれぬ」

 「ならばこそ、『ワスプ』に手を打たないと。 五十周期生き延びたのですよ、放置していて、密猟師あたりが『封印の森』

に入ったらどうします!」

 「じゃが、陛下も宰相も『ボラリア伯』の件が、公になる方を恐れておる。 王家の信用に深い傷が付くとな」

 「……」

 「陛下の希望はじゃ、『封印の森』にもう誰も近づかないことじゃ。 サブル、お主は帰ってクレスト伯とル・トール教務卿を

抑えるのじゃ」

 「しかし」

 「しかと申し付けたぞ」

 神官長の部屋を辞しサブル師は、憤懣やるかたない気持ちを押さえつけ、今後のことを考えてため息を漏らす。

 (訳も言わずに、クレスト伯とル・トール教務卿が納得してくれるとは思えないが)

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