ハニー・ビー
4-01 禁書庫にて
「サブル師、迎えの者が参りました。 宜しいでしょうか」
椅子に座り手紙を書いていたサブル師は、小姓の声に振り返った。
「丁度良かった。 これを鳥書係りに頼む」 言いながら、今書いたばかりの細い薄紙を小姓の差し出した盆にのせる。
薄紙に書かれた手紙は、係りの者の手でインクを乾かしてから油をひかれる。 それから、細く巻かれて筒に収められ、
鳥の足にくくりつけられ、クレイン伯の元に運ばれるのだ。
盆を持った小姓が下がるのと入れ替わりに、緑の僧服を着た年配の女性が入ってきた。
「サブル師ですね。 私が書庫までご案内します」
「よしなに」 サブル師は手を広げるしぐさで挨拶する。
サブル師が都に来たのは、五日も前のことだった。
彼はすぐ禁書庫に行くつもりであったが、彼を呼んだ神官長が城に出向いていた為、禁書庫に入ることが出来なかった。
やむを得ず、都の様子を見て回るなどして禁書庫への入庫許可が降りるのを待っていたのだ。
”しかし『オーサの黄金』にがあれほどの値がついていたとは知らなんだ……”
高位の神職の身分であるサブル師は、裕福な階級を客とする問屋にも出入りできた。 後学のためと蜜問屋に足を運び、
軽い気持ちで蜜の卸値を聞いてみたのだが……
”よくあの場で卒倒しなかったものだ”
杯一杯分の蜜に、彼の半周期の俸給に匹敵する値がついていたのだ。 これが『ワスプの蜜』ともなれば……
”同じ重さの黄金の倍以上の値がつくとは……” ため息をつくサブル師。
ワスプの事が広まれば、いや、噂が流れるだけでも、欲に駆られた者達が大挙して押し寄せてくるであろう。
”よくぞいままで、オーサ山の高原が荒らされなかったものだ……”
『封印の森』はワスプを守るためにあったのではないか、とさえ思えてくる。
「……神官長の免状です」
「改めさせていただきます」
サブル師が、物思いにふけっている間に、彼らは書庫の奥にある禁書庫の前まで来ていた。 城から派遣された衛士が二人、
禁書庫の門を守っている。
「改めました。 ご無礼をお許しを」
「許しませぬ」
凛とした声で案内役の女性が言い、サブル師は内心驚いた。 しかし衛士は、驚いた様子は見せず、そのまま二人を通した。
”さては、いまのも合言葉であったか……”
感心するより呆れるサブル師だった。
「ここが禁書庫……しかし彼女達は?」
厳重な警備がされていたはずの書庫。 しかしその中には何人もの女性がいて、ほこりを払ったり床を拭いていたりする。
「掃除婦です。 管理をせねば、貴重な書物が痛みます」
「それはそうですが」
「心配なさらずとも、彼女たちは皆、めしいております」
「光を失っていると!? まさか、この仕事のために……」
「そのようなことはいたしませぬ」 僧服の女性がぴしゃりと言った。 「皆生まれつきか、病で光を失いました。 ここは、
そういう者達が働く場所でもあるのです」
「左様で」
サブル師は、僧服の女性の選んだ書物を持って奥の個室に入る。
僧服の女性が手燭を机の上におき、その横でサブル師が書物を机の上に広げた、汗だくで。 なにしろ、表紙の四隅は鉄の金具が
つけてあり、背表紙もがっちりとした鉄の金具で補強してあるのだ。
といっても、この本が特別なのではない。 貴重な資料を残す為に、本自体が大きくなり、その構造を強化する為の必然として金具が
多用されているのだ。 見台に、斜めの形で固定されている本すらある。
「字は読めますね」
「無論」
サブル師は、本の表紙に手をかけ、慎重に、しかし力を込めて本を開く。
「……」
そこには、ワスプの正体が、そして何故この資料がここにあるのかが記されていた。
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