ハニー・ビー

3-06 説得


 高原の夜は冷え込みが厳しい。

 夜着一枚のルウとロンは自分を抱くようにして、身を寄せ合っている。

 二人とは逆に、クララは腕を広げている。 黄金色のプレートは前の方が大きく開いており、胸や腹の辺りの白い肌が

艶かしく男の子二人の視線を集める。

 「ルウ、ロン聞いて。 ワスピーさん達は、自分達の女王様を助けてあげたいのよ」

 「女王様?」

 「そう、『封じられた森』にはワスピーさん達とその女王様が住んでいるよ」 

 「女の王様?」 「なんか変だよ」

 ルウ達の常識では、領主も王様も男だった。

 「そう? でもヨロイバチだって女王様がいて、働いているのもみんな女蜂なのよ」

 男の子二人は、純粋に驚いた。 あんまり驚いたので気がついていない、クララの豊かな胸の辺りから、きらめく霧の様な

ものが漂い出ているのに。

 『霧』は地面の上を這うように流れていく、男の子達を目指して。

 「私やルウ、ロン達が生まれる前の事よ、ワスピーさん達の森に蜂猟師が入り込んで来たの。 蜂猟師は、ワスピーさん達が

蓄えていた蜜を盗んだの。 それでワスピーさん達は彼らを捕まえたの」

 「盗むのは悪い事だよね」 ロンが頷く。

 「ええ。 そうしたら、その時の領主様とワスピーさん達の間でけんかになったの。 最後はワスピーさん達を閉じ込めるために

黄色スミレ草が植えられて、ワスピーさん達は森から出られなくなったの」

 「そんな事があったんだ……」 とルウ。 「でも、何故? 何故クララ達がワスプに?」

 「それはね……」


 クチュン! ロンがくしゃみをした。

 「……あれ? これなんだ?」 ロンが地面を指差し、ルウもそちらを見た、キラキラ微かに光る霧の様な物が、二人の足元に

流れてきていた。 

 「?……」

 『霧』は、少年達の足首に纏いつき、足に絡みつくようにして上って来る。 

 「何だよこれ?」ロンが足を降ってみたが、『霧』は離れない。 少年達が目で霧を追うと、それはクララの辺りから流れて来ている。

 「心配いらないわ。 あなた達が風邪を引かないようにしているのよ」 クララが言った。 「ほら、それに包まれていると暖かいでしょう」

 「……」 ルウとロンが戸惑っている間に、霧は足から腰へ、お腹から胸へと這い上がり、二人を包み込んでしまった。

 「ほんとに暖かいや……」

 クララの言うとおり霧は生暖かく、それ包まれていると寒さを感じない。

 「これで大丈夫。 では、話を続けましょう……良く聞いて……」

 「うん……」

 二人は、頷いてクララを見た。


 「閉じ込められたワスピーさん達は、ずっと森から出ようとしていたけど、その試みは全て失敗したわ。 そこにシスター・ソフィ達がやって

きた……女王様は、シスター・ソフィアの協力を得て森から出る計画を思いついたのよ」

 「計画……」

 「ええ、人間が黄色スミレ草を植えたのならば、取り除くことも出来るはず。 でも黄色スミレ草は、花をつけると人間にとっても害がある

『匂い』をだすの。 シスター・ソフィア一人では取り除けなかった」

 「そうなんだ……」 ロンが呟く。

 『霧』の温もりがとても心地よい。 甘酸っぱい匂いがして、恐れや不安が薄らいでいく。

 「女王様は、数名のワスピーさん達を選んで命じたの『蜜の中に身を隠し、毒の花の結界の外に出よ。 外の人間の力を借りて毒の花を取り

除け』と」

 「……」

 「そして、シスター・ソフィアにお願いしたの『蜜を持ち帰り、協力者を増やせ』と」

 「協力者……」 ルウが呟く。

 「そうよ、協力者……つまりワスプを」

 ゾロリ…… クララの額から『ワスピー』が生え、クララとワスピーの4つの目が淡い光を放ち始めた。

 「……」

 ルウとロンは、魅入られたようにクララとワスピーの……『ワスプ』の目を見つめる。


 「『ワスプ』は、ワスピーの蜜で変異し、ワスピーに合体され、肉体と魂を奪われた人間よ」 クララがぞっとするような微笑を浮かべた。 

 「私たちは、合体したワスピーの命じるままに動く人形になったの」

 「……」 二人の少年の顔に、恐怖の影がさす。 しかしその恐怖の影も、ワスプの目の輝きに消されていくかのようだ。

 「その代わり、『ワスプ』になれば、恐怖も不安も感じなくなる。 ただひたすらに、『ワスプ』として生きて、『ワスプ』の快楽に浸っていれば良いの」

 「……快楽」 呟くロンの瞳が濁っていく。

 クララが頷いた。

 「ええ、素敵よ『ワスプ』の快楽は。 シスターも、アレス達も、私たちもそれで堕ちたのよ」

 「堕ちる……?」 ルウの言葉から力が失せる。

 「そう……さぁ、二人ともおいで……」

 クララが手を広げ、ルウとロンはクララに吸い寄せられるように足を踏み出す。

 「いっぱい気持ちよくなりましょう。 そしてあなた達も堕ちるのよ」

 悪魔の様なクララの誘い、少年達の心のどこかがそれに逆らおうとする。 しかし、体が言う事を聞かない。

 二人の少年はワスプ少女クララに向かって一歩、また一歩とちかずいていく、堕ちる為に。

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