ハニー・ビー

3-05 逃亡者と追跡者


 走る、走る、走る。

 ルウとロンは、裸足で高原の道を走っていた。

 あっ!

 ロンが叫んで、転び、ルウが駆け寄って助け起こした。

 うっうっうっ……

 しゃくり上げるロンの背中をさすってなだめるルウ。 二人を照らすのは空に瞬く光の点のみ。 慣れた道でも走リ続ける

のは容易ではない。

 二人はその場にしゃがみ込んで休む。


 「……ねぇ、どうしよう」 ロンが呟く。

 「……レダ院長に知らせないと……」 ルウが応えた。

 「……うん」 ロンが呟く。

 二人は押し黙り、膝を抱え込む。

 幼い子供が、自分達の家で家族が化け物に、ワスプに変わる様を見たのだ。 泣き出さないだけでも上出来だろう。


 「ねぇ、ひょっとして見間違いだったんじゃ……」

 「うん……」

 あれは何かの間違いだ、悪い夢を見たんだ……そうに違いない。  

 無理にそう思い込もうとしていた。


 ロンー…… ルウー……

 「!」

 二人は飛び起きた、疲れて眠っていたらしい。

 「あの声は」
 「クララ姉ちゃんだ! 捜すに来てくれたんだ!」

 二人が逃げ出したとき、奥にあったクララの蛹はまだ羽化していなかった。 だから彼らは、クララも変わっているとは思って

いなかった。

 ルウとロンは喜んで駆け出した。


 ロンー…… ルウー……

 カンテラをの明かりを目印に、二人は駆けて行く。

 「クララ姉ちゃーん!」

 二人の声が聞こえたのか、フード付きのマントを被ったクララがカンテラ手を振って応えてくれた。

 「……」

 ルウの足が止まった。 気づいたロンが振り返る。

 「どうしたんだよ、ルウ」

 「フード……」

 「え?」 ロンは首をかしげ、次にクララを見る。 クララまで100歩ほどの距離だ。

 「二人ともどうしたの?」 

 二人が立ち止まったのを見て、おっとりした口調でクララは言った。 変わらぬ足取りで二人に近づいてくる。

 「止まって!」

 ルウがロンの手を引いて叫び、少し下がった。

 「何を怖がっているの?」 クララは止まらない。

 ルウは、嫌がるロンを引きずるようにして、クララから距離を取る。

 「そこで止まって」 再びルウが言った。

 今度はクララも従う。 ルウとロンは、クララと100歩ほどの距離をおいて向かい合う格好となった。


 「ねぇクララ、フードを取って」

 「ルウ、何を言っているのか判らないわ。 あなた達がいなくなって、皆で捜しているのよ。 早く帰らないとシスターに叱られるわよ」

 ロンが動揺した。 「ルウ……やっぱり僕達は夢を見たんじゃない?」

 「シスターなら絶対に一人で捜させない。 必ず二人ずつで送り出す」 ルウはきっぱりと言った。 「クララ、フードを取って顔を見せて」

 クララは考えている様子だったが、何も言わずにフードを取る。

 「!」 ルウとロンが息を呑んだ。

 ワスプと化した『クララ』の顔が、カンテラの明かりに照らし出されている。

 ルウとロンは恐怖に襲われ、クララに背を向けて逃げ出そうとした。


 逃げ出そうとするロンとルウに、クララが声をかけた。

 「二人とも待って、話を聞いて」

 二人の足が止まり、おずおずと振り向いた。

 「私はワスプになったわ。 でもクララであることに違いはないわ」

 ロンがルウを見た。

 「ルウ……」

 「んー」 

 困惑した様子の二人に、クララが言葉を継ぐ。

 「ワスピーさん達が、私たちをワスプにしたのは訳があるのよ、話を聞いて」

 そう言いながら、クララはマントを脱いだ。

 「……」

 二人の少年の前に、薄い黄金色のプレートを纏ったような、ワスプ少女『クララ』の体が晒される。

 揺らめくカンテラの明かりに照らされたその姿は、神秘的にすら見えた。

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