ハニー・ビー

3-04 急転


 ”ジャッキー……”

 ささやくような声が聞こえるが、『アン』の口は動いていない。

 (誰……)

 ジャッキーが問いかけると、『アン』の頭が不自然な動きを見せた。

 (ん……)

 ジャッキーの視線がそちらを向くと、『アン』の頭を覆っている金色の兜が中央から割れ、ワスピーが姿を現した。

 「ワスピー……」 ジャッキーの口調は平板で、感情が感じられない。 見たものをただ口にしているようだ。

 ビクッ……

 ジャッキーが咥えていた乳首が蠢き、一塊の蜜を吐き出した。 ジャッキーは当然の様に其れを飲み下す。

 「あ……」 ジャッキーの口調に目に、微かに感情の色が戻る。

 ”これでいいわ……” 囁いていたのは、ワスピーだった。 ジャッキーは、『アン』のワスピーと正対した。


 ”ジャッキー、気分はどう?”

 「ふわふわして……ぼーっとして……変な気持ち」 

 ”ふふ、『アン』の蜜がうまく効いているのね。 『アン』の羽化もうまく行ったわ”

 「羽化……ねえ、ワスピーはワスプなの?」 ぼーっとした口調でジャッキーが聞く。

 ”ジャッキー、貴方が見ているこのワスプの体は『アン』なのよ。 私と『アン』と一つになって、ワスプになったの”

 「アン……アン姉ちゃん?……アン姉ちゃんがワスプになったの?」 ジャッキーには、ワスピーの言葉が理解できないようだった。

 ”ジャッキー、私が怖い?”

 ジャッキーはちょっと考え、それから首を横に振った。

 「ううん。 ぜんぜん怖くないの……どうしてかな……」

 ククククク…… ワスピーが満足げに笑う。

 ”それでいいのよジャッキー。 『アン』の蜜はおいしかったでしょう?”

 「うん……」

 ”あの蜜は、あなた達人間を飼いならすためのもの。 あれを口にしたあなたは、もう私たちの虜。 恐れることも、逆らうこともできなく

なるのよ”

 「そうなんだ……」 ジャッキーはニッコリと笑った。 「なんだか……嬉しいや」

 ”そうでしょう。 うれしいでしょう” ワスピーが冷たく笑う。 ”それでいいの”

 ジャッキーは、もう自分の身に起きた事を、理解することは出来なかった。 いや、理解しているのだが、それが嬉しくてしょうがなかった。


 キィ……

 『アン』の背後で地下室の扉が軋んだ。 二人がそちらを見ると、さらに二人のワスプ少女が出てくる。 羽化を終えた『ベティ』と『クララ』だ。

 「わぁ……」 二人の姿にジャッキーが嬉しそうな声をあげる。

 「ジャッキーだったの……せっかちね」 『ベティ』が言った。

 「ええ……」 『クララ』が続ける。 「羽化が終われば……部屋に行ってあげたのに」

 「そうだったんだ……」 呟くジャッキー。 「ルウもロンも、待ってれば良かったのに……」

 ジャッキーの言葉に、『アン』たちが一斉にジャッキーを向く。

 ”今なんて言ったの!?” 『アン』=ワスピーが言った。

 「えーと、ルウもロンも待ってれば良かったのに。 慌ててにげださなくても……」

 ”ルウとロンねここに居たのね!?” 『アン』=ワスピーが言った。

 ジャッキーが頷いた。

 三人のワスプ少女とアレス達の肩の上にいるワスピー達が顔を見合わせた。 その彼女達の周りで、シスター・ソフィア、アレス達、ジャッキーは

ただにこにこと笑っているだけだった。


 ワスピーとワスプ達は、深刻な顔で相談し始めた。

 ”まずいわ、子供達が逃げ出したんじゃ”

 ”いえ、それならばもっと騒ぎになっているはずよ”

 ”そうね。 きっと、怖さのあまり闇雲に外に逃げ出したのよ”

 ”そうね……” 『クララ』=ワスピーがうなずいた。 ”私が連れ戻しに行くわ。 あなた達は予定通り、みんなに蜜をあげて”

 『アン』と『ベティ』が顔を見合わせた。

 ”子供たちは、二部屋に分かれているわ。 同時に蜜をあげないと、逃げ出す子が出るかもしれないでしょう?”

 ”そうね……わかったわ『クララ』。 おねがいね”

 『クララ』は頷き、シスター・ソフィアの差し出したフードつきのマントを受け取り、それを羽織る。

 そしてワスプとワスピー、彼女たちの虜にされたアレス達は一団となって階段を上がっていく。

 悪夢の宴はまだ終わらない。

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