ハニー・ビー

3-02 羽化


 時系列は少し前に戻る。

 シスター・ソフィアは手燭を片手に子供たちの寝室を見て回っていた。

 女の子達の部屋を見回り、次に男の子達の部屋を見回る。

 スゥ……スゥ…… 

 扉の外から寝息に耳を澄ましたシスター・ソフィアは、静かに頷き扉を開け、手燭をそっと振った。

 サラ……

 衣擦れの音がして、アレスが静かに起き上がった。 続いて、ティムとベンジーが起き上がった。 三人の肩の上にはワスピーが

腰かけている。

 ペトペトペト……

 足音を殺し、三人は部屋を出てシスター・ソフィアと向かい合った。

 シスター・ソフィアは三人の肩の上のワスピーに頷き、暗い廊下を先導する。


 四人は地下室に降りた。

 扉を閉め、シスター・ソフィアが手燭を壁にかける。

 「……」
 微かな明かりが、闇の中に異形の物体を照らし出す。 それは人間ほどもある薄茶色の物体で、何かの像のようにも見えた。 

それが三つ、煉瓦で組まれた奥の壁に立てかけられていた。

 ゆれる炎がその表面に縞模様を作り、見る者にそれが動いているかのような錯覚を作り出す……錯覚? いや、動いている。 

『像』の中で何かが動いている。

 キシ……パチッ!

 『像』の一つが軋み、縦に一筋の裂け目が入り、シスター達は一歩下がった。

 パチッ、パチッ……

 裂け目が音を立てて広がっていき、その間から白いモノが覗いている。

 ビクッ、ビクッ……

 白いモノは蠕動しつつ膨れ、裂け目を押し広げていく。 続いて隣の『像』が裂け、同じように中身が蠢きはじめた。

 ズ……ズリュン!

 最初の『像』の大きく弾け、白い中身の上半分がせり出した。

 ハフゥ!…… ハゥ…… ハゥ……

 白いモノは音を発しつつ、シスター達の方にだらりと垂れ下がり、それを見たアレス達の顔が微かに揺れた。

 「……アン……」 アレスが呟が呟く。

 白いモノの先端には、逆さに女の顔が付いており、そこにはアンの面影が残っている。

 「……」

 アレス達の頭の中で、白いモノが逆さになった人の上半身であると認識された。 いや、それは人ではなかった。 『ワスプ』と

化したアンだった。


 ハヒュー……ハヒュー……

 『アン』は鳩尾を震わせて大きく息をすると、腹筋を緊張させて上半身を持ち上げ、『像』……いや自分の『蛹』に抱きつくような

格好になった。

 ヒュー……ヒュー……

 『アン』は荒い呼吸を響かせつつ、腰の辺りを振るわせて、今だ『蛹』の中にある下半身をじわじわと抜いていく。

 リュッ……ヌリュ……

 褐色の蛹の中から、丸くふっくらとしたお尻が、続いて濡れて光る艶かしい女の足が、見せ付けるように現れてくる。


 ゴクッ……

 アレスの喉がなる。 目の前の扇情的な光景に、彼の中の『男』が反応したらしい。

 その間に、『アン』が『蛹』から体を抜くことに成功した。 彼女は、アレスたちに背中を向けると、両手で『蛹』を掴んで体を支え、

そのままじっとしている。

 「……」

 見守るアレス達の前で、『アン』の体が変わっていく。

 首のすぐ下に、絞った布の様な塊が付いていたのが、解けるように垂れ下がりつつ伸び、透明な『羽』へと変わっていく。

 異様なほどに白く、柔らかそうに見えた肌のあちこちが、黄色みを帯びつつ、ツヤが出てきている。

 「綺麗……」 

 アレスは呟き、アン達の『羽化』の様子に魅せられた様に立ち尽くしていた。


 ヒュウ……

 荒かった息が静かになってきた。 『羽化』が完了したようだ。

 アレスは改めてアンの体を眺める。

 体の大部分は、細かく分かれた黄金色のプレートで覆われ、背中には透明な『羽』はふくらはぎの辺りまで伸びている。

 頭は、中央で2つに別れた、金色の兜の様プレートで覆われ、端のほうから金色の髪がが流れ落ちている。

 『アン』がゆっくりと振り返り、アレス達を見る。 きらきらと不思議な色に輝く目は、網目状になっており、まるで虫の目だ。

 ビクッ、ビクッ……

 『アン』の胸は、アレスの頭ほどに大きく膨れ上がり震えている。 アレス達の視線が、なんとなくそちらに向かう


 「……」

 『アン』はアレス達を眺め、それからシスター・ソフィアを見た。 と、『兜』が中央から割れ、その下の金髪をかき分けるようにして、

何かが出てきた。

 「ワスピー……」 呟くアレス。

 彼の言うとおり、『アン』の頭にワスピーが乗っている。 但し、上半身だけしか見えないが。

 『私はもうワスピーじゃない。 私はワスプ』

 『アン』の口が動いて言葉をつむぎ出すのと同時に、頭の上の其れが言葉を発し、奇妙な響きの声を出す。


 ワスプ!

 扉の向こうで誰かが叫び、続いてどたばたと音がする。

 『誰かいる!扉を明けなさい』

 『アン』が叫ぶと、アレス達は振り返り、扉を開いた。

 『ジャッキー?』

 そこには、涙目で震えるジャッキーが倒れていた。

 『覗いていたのね……いけない子』

 『アン』の口元に、冷たい笑みが浮かぶ。

 両胸を覆っていた金色のプレートが外に向けて開き、揺れる乳房がむき出しになる。

 『折角来てくれたのだから、まず貴方からね……』

 親指ほどもある乳首がモゾリと動き、ジャッキーに狙いをつける。

【<<】【>>】


【ハニービー:目次】

【小説の部屋:トップ】