ハニー・ビー

2-04 しつけ


 孤児院の朝も早い。

 夜も明けきらぬうちに子供たちは起き出してきて、せっせとヨロイバチの巣箱を並べ、蓋を開けていく。

 この作業は、日が昇って暖かくなって、ハチたちが活発になる前に済ませなければならない。

 さもないと攻撃的なヨロイバチは、巣箱を動かす子供たちに容赦なく襲い掛かってくるのだ。

 そうなれば、厚手の作業を着ていても、とても危険な事になる。


 「よいしょ、よいしょ」

 「ルウ、後ろに気をつけて」

 「はーい」

 「五番の巣箱は蓋を開けるよ」

 子供達は力をあわせ、重い巣箱を並べていく。 ハチ避けの面布で視界が狭く、分厚い作業着は重くて動きにくい。 かなりの重労働だ。

 パンパン。

 シスター・ソフィアが手を叩いて皆の注意を引いた。

 「皆さん、ワスピーさん達が手伝ってくれるそうですよ」

 「えー。 あんなに小さいのに?」

 「フフ、ミててごらんなさイ」

 ワスピー達はフワフワと飛んで、蓋を開けた巣箱に向かう。

 「危ない!」 子供たちが声をあげた。

 しかし、ワスピー達は臆することもなく巣箱の入り口に取り付き、胸の辺りから黄色い霧の様なものをだした。 霧は吸い込まれるように巣箱に

入っていく。

 ジジジジジ……

 巣箱の中から不気味な唸り声が響く、ヨロイバチの羽音だ。

 ブブブブブ……

 横に細長い巣箱の入り口から、次々とヨロイバチが飛び出し、ワスピー達に襲いかかる。 それを見て、真っ青になる子供達。

 「大変だぁ!…あれ?」

 襲いかかったと見えたハチたちは、群れを成してワスピー達の回りを旋回していた。

 ワスピー達は頷きあうと、小さな首を傾ける。 一番近くにいたルウにいたルウには、ワスピーの額から生えた触角が、震えたように見えた。

 ウォォォォン……

 ヨロイバチ達の群れが崩れ、四方に散っていく。 蜜を集めに行くいつもの光景だが、今日はハチたちが整然と並んでいるようだ。

 「わぁ……」「すごいわ」

 「皆さん、ワスピーさん達は、ヨロイバチを操る術を心得ているのですよ」 シスター・ソフィアが微笑む。 「今日からは、皆さんのお仕事もかなり

楽になりま。 さぁ、作業着を脱ぎましょう」

 子供たちは喜び、それでもおっかなびっくり作業着を脱いだ。


 その日の夕食時、子供たちは興奮気味に今日見た出来事を話会っていた。

 ワスピー達の命じるまま、ハチたちは整然と行動し、いつもの倍近い蜜を集めて来たのだ。

 「凄いんだ、ワスピーって」

 「あれ、僕らにも出来ないかな」

 蜜の量が多かったので、今日も夕食に蜂蜜が使われ、子供たちが食べているのはハニートーストだ。

 「シスター、この蜜ずいぶん甘いんですね」 とルウ。

 「ワスピーさんたちが出す蜜を少し入れると、甘みが増すのですよ」

 「ワスピーさん達が、蜜をだすの?」

 「ええ、人が胸からお乳を出すよう、にワスピーさん達は胸から蜜がでるのよ」

 「へー、胸から……」 

 ルウは、新しい知識を得た事ひそかに喜び、今日一日の事を思い出しつつトーストをせっせと口に運ぶ。

 (胸からか……じゃあ、今朝ワスピーさん達がヨロイバチの巣にかけていたのも、蜜だったんだ……まてよ……)

 ルウの頭の中で、チクリと警戒心が呼び起こされる。

 (ワスピーさんは、自分達の蜜をヨロイバチにかけて、ハチを操る……ぼく達が食べている蜂蜜は、ワスピーさんが出した……)

 ルウし考え込む表情になった。

 (つまり……つまり……つ ま り … …)

 何かの答えが出そうなのに、考えが進まない。

 「ルー?」

 「……え?」

 目の前にワスピーが浮いていた。 小さい顔に笑みを浮かべ、目をキラキラ輝かせて。

 「お腹でもイたイ?」

 「ち、違うよ……それと、ぼくはルウだよ」

 「ふーん……」

 ワスピーの目が瞬き、色を変えて光る。 ルウの視線が釘付けになり、表情が消える。

 ”考えすギなイほうが、イイよ……ね?……それは考えなイほうが……いいよ……”

 ワスピーの声が、妙に遠くから聞こえる。 不思議とも耳に心地よいその声は、ルウの心に染み込み、深く根付く。

 「うん……蜜のことは……考えない……」

 焦点の合わない瞳で宙を見つめつつ、ルウは深く頷く。

 ”イイ子ね……あなたはとてもイイ子よ……” 

 再びワスピーの囁きが聞こえる。 ルウは何故か無性に嬉しくなった。


 「さぁ、今日は沐浴の日ですよ」

 夕食の後片付けがが済んだ後、シスター・ソフィアがそう言うと、子供たちから不満の声が上がった。

 山の水は冷たく、沐浴はけっこうつらい。

 「体はきれイに、しておかなイと、イけなイ」

 ワスピーの一人が言うと、今度はみな文句も言わずに沐浴の準備を始めるために、食堂を後にする。

 静かになった食堂、そこ残ったシスター・ソフィアは変わらぬ笑みを浮かべていた。 「微笑の仮面」を被っているかのように。

【<<】【>>】


【ハニービー:目次】

【小説の部屋:トップ】