ハニー・ビー

2-02 飼育開始


 ババに乗ったル・トール教務卿らは、日が落ちる頃に麓の村に着いた。

 シスター・ソフィアが生還し、その話も聞けた為、急ぐ必要は無いと判断した3人は、代官の館に宿泊することにした。

 「教務卿。 ワスプの封印とは、魔物が嫌う花の事で、これを洞窟の入り口と、森の周りに植えているとか」

 「そうだ。 森の周りと言っても、森自体はくぼ地の底で、くぼ地を囲むように花畑が作られている。 空に向かっては

開いているが、ワスプは飛べん。 羽はあったらしいが」

 「ですが『ワスピー』ならば、飛び越えられるのでは?」

 「む……」 ル・トール教務卿が眉を寄せて考え込んだ。 「確かあの花は、かなりの範囲に効力を及ぼす。 『ワスピー』

も飛び越えられなかったのではないか?」

 「だといいのですが……」

 「教務卿。 我々は『ワスピー』の存在をはじめて知りました。 手を尽くして調べる必要がありますぞ」 ナウロ騎士隊長。

 「そうだ……いや、そうですな」

 3人は領主に報告する内容と、今後の対応について夜遅くまで議論した。


 シスター・ソフィアが生還して4日後、体調が回復したシスター・ソフィアは孤児院に戻ることになった。

 母のように慕っていたシスターが帰ってくると聞いて、子供達はおおいにはしゃいでいた。

 代わりに来ていたシスター・テレスの小言も聞き流し、掃除の手もそぞろに窓から外ばかり見ている。

 「シスターだ!」

 誰かが叫んだ途端、玄関と窓から子供達があふれ出し、門から入ってきたばかりのシスター・ソフィアを取り囲む。

 「お帰りなさい!」

 「お帰り……うっうっうっ……」

 「ばか、泣く奴があるか」

 大騒ぎする子供達にシスター・ソフィアは笑いかけ、皆の頭を撫でてやった。


 その夜、シスターは興奮して話をせがむ子供達を食堂に集め、熱いお茶を淹れてあげた。

 甘い味のお茶に、子供達は大喜びしたが、年長のアンだけが心配そうな顔になった。

 「シスター……この味は蜂蜜では?」

 蜂蜜は領主の大事な収入源で、高価なものである。 孤児院の子供が口に出来るものではない。

 シスターは微笑んだまま言った。

 「ええそうですよ。 でも心配する必要はありません。 これは、新しい友達からの贈り物なのですから」

 「新しいお友達?」

 「ええ」

 そう言って、シスターは、大きな皮の水筒をテーブルの上の大皿の上においた。

 「?」

 子供達が怪訝そうな顔で見つめる中、シスターは包丁で水筒の縫い目を丁寧に切っていく。 そして縫い目が全て

切れると、水筒の中身が皿の上に流れ出した。

 「シスター……これ……何なの」

 皿の上に流れ出したのは、透き通った羽を持つ、6人の緑の小人……『ワスピー』だった。

 ピチャ……

 蜜で濡れた『ワスピー』達が立ち上がり、自分達を覗き込んでいる子供達を見返した。 そしてニッコリと笑う。

 「……」

 何人かの子供達は、その笑顔に薄気味の悪さを覚え、逃げ腰になった。 と、その『ワスピー』達の目が、妖しく光り始めた。


 え?……

 『ワスピー』の目が光り始めると、ルウはその光から目が離せなくなった。

 強く……弱く……強く……弱く……

 脈打つ光は、ルウを誘っているかのようだ。

 同時に、頭の中に何かネットリとした物が、じわりと染み込んでくるような感覚がある。

 ……みんな、仲良くするのよ……

 シスターの声が遠くからした。

 ……はい、仲良くします……

 みんなが応えている。 自分も応えたような気がする。

 では、仲良くしなければいけない。 シスターのいいつけだ。

 ルウの心の底に、『この子達と仲良くしなければいけない』という思いが刷り込まれた。


 パン

 シスターが手を叩くと、みんなはっとして我に返った。

 「あれ? えーと」 「なんだっけ」

 「みなさん、この子達が森の住人、『ワスピー』さんです。 先ほどの蜂蜜は、この子達から頂いたのよ」

 シスターは、子供達にお礼をさせる。

 「『ワスピー』さん、ありがとう」 

 子供たちは素直に礼を言った。

 その間に、『ワスピー』達はテーブルの上を歩き回り、子供たちの顔を覗き込んだりしていた。 そして、

 「シスター、わたシ、コのコがイイ」

 「コのコとなかよくシたイ」

 『ワスピー』達は、子供達の中から年長組の男の子3人、女の子3人を選んで、一人ずつ『仲良し』になりたいと申し出た。

 シスターは笑みを浮かべたまま頷く。

 「アン、ベティ、クララ、アレス、ティム、ベンジー。 『ワスピー』さん達は、あなた達と特に仲良くなりたいそうです。 よろしい?」

 名前を挙げられた子供たちは、ちょっと顔を見合わせ、次に自分達の前に来ている『ワスピー』に目をやった。

 『ワスピー』達の目が、再び光を宿して子供達の視線をひき付ける。

 ……

 やがて、6人の子供達はシスターに視線を戻し、『ワスピー』の世話係を引き受けた。

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