ハニー・ビー

1-07 ワスプの正体


 「なんということだ……」

 木の影に身を隠したゴル騎士隊長は、ビルナがワスプ達に襲われる様を観察していた。

 彼がビルナを見つけた時には、もう手遅れで、部下を見捨てるしかなかった。

 「……奴ら、あちらから来たようだな」

 ゴル騎士隊長はその場をそっと離れ、後から来たワスプ達がやってきた方に向かう。


 「ここか?」

 ゴル騎士隊長は森の奥の小高い丘に行き当たった。 丘の一角にぽっかりと洞穴が口をあけている。

 「いかにも、という感じだが……うわぁ!」

 ゴル騎士隊長が飛び上がる。 背後から誰かに、肩を叩かれたのだ。

 「誰だ!?」

 振り向くと、そこにはシスター・ソフィアが立っていた。

 「ゴル殿、お静かに」

 「おお、シスター。 無事だったか」 ゴル騎士隊長は、顔をしかめて威厳を取り繕いながら言った。

 「はい、私は無事です。 しかしディスタ殿が……ワスプに」

 「そうか……ビルナもやられた」

 「ビルナ殿も…… なんてことでしょう」 シスターの表情が悲しみに曇る。


 「シスター、私はワスプがやって来た方向に歩いてきた。 シスターもそうか?」

 「はい」

 「すると、やはりここからワスプが出てきたのだな」

 ゴル騎士隊長は、洞窟を覗き込む。

 「入ってみるか」

 「ゴル殿!?」 シスター・ソフィアが声を上げた「正気なのですか!?」 

 ゴル騎士隊長が振り返った。

 「考えても見ろ。 我々はワスプの森で道に迷い、しかもワスプが生きていた。 このままでは、いずれワスプの餌食だ」  

 「……」

 「『敵に背を向くは死、攻めればまた命拾わん』とも言う。 ここがワスプの巣ならば、中でワスプの弱みが見つかるかも

しれん」

 「……そうですね」 暗い顔でシスター・ソフィアが頷いた。

 「同意してくれて感謝する」

 二人は、辺りの小枝を使って小さな明かりを作り、ワスプの洞穴に入っていった。


 洞穴は細く、曲がりくねって奥へと続いていた。

 「静かですね……」

 「うむ……む?」

 明かりで照らし出されている端の辺りに、人影の様なものが見えた。 ゴル騎士隊長は無言で剣を構え、シスター・ソフィアを

背中に庇いながら、人影に近づく。

 「こ、これは」

 「なんでしょう、これは……」

 人影に見えたものは、薄茶色の半透明の膜で作られた、女の人形の様なものであった。 近寄ってみてみると、極めて精巧に

作られ、目を閉じた表情など生きているかのようだ。

 惜しいことに、背中の所でニつに割れてしまっており、そこから覗き込むと、中ががらんどうになっているのがわかった。

 「なんだか『夏鳴き虫』の殻みたいですね」

 「夏になると一斉にミンミン、ジージーと鳴くあれか? うむ……おや、あちらに壊れていないのがある」

 ゴル騎士隊長が明かりで指し示た人形は、色が濃く中身が詰まっているように見える。

 シスター・ソフィアはその人形に近づき、良く観察しようと明かりを近づけた。

 ゴソリ……

 と、人形の中身が動いた。

 「!」 二人は一歩後ずさる。

 ピッと音がし、人形の背中が、縦に一直線に裂ける。

 「……」

 ずるり……と言う感じで、『人形』の中身が、背中の割れ目からせり出して来た。

 「あれは……」 シスター・ソフィアが震える声で言った。 「ワスプ?……」

 彼女の言うとおり、『人形』の中から現れたのは、色こそ白く、細部に違いはあるものの、ワスプそのものだった。

 「これは……ワスプの蛹? しかしなぜ、蛹が人型をしているんだ?」

 ワスプは、体型こそ人に近い。 しかし、細部、特に頭部の形がかなり違う。 しかしワスプが出てきた『人形』は、人間そのもので、

ワスプの特徴は全くない。

 震えていたシスター・ソフィアの顔から血の気が引いた。

 「ひょっとして……ワスプは寄生バチの魔物?」

 「なに?」 ゴル騎士隊長が聞き返した。

 「ハチの中には、なぜか他の虫の蛹から生まれるものがいて、これを寄生バチと呼んでいるのです」

 実際は、寄生バチは蛹に卵を産み付け、中身を食い荒らして成虫になってでてくるのだが、シスター・ソフィア達にはそこまでの知識

はなかった。

 「まてシスター。 あんたの言いたい事は、あれは『人形』じゃなくて……」

 「ワスプに体を奪われた人間……」


 クフ……

 クフフフフフ……

 クフフフフフフフフフフフ……

 アたらずとも、とおからズ……


 辺りにざわめく様な声が満ち、鬼火の様な小さな光がぽつぽつと灯る。

 シスター・ソフィアとゴル騎士隊長が、慌てて辺りを見回す。

 壁や天井に、手の平の長さの倍ほどの小人が群れていた。 光っていたのはその目だ。

 「お、お前達はなんだ!?」 ゴル騎士隊長が思わず叫ぶ。

 すると、小人達の数人が壁を離れて宙に浮いた。 羽があるのだ。

 「ボクらは『ワスピー』」

 「『ワスピー』?」 震える声で、シスター・ソフィアが聞き返す。

 「そウ」

 「『ワスピー』と『人間』。 合わせて『ワスプ』」

 「体は『人間』、心は『ワスピー』。 それが『ワスプ』」

 「なんですって……」

 シスター・ソフィアの目が見開かれるた。

 彼女が彼らの言葉を正確に理解したわけではない。 しかし、そのもの言いにとてつもなく恐ろしいものを感じたのだ。

 そして、その直感は正しかった。

 「貴女も『ワスプ』に変えてアげる……」

 「大丈夫、コわくなイ……」

 「すぐ、気持ちヨクナルから……」

 あは

 アハ……

 アハハハハハハハ……

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