ハニー・ビー
1-03 森
翌日、ゴル騎士隊長と二人の部下はシスター・ソフィアに案内させ、『封じられた森』に向かった。
『森』の入り口は山の中腹にあり、地理的には孤児院と修道院から等距離にあり、この3点は正三角形の頂点になっていた。
「結構あるな……ババが使えれば楽だったのだが」
ゴル騎士隊長は、騎士が騎乗する家畜の名前を口にした。
『ゴル殿、『封じられた森』の近くに家畜を連れて行くことはできません。 当然ババは使えませんから、徒歩で行く事になります』
シスター・ソフィアに言われたため、彼らは徒歩で行く事になったのだ。
「しかし『森』の入り口とはなんだ? どこからでも入れるだろうに」
シスター相手のせいか、ぞんざいな口調にで聞くゴル騎士隊長に、シスター・ソフィアは黙ったまま答えようとしなかった。
そして、オーサ山の稜線から日輪が離れるころになって、彼らは『森の入り口』に到達した。
「これは……」
ゴル騎士隊長は、異様な光景に絶句した。
彼らの目の前には、朽ち果てたミトラの教会があり、その背後は崖になっていた。
そして教会の敷地には、一面に黄色の花が咲き誇り、むっとするほどの芳香を漂わせている。
「『森』はこの奥です」
シスター・ソフィアは、教会の背後の崖を指差した。 彼女の指差すほうに何やら、洞窟のようなものが見える。
「洞窟の中に森があるのか?」
「いいえ、あの洞窟を抜けた先が、周囲を崖で囲まれた大きなくぼ地になっていて、そこに『森』があるのです」
「なんと、それであれが『森の入り口』と言うわけか……」
そう言ってから、ゴル騎士隊長は頭を強く振った。 なんだか眩暈がする。
「……少し疲れたようだな、一休みするか……」
「いけません!」 シスター・ソフィアはそう言うと、地面に生えている花を指差した。
「この黄色スミレ草は、『眠り花』という毒草です」
「毒草だと!」
「そうです、この香りを長いこと嗅いでいると、眠ってしまい二度と目覚めません」
「それをはやく言え!」
一行は慌てて、その物騒な花畑を駆け抜ける。 走る彼らの足の下で固いものが砕ける音がするのは、おそらく小動物か虫が、
花の毒気に当てられて骸となったのだろう。
黄色の花びらを蹴散らしつつ、彼らは洞窟に駆け込んだ。
「ここまでくれば大丈夫でしょう」
シスター・ソフィアは、用意してきたカンテラに明かりを灯し、先にたって歩き始めた。
ゴル騎士隊長たちがその後に続く。
「あれが家畜を連れて来られない訳か?」
「そうです。 あれが『邪妖精の封印』です」
「封印の花……」
「はい」
「ふむ……黄色スミレ草でワスプを封じ込めたとは聞いていたが、我々に取っても毒だったとはな」
そうやって会話をしながら歩いていると、足元が明るくなっきた。
そして彼らが洞窟を抜けると、そこはもう『森』の中だった。
「ここが……ワスプの住処」
「はい、ここが『封じられた森』です」
うっそうとした森の中は薄暗く、足元には短い下草がまばらに生えている。 その光景はどこにでもある森のようだった……
しかし、彼らは妙な違和感を感じていた。
「そうか、匂いだ」 ゴル騎士隊長の言葉に、シスター・ソフィアが頷いた。
「ええ、これは森の匂いとは別に何か……甘い香りがします。 まるで蜜のような香りが……」
彼らの間に奇妙な沈黙が下りた。
「た、隊長殿」
「心配するな。 ワスプが住んでいたぐらいだからな。 どこかに大きな花畑があるのだろう」
ゴル騎士隊長はやや強い口調で言い放ち、シスター・ソフィアに向き直った。
「思ったより森が深いようだ。 ワスプが封じられて以来、ここに入るのは我々が始めてのはず。 まず辺りの様子を調べるとしよう」
ゴル騎士隊長は、ディスタに命じて辺りの立ち木に強い糸を結ばせた。
「とり合えず、糸巻きの糸が尽きるまで進むとしよう」
ビルナが先頭に立ち、ゴル、ソフィア、ディスタの順に並んで彼らは森の奥に入っていった……
……ザワザワザワ……
洞窟の辺りに誰もいなくなると、木々がざわめき始めた。
キタ……
キタ……ニンゲン……
オコセ……
オコセ……わすぷヲ……
オコセ……くいーんヲ……
ブ……ン
虫の羽音のような唸り声が辺りに満ち……
ブツッ
何かが糸を切った。
コレデイイ……
コレデ……迷ウ……
ク……
クク……
クククク……
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