深き水

8.訳有りのエミ


アパート・グレートゴージャス103。
黄色いテープ、土足で歩き回る捜査員。
数日前とそっくり同じ光景が繰り返されている…

「ミイラ…」「ミイラですよね…」
途方に暮れる捜査員達…
「何か伝染性の病気ってことは…」と『川の字』。
部屋にいた全員がギョッとして『川の字』を見る…
「こんな病気あるわけないですよね…」
「ぶ、物騒な事を言うな…」これは『山さん』。
例の鑑識課員が来て、パソコンをカチャカチャやっている…
「あまりたいした事はわかりませんね…ま、普通の大学生ってことですか…」
PornMovieを見つけ出して表示させている…
「おい…無修正だぞ…まずいんじゃないか…」
「別に売ってるわけじゃないですから」
「映倫も意味なしだな…」
そういいながら食い入るように画像を見ているのだから世話はない。
「短いな、10秒しかないぞ…」
「繋ぐんですよ…これで…」「おぉ…これは…」
「捜査に来たんでしょうが!…」『川の字』が怒鳴る。

結局PornMovieの出来栄えを確認しただけであった、ミイラが当人かどうかは、住人の実家に問い合わせ確認することになる。
二人は表に出る。『川の字』は、野次馬の中に、前の現場にいたあの女がいる事に気づいた。
「どうした」「いえ、あの女」
彼女も見られている事に気づいたようだ、身を翻し足早に去っていく。今日も赤い麦藁帽子を被っている。
「ほお、珍しいな、『訳ありのエミ』が昼間に出てくるとは」
「知ってるんですか、彼女何者です?」
「人類最古の職業ってやつだ」
「泥棒ですか」
「あほ、男を相手にする女の商売だ」
「あぁ…あの容姿で?モデルでも勤まりそうですよ。せめてAV女優とか」
「さあ、当人に聞くんだな。もっとも客以外で会うと物騒な女だぞ」
「物騒?ヤの字でもついてるんですか?」
「いや、それがな、あいつが現れたのが今年の2月くらいだったかな?目立つ上にあっちも凄いらしくて評判になった、それで地回りのチンピラが三人で因縁つけたらしい」
「はぁ、それで?」
「全員病院送りになった」
「え、そんなに強かったんですか?」
「まあ、強いのは強いらしい。何せギックリ腰と腎虚だったらしいから」
「はぁ?」
「だから、一晩で三人相手にして、再起不能にしたと、あっちのほうで」
「……」
「その後でチンピラの属してた組事務所に自分から出向いて直談判したらしい」
「それで…」
「何をどうしたのやら、組長から今後いっさい手出しならんとキツーイお達しが下ったって事だ」
「へぇ?そっちは何をしたんですかね」
「さあな。こちとらでも一度任意で事情聴取したことがあったが、何もしゃべらなかったしな。それに妙な迫力があって…」
しゃべりながら署に帰って行く二人。近くなので歩いていくようだ。

その頃、話題の人物は、何故かコンビニ巡りをして、何かを探していた…
「あれも違う、これも違う…昼間じゃよくわかんないわね…やっぱり夜に…でも店内は明るいし…」
ウーンと身を起こして伸びをする。
「何だって私がこんな事しなきゃなんないのよ。どこのどいつよ…あんなものばら撒いて…」
店員が訝しげに見ている、視線に気づいて睨みつけると、慌てて目を逸らす。

その夜、聞き込みを終えた『川の字』は、帰宅の途についていた。
「何も判らず…ミイラ化の原因も不明…死因もはっきりしない…最初の遺体は死亡時間とミイラ化の時間がほぼ同じか…お?…」
前の道を歩いているのは『訳ありのエミ』だ。なんとなく後をつける事にする。
理由もなくそんな事をするのは警察官でも許されない行為なのだが。

しばらく表通りを歩き、エミはすっとビルの間の薄暗い路地に入る。
距離を置いて後に続くが…いない…ビルに入ったのか?
「私に用?」背後から声がする。
振り向くとエミが立っていた。
「いつの間に後ろに?」エミはそれには答えない。
「お客さん?…には見えないけど。後をつけたりすると警察呼ぶわよ」
「その警察だよ」言って手帳を見せる『川の字』
「警察が何の御用?」警戒するエミ。

「すまない、ちょっと聞きたい事があったんだ…?…」『川の字』が怪訝な顔をした。
エミが凝視している、『川の字』を。

「あなた…いいわ、あなたのお家で話さない?…」
「え、それはちょっとまずいと…」
「立ち話でいいの?…何の話か知らないけどにせよ、守秘義務に引っかかるんじゃないの?」
「あぁそうだった。なら、悪いけど明日署に来てくれないか」
「お日様と警察は苦手なのよ。それに面倒だし」
「そうか。汚いところだけど、かまわないか?」
「名前」ぽつりとエミ。
「?」
「お名前ぐらい伺いたいわ」
「ああ、川上…川上礼二だ」


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